第379話 ゴールデンウィークの終わり

『こんやくしゃ?』


理解が追いつかない俺は言葉を繰り返す。



婚約者…?


婚約をしている者?


婚約…結婚の約束?


誰が?玲奈さんが?誰と?


…目の前のおじさんと?


言葉を口に含み咀嚼して味がわかるまでたっぷり時間がかかった…。

やっと、やっと意味が理解出来たけどもまだふわふわぼんやり。


俺が惚けている間に、



紅緒『は?玲奈が貴方と婚約をしているってことですか?』


紅緒さんは追求していた。

松下新二さん?が薄ら笑いを浮かべながら、


松下『そうそう、家同士の付き合いと流れでね?

玲奈さん恥ずかしがり屋さんだからなかなか友人紹介してもらえないんだ。』


紅緒『へー…。おめでとう玲奈。知らなかったわ…。

いつから?いつ婚約したの?』


その言葉を聞いて慌てて玲奈さんを見るけど、玲奈さんはブルブル震えて俯いて何も言葉を発しない…。

おじさんは嬉しそうに、


松下『去年の7月かな?それから毎月会って理解を深めあってね?

今日もその帰りなんだ。

18歳までは結婚出来ないからね?』


紅緒『はあ、そうですね?

玲奈が良いなら良いんじゃない?おめでとう。』


紅緒さんは玲奈さんに言うけど玲奈さんは震えるばかり。

その態度に、否定も拒絶も無い受け入れているその姿勢が本当だって俺に突きつける。


最初は玲奈さんの手を掴んでるおじさんなんて犯罪かナンパか悪質なスカウトかなにかだと思った。

婚約者っておじさんの宣言も意味を理解してからは嘘だろ?って思った。

…でも玲奈さんは否定もせず、俺と目も合わせない…。


あ!ドッキリ?!こういうTV番組見た事あるよ!


☆ ☆

ドッキリ見ながら


望『こんなドッキリされたらテッテレー!される前にスラッパーちゃんで

『秘剣 流れ星!』

しちゃうよね♪』


『すんな。』


スラッパーちゃんをハイソックスから取り出すと板バネをしならせてブゥン!って威嚇的な音をたてる望。

…驚かされるの怖がる望ならやりかねない…!



☆ ☆

思わず現実逃避してしまった。

…状況は変わらずに紅緒さんは根掘り葉掘りおじさんに聞きながら、


紅緒『…玲奈おめでとう。』


って繰り返す。

おじさんは嬉しそうに玲奈さんとの出会いやこの一年の話しをねっとりべらべら語るけどなんにも頭には入ってこない…。


玲奈さんは顔色悪いまま俯いて…俺と目も合わせてくれはしない。


玲奈『…。』


『…。』


互いに言葉は無い…。

去年の7月から…婚約してるんだ…。

頭の中で反芻するけど意味わかんない。


紅緒さんとおじさんは話し続ける。

玲奈さんは俯いて震えている。

俺は黙って惚けたように他の三人を交互に見つめる…。


時間の経過はわからない。

でも唐突に理解した。

過去の事が走馬灯の様に流れた。楽しい日々を、苦しい日々、焦がれる日々、探す日々。



玲奈さんの夢、憧れ、理想。それに行き着いた何かが…。

俺はこれじゃ無いか?って結論に達した。


☆ ☆ ☆


玲奈さんの初恋はすごく年上のお兄さんだった…。

https://kakuyomu.jp/works/16817330656200078233/episodes/16817330661113571610


その頃にはもう玲奈さんには夢があった…。

https://kakuyomu.jp/works/16817330656200078233/episodes/16817330661021277904


その夢には憧れの姿があった…。


玲奈『私の夢はね?


昔、大勢の敵に囲まれて泣いてた私を、ひとりで暴力とかは使わずに一歩も引かずに私を守ってくれた人が居た、強い思いと熱い言葉で…。

私はその姿に憧れた。

全然形は違うし、そうゆう意図は無かったかも知れない。

私はそうゆうピンチでひとり心細くて泣いてる人の助けになれる人になりたい。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330656200078233/episodes/16817330668829457958


そして玲奈さんは弁護士の道を志した…。


☆ ☆ ☆

…そういう事なんだろう…。


きっと『彼』が玲奈さんの憧れ…。


すごく年上のお兄さんで


大勢の敵に囲まれて泣いてた玲奈さんを只ひとりで


暴力は使わずに一歩も引かずに玲奈さんを守り切った漢…。


強い思いと熱い言葉


玲奈さんに絶大な影響と憧れを植え付けたまさに漢の中の漢…。


『人の助けになれる人になりたい。』って玲奈さんの根幹に影響を与えた人物…。


おそらく弁護士の先生なんだな…玲奈さんが惚れて、婚約しちゃうような…。

ひょっとしてその初恋のお兄さんなのかな?

そりゃ俺なんかじゃ…。収入、社会的地位、年上、何も勝てる気がしない…。

年上好きなら俺3月生まれだから玲奈さんより年下判定になっちゃうし、そう言えば以前は『子供だなぁ』ってよく言われた俺。



俺は勝手に見た目と偏見で松下さんに敵意すら持っていた…。

俺小っさ。


おじさんは太っててお世辞にも格好良く無い。

だがそれがいい。

きっと玲奈さんは中身を見ているんだろう。

年齢差とかきっと関係無いんだ。



ああ。俺滑稽だなぁ。

まだ胸の中は混沌としていて色々なものが渦巻いて答えは出ない。

それでもこの感情がどんどん汚い色になっていきそうなのが俺にはわかる。



…なら…俺に出来る事は…せめて…。

俺は必死に笑顔を作る、頑張れ!俺の表情筋!



『…びっくりしちゃって声も出ませんでした。

…玲奈さん、松下さんご婚約おめでとうございます。

お邪魔してすいませんでした、失礼します。』


そう、ふたりに頭を下げて紅緒さんの手を引く。


紅緒『え?まだ話し…?』


『…いいから、行こう紅緒さん。』


紅緒『もう♪そんなに手を強く引かないで♡

じゃ、お幸せにー!結婚式には呼んでね?』


紅緒さんは一瞬抵抗したけど強く手を引くと頬を赤くして嬉しそうに着いてきた。

手をキュッて握って。


…最後まで玲奈さんとは目が合う事は無かった…。



☆ ☆ ☆

紅緒さんは気を使ってくれて駅までずっと関係無い話しをしてくれた…。

数分後新川駅へ着き改札を抜ける直前紅緒さんは振り返る、

俺の両手をとって自分の胸元で両手で包み込み優しく微笑んで、



紅緒『…承くん、私が居るよ。』


『…うんありがとう。』


また明日。紅緒さんは透明感ある笑顔で電車が来るホームへ降りて行った。

ありがとう、俺は呟く。


☆ ☆ ☆

病弱な少女はなんとも言えない表情で階段を下る。

ライバルの少女の婚約者という思ってもいないトラブル。

その顔に浮かぶのは怒りと期待。


『玲奈のことだから何か事情があるのかもしれない…。

でもね?2番手の私が勝つにはここしか無い…。

前にも言ったよね?玲奈は他を見すぎてる…。』


紅緒永遠は何とも言えない表情で帰途に着いた。



☆ ☆ ☆

…どう帰ったのか…よくわからないけどいつものコンビニ前を通らずに家へ帰っているみたい。

いつもの歩道橋が今日はしんどい…。


『帰りたく無いな…。』


小学校から逆に曲がる…。

中学校方面へ向かう道。


でも、この道も何度も玲奈さんと帰った道のわけで…。

色んなことが思い出される。

この道…クラス委員長になった時何度か一緒に帰って…体育祭の実行委員の頃一緒に打ち合わせながら帰って…受験で玲奈さんがTV映って変な奴が学校に来ちゃった頃俺の学ラン着て一緒に帰ったり…。


この道を避けてもどうせ何処かで香椎玲奈の思い出にぶち当たる。

俺の心の中の地図のよく通る場所にはいつも香椎玲奈が居る。


…今までだって色々あった。でも道のせいか中学時代の事を多めに思い出しちゃう。色々あった…

お願いして疎遠になって貰ったり、修学旅行で好きだ!って痛感したり、文化祭でクラスまとめる為にやらかしたり、クリスマスケンカしたり、美術室使えなくなって会えない日々があったり。…卒業式で玲奈さんから逃げ出したり。


高校生になったってそうだった。

玲奈さんを忘れようとしたり、玲奈さんに彼氏が出来たって聞かされたり、約束すっぽかして傷つけたり、初めてのバイト代でプレゼント送ったり。


俺の思い出や記憶は香椎玲奈でいっぱい。


なんて楽しい日々だったんだろう。

嬉しくて、楽しくて、ドキドキして、苦しくて、焦がれて…その全てが俺にとって…。

今までだってもうダメって事はあったさ。

でも今回は、今回だけははっきり違う。

噂や行き違いじゃなくって本人と婚約者に直に対面して告げられた。

今回ばかりは誤解や勘違いはあり得ない


あぁ、なんて幸せな日々だったんだろう。

俺のゴールデンウィーク香椎玲奈を想う日々は終わったんだってわかった。



俺はスマホの電源をOFFにして目から未練を垂れ流しながら歩き続けた…。




☆ ☆ ☆

少し長引いたゴールデンウィーク編終了です。

承にとって忘れられないゴールデンウィークになりました。



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