2.人間族からの洗礼

 ■□■


 山中の洞窟で一晩を過ごし、次の日。


 俺は早起きするとすぐに少し霧のかかる朝に山を下りはじめ、もう昼前には麓に着いていた。


 いよいよここからがメクトル王国領となる。


 これより情報を得るために人口の多いどこかの街に行きたいのだが……しまったな。

 霧で視界が悪かったのもあり、俺が降りてきたこの辺りがメクトル王国のどこなのかが全然分からない。

 多分辺境地方のどこかにはなるのだろうが、どの方角へ行けば街に行けるのかも分からないな。


 もう霧はだいぶ晴れて良く見える視界で周囲を見渡しても、一面自然豊かな平原。


 せめてこの付近に農村でもあればいいのだがな。

 休憩もしたいし、そこの人々に道も聞けるかもしれない。……大きな街に出る前に、人間族とは一体どういう奴らなのか接触もして確かめておきたいしな。

 まあ俺自身が人間族ではあるのだが、ずっと獣人達に育てられてきた例外ではあるし。


「とりあえず獣人共のように、見ただけで俺を毛嫌いさえしなければそれだけでもありがたいが……む?」


『〜〜〜〜〜〜!?』


 独り言を呟いていた時、突然少し遠くの方で叫び声が聞こえた。

 良く聞こえなかったがどうにも「助けて」と言っているようだ。


 早速現地民との接触の機会か、ありがたい。


 俺は急いでその声の方へ向かった。


 ■□■


 その場に辿り着くころには、助けの声も鮮明に聞こえるようになった。


「――ひ、ひええ……誰か助けてくれー! このままじゃ、可愛い女の子達に【リア充】にされちまうよー!」


 もう姿も見えている。


 岩にもたれ掛かりながら助けを求めているその人物は、俺が今まで見たことない生き物だった。

 ……いや、一応毎日鏡では何度も見ていたのか。


 頭が獣ではない、のっぺりとした顔には髪の毛と髭くらいしか毛は生えていない。薄い鎧よりはみ出す肌にもほとんど体毛はなくむき出しだ。


 これが人間族なのか。当たり前だが俺と同じ特徴をしているな。

 性別は男で、俺よりもだいぶ年上……中年男性といったところか。


 その彼だが、同じく人間族に襲われている真っ最中だった。


「「リアー!!♡」」


 襲っている若い農民女性と思しき二人組の身体からは、「♡」のエフェクトが湧き上がっている。


 こいつらは【リア充】化しているのか。やはりアリスブルム王国だけではなくこのメクトル王国でも被害が出ているらしい。


 それで、装備している剣すらも構えられず震えているその男は、彼女らに【リア充】にされそうになっていると。


 ……仕方ない。あまり目立つことはやりたくないが、助けてやるか。


「『イノセンス・エクスプロージョン』!!」


「「リアー!?♡」」


「ぎゃー!?」


 発動した爆発は【リア充】を覆う。


 そして……しまったな。

 距離が近すぎて、男までこの爆発に巻き込んでしまった。


 勿論ダメージは無いだろうし、吹き飛ばし力の方も今のは0に調節していた。

 しかしあんな派手な爆音と爆風を目の前で浴びたら滅茶苦茶びびるだろう。威力は0でもなんか魔法の見た目だけは以前のままだしな。


 煙が晴れてから、そこに【リア充】化が解けて気絶している女性二人と……ぴくぴくと痙攣している男の姿があることを確認次第、俺はそちらに向かった。

 メクトル王国にまで来れば、無闇に姿を晒すことを避ける必要も無いだろう。


「おい。大丈夫か、あんた」


「……ひ、ひぃ……し、死……あれ、生きてる?」


 男に声をかけると、彼は何とか我に帰って自分の身体を見ていた。しかし当然ながら外傷もない。


「それに……あれぇ? さっきまさに俺を襲わんとしていた女の子達が、倒れてるぞ……?」


「俺がこの【リア充】達を倒して気絶させたんだ。あんた、襲われて【リア充】にさせられかけていたんだろ? 危なかったな」


「え……おお、にいちゃんが助けてくれたのか」


 初の人間族との会話だが、ちゃんと言葉は通じているようだ。男は俺を初見で毛嫌いする様子もない。まあ同じ人間族なので当然なのかもしれないが。


「そ、そうかぁ……。それは……ありがとよ……」


 だが、お礼を言いつつも何故か男は少し悲しそうだった。


「おい、折角助けてやったというのになぜ気を落としている? どこか怪我でもしたのか?」


「……いや、身体は大丈夫よ。違う、そうじゃなくて……その、俺ってさ。実は今まで全然モテたことなくてよ」


「……ん?」


 なんだ、こいつは急に何の話をしている?


 首を傾げる俺に対し、男はこう続けるのだった。


「いやね、勿論すげぇ嬉しいよ? そりゃ【リア充】にはなりたくないし、今もあんたに助けて貰ってホッとしてるとも。……でも、あんな可愛い女の子達に追い回されるなんて生まれてこの方初めての経験でさぁ。この時間が終わっちまったと思うとその……全く悲しくないと言ったら嘘になってしまうわけで、ごにょごにょ……」


 ……は?


「……分かった、ちょっとそこらの【リア充】をお前の元まで連れてくるわ。もう助けてやらん。夢の時間をまた過ごせるぞ、良かったな」


「いやーー止めて! 嘘! 本当にありがとうございます! 助けて貰ってとっても嬉しいから! 冗談だから! 止めてー!!」


 人間族、ろくでもない変な奴らの集まりなのかもな。


 □■□


「いやぁ、さっきは助けてくれてありがとう! 俺はカッツ、冒険者だ!」


 立ち去ろうとしたら俺の足にしがみつかれ「助けてくれたお礼に飯を分けてあげるから【リア充】連れてくるのはヤメテ」と泣きつかれた俺は、仕方が無いので(お腹が減っていたので)そのカッツと名乗った男を救助して食料を分けてもらうことにした。


 彼は岩に鞄を置いて開き、中からサンドウィッチを包んだ紙袋を取り出す。


「ほれ! 今朝リーベルの出店で買っておいた『デーベバードのチキンサンド』だ! 超うめぇぞ!」


「……む」


 正直、不覚にも見ただけで少しだけ唾が出た。


 重なった二つのパンの間からはレタスと、飴色のソースがふんだんにかかった柔らかそうな肉がはみ出している。


 黙ってそれを受け取り、一口。


「……っ」


 身体に衝撃が走る。


 食べた途端に口の中にふわふわのパン、シャキシャキのレタス、柔らかい肉の食感が同時に襲いかかり、その直後に甘辛いソースの味が口いっぱいに広がったのだ。


「……く、美味い……!」


「はっは、だろー? 腹減ってんだろ、遠慮せず全部食べろ!」


 なんだが悔しくなり唸ってしまう。


 アリスブルムの食べ物は、獣人達の好みで本来の食材の味を生かす料理が多かった。

 しかし、このサンドウィッチは肉とレタスだけではなく、かかっているソースの味付けも良くこの料理の風味を美味くまとめている。


 ……これが、人間族の味だというのか。


 俺は早速この国の洗礼を受けることとなり、見悶えるのだった。

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【リア充】討伐クエスト〜呪いで魔法能力値を0にされて追放された最弱魔導士、【リア充】とかいう魔王が出現させた誰も倒せない謎の新敵をなんか威力0の「爆発」魔法で無双して「最強」を取り戻す〜 @marumarupa

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