徹夜明けの社畜ボク、ヤンキー姉さんと海へ行く

@mana_2023

徹夜明けの社畜 ヤンキー姉さんと海へ行く

ちょっとコンビニでエナドリ買ってきまーす!


飼いならされた社畜仲間に告げ、

まだ残暑の残る9月中旬の朝7時、

徹夜明けの朝は、何と清々しい空気なのだろうか。

いつも感じる社畜だけの特権だ。


そういえば今日は僕の30歳の誕生日だったな…


すっかり忘れてたし祝ってくれる人も居ない。

童貞のまま30歳を迎えると魔法使いになれるなんて話もあったっけな。


あーあ、魔法でも使えないかな…

いや、魔法とかどうでもいい、

このまま家に帰って布団に飛び込めたらどんなに幸せだろうか。

しかし、現実はまだ仕事は続くのだった。


フラフラとした足取りで会社近くのコンビニへと向かう。


いつも徹夜作業の時に利用しているコンビニに付くと、

コンビニの前に如何にもヤンキーですという外見の女性が

ヤンキー座りをしてタバコを吹かしている。


赤く染めた髪をショートで切りそろえ、

皮のライダースジャケットにダメージジーンズ、

何かカッコイイな…と思い、虚ろになった頭で思っていると、

どうやらじっと見つめてしまっていたらしい。


「あ?あたしに何か用でもあんのか?」


慌てて否定してコンビニに駆け込む。

危うく絡まれて仲間の男性チンピラとかに囲まれてボコボコにされるところだった…

勝手な被害妄想を抱きながら、目当てのエナジードリンクを3本ほど買う。

まだまだ社畜の1日は長い。「寝るまでは今日だ」と上司は言っていた。

一体今日が何日続くのやら…

ついでに自分の誕生日祝いにと、小さいケーキを1つだけ買っておく。

死んだ魚のような目で会計を済ませてコンビニを出る。


「何だお前、死にそうな顔してエナドリかよ」


先ほどのヤンキー風の女性がこちらを見て声を掛けて来た。

怖いので無視したい所だが、それはそれで言いがかりをつけられそうなので、

無難に「あ、はい」とだけ返事をしておく。


「何だ若いっぽいのに元気のない奴だな。お前大丈夫か?目が死んでるぞ?」


適当な返答をしておけば僕になんて興味を失うと思っていた予想は外れ、

タバコを吹かしながら会話を続けようとするヤンキー少女。


「若くなんてないですよ。今日で30歳になりました」


何となくだが誰かに言いたくなったのかもしれない。

今日が誕生日である事をぽろっと口に出してしまう。

余計な事を言ってしまったと思ったが、遅かった。

彼女は「おっ」と言った顔でこちらを見て、更に話しかけてくる。


「誕生日にエナドリに…コンビニケーキか。こんな早朝に?

 お前もしかして徹夜明けなのか?」


はい。その通りです。そしてこれからも仕事があります。

とは言えず、あははと笑ってごまかす。

その笑顔はきっと目が笑っていないのだろう。


「大丈夫か?なんか目が死んでんな…あたしで良ければ話きいてやんよ?」


本気で心配そうな顔でこちらを見つめてくる。


気付けば僕は、彼女の横でタバコを1本貰い一緒に吸っていた。


「徹夜明けなんですけど、まだ全然仕事が終わらなくて、

 この調子だと今日も徹夜ですよ…

 最近こんな仕事ばっかりでもう疲れちゃいましたよ」


聞いてやるなんて初めていわれ、本当に愚痴を垂れ流し始める僕は、

何てカッコ悪い大人なんだろうか。


「納期は今日までなんですよ?でも上司は『寝るまで今日だ』なんて言って、

 無理やりにでも終わらせようとしてみんな帰れないで徹夜続きですよ」


彼女は空を遠くを見ながら僕の愚痴をうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれている。


「やめようにも転職先を探す暇もないし、そんな実力があるかもわからないしで

 結局文句言いながらも今の会社から逃げられないんですよねぇ」


そんな愚痴を黙って聞いていた彼女は

近くに止めてあったバイクの方に黙って歩き出す。


そして、2つついていたヘルメットの1つを僕にぽんっと投げてよこした。


「よし、海行くぞ。サボっちまえよそんな仕事」


「えっ!?そんな訳には…」


「こんなもんあるから頑張っちまうんだろ?」


吸っていたタバコを携帯灰皿に押し込めると、

そう言って僕が買ったエナドリを取り上げて2本一気飲みしてしまった。


「1本は海行くまでのエネルギーチャージだ、自分で飲みな」


その豪快な所作に何だか仕事なんてどうでもよくなってきて、

僕もエナドリをその場で一気飲みをする。


ヘルメットの被り方が良く分からない僕に、

彼女は豪快に刈ポット被せてくれた。


自分自身もヘルメットをかぶりバイクにまたがる。


「ほら、後ろ乗りなよ」


乗り方も良く分からない僕だったが何とか後ろの席に跨って座る。


「しっかり捕まってろよ。徹夜明けで眠いだろうが寝たら死ぬぞ」


どこに捕まるのだろうか…確かアニメとかでは立場は逆だが後ろに乗る女の子は

運転する男の腰に手をまわしていたはずだ。

良いのだろうか…迷いながらも腰に手をまわしてみる。


「ばっ…まぁいいか、しっかり捕まってろよ」


彼女は少しびっくりしたような声を出したが、そのままエンジンを吹かし始めた。


バイクがゆっくりと発進する。


残暑が残る9月の朝、僕を初めての冒険に連れ出したのは、

見知らぬヤンキーの少女だった。



彼女の背中に身を任せ、風を切って走る。

あぁ…気持ちいいな。

世の中、こんな世界もボクのすぐ側に広がっていたんだと、

改めて認識される。

またバイクは僕がいつも行動している範囲内を走っているが、

いつも歩いて仕事場に向かうような道でも、今は全然気持ちが違う。

いい年をしてワクワクドキドキという言葉でしか言い表せないような気持ちになっている。


彼女の背中からは微かなタバコの匂いとシャンプーだろうか甘い匂いが混じって香ってくる。

心地よい風にと匂いに包まれて、眠くなってくるが寝たら死ぬ。

僕は眠気と必死に戦いながらも童心に帰った可能ようなドライブを楽しんでいた。


1時間近く走っただろうか、

海が視界に入ってきた。

まだ午前中の柔らかい光を浴びてキラキラと輝く海は、

久々に見たことと相まって、僕に言葉にできない感動を与えた。


サーファーたちがポツポツと居るだけの海水浴場の駐車場にバイクは止まった。


「着いたぜ」


ヘルメットを外し海を見る。

海水浴場に来るなんて、小学生の頃に親に連れてきて貰って以来の事だった。

さざ波が押し寄せる音が心地よい。


僕は何ていえば良いのか分からず、ただ「うん」とだけ答えた。


彼女はそのまま海岸線の方に歩いて行く。

僕も彼女の後について歩いて行く。


波打ち際で波が来ないギリギリの辺りに彼女は足を延ばして座り、

タバコを取り出し火をつける。


「はぁ~、やっぱ海は良いよな。見てるだけで気持ちが洗われる」


僕も隣に座り、黙って海を眺める。

さっきまで会社のデスクで死に物狂いでデバッグをしていたのが

まるで悪夢の中だったかのように現実感が無くなっていく。

今、この海を見ている僕こそが現実なんだと。


そして波の音を聞きながら浜辺に大の字になって寝転んで空を見上げる。

もうすぐ秋を迎えようとする空は、凄く高く、澄んでいた。


僕の感情は何だか良く分からなくなり、自然と涙が零れる。


「あー、分かるぜ。何かこう心に来るもんがあるよな、海ってさ」


そう言って僕の方をちらりと見ただけで、あとは黙って海を眺めている。

その横顔を眺める。


風になびく赤く綺麗に染められた髪が綺麗で、ドキッとする。


「ありがとうございました。こんな所まで連れてきて貰って」


僕は体を起こし、胡坐をかいた状態で彼女の方を向いてお礼を言った。


「別に良いって、勝手に連れて来たのはあたしだしな。

 というか敬語やめろよ、どうみてもアンタのが年上だろ」


「いやぁ、初対面の人には敬語でって癖が付いちゃって…

 ところで年下なんですか?」


どう見ても年下だが、冗談っぽく聞いてみた。


「なっ!?どう見ても年下だろうが、お前いったんあたしを何歳だと思ってんだよ!」


烈火の如く怒りを露わにこちらに近寄ってくる。

コワイ。


「ご、ごめんなさい。冗談ですよ。どう見ても若くて綺麗ですよ」


怒りは収まったようで、ボクの隣にちょこんと座る。


「き、綺麗は余計だバカ。あたしは24だよ。あんたは今日30になったんだっけ?」


「はい、誕生日に泊まりで仕事なんて最悪だーって思ってたら、貴女に拾われました」


そうだ、今日は僕の30歳の誕生日。

貴重な20代は全て社畜として捧げてしまった。

これからもそんな日々が続くと思っていたのに、

今日、今、何故か知らない女性と海にいる。


「拾ったって…まぁそんなもんか。ところでアンタ名前は?あたしは#茜__アカネ__#」


茜さんというのか、強気なイメージが彼女にピッタリだと思った。


「茜さんですか。僕は、#翔平__ショウヘイ__#です。翔けるに平で翔平」


「全然翔けれてねーじゃん、あははははウケる」


人の名前を弄って自分で笑っている。

何だかその様子を見ていると僕も面白くなってきた。


「あはははは、ホントですよね、何にも翔けてな無い。でも#平__たいら__#な人生は歩んでますよー」


「ウケる!そっちかよー!翔平面白いなー」


第一印象は怖い人、それからなんか優しいかもって思って、今は可愛い人だなと思っている。

笑っている姿は少女のようだ。


そしてまた、沈黙が訪れる。

嫌な時間ではなく、ただただ波の音を聞き、海の揺らぎを二人で静かに見つめる。

とても心地の良い時間だった。


子供の頃、親に連れてきて貰った海は凄く楽しかったな。

人がいっぱいいて、みんながキラキラしてて、

凄く楽しそうにしてたな。

真夏の太陽の下、お父さんと一緒に海でいっぱい泳いで遊んで楽しかったな。

僕も大人になったら、彼女や家族と一緒に海に来るのかなーなんて、

子供心に考えてたけど、そんな機会は今迄訪れることはなかった。


それが今、少し季節外れの海を

可愛いヤンキー少女と一緒に見つめている。


不思議な事もあるものだ。


こんな場面は今迄1度たりとも想像もしたことが無かった。


「なーに#黄昏__たそがれ__#てんだよー」


ばしゃっ


いつの間にか靴を脱いで裸足になって波打ち際から

水をかけてくる茜さん。


「ちょ、ちょっと!やめてくださいよー」


スーツの足元に回数が掛かる。

でも悪い気分はしない。

僕も靴と靴下を脱ぎ、裸足になって海岸線へと走る。


「そっちがその気ならー」


僕も童心に帰り、彼女と水の掛け合いをした。

着替えなんて無い、帰りも彼女のバイク頼り、

そんな事は何も考えず、子供の頃のようにただ水遊びを彼女と二人楽しむ。



「ハァハァ…運動不足にはこれだけでも重労働ですよ」


「情けない奴だなぁー、あはははは」


2人して回数でびちょびちょになりながら、砂浜に寝転がって空を見上げる。


悩んでいた事、苦しんでいた事、仕事を勝手にサボった事、

全てがちっぽけな事のように思えた。



暫く二人で空を眺めてお物思いに耽っていたが…

寒い。


「寒いな…さて、どうするか、このままバイクで帰ったら確実に風邪ひくぞ」


「そ、そうですね、寒くなってきましたね」


「翔平金持ってる?」


「まぁそれなりには…」


たかられるのか!?

と思ったがそんな訳ないのは今迄の彼女の言動で分かっている。


「しゃーない、その辺のホテル入って服乾かしてから帰るか、腹も減ったしな」


「え!?ホ、ホテル!?」


彼女の急な提案に挙動不審になる僕。


「なんだよ、別に襲わねーよ。それとも翔平が襲ってくるのかぁ?」


ニヤニヤとしながら僕の顔を覗き込む。


「お、お、お、襲わないし!」


完全に挙動不審だ。

だってホテルなんて言った事もない。

それも年下のこんなに可愛い女の子なんて…

襲う勇気なんてまったくないんだけど。


「じゃあ問題ないな。歩いてちょっとのとこにホテルあるから行くぞ」


そう言うとスタスタと歩いて行ってしまう。

僕はアタフタとしながらも後ろを着いて行く。


ホテルの場所知ってるって事は一緒に来る人いるんだなぁなんて、

少し寂しい気分になっている自分と、

これから彼女とホテルに行くんだという興奮を隠しきれない僕が同居している。


5分ほど歩くと、綺麗な雰囲気のラブホテルが見えて来た。

彼女は躊躇なく中に入ると部屋のパネルの前に立ち、少し迷って部屋を選ぶ。


「ほら行くぞ」


入り口でオロオロしている僕の手を掴み、彼女にそのまま引っ張られ、

エレベータに乗り、部屋へと連れていかれる。


初めて入るラブホテルの部屋は思っていたより凄く綺麗で広かった。


「ほら、服脱いで、その辺に干しとけば乾くだろ」


と、慣れた様子でバスローブとハンガーを取り出し僕に渡してくる。


「あたしは先にシャワー浴びさして貰うから、覗くなよ」


ニカッと笑ってバスローブをもってお風呂に入って行ってしまった。


覗くなよとは言われてもすりガラスでシルエット見えてるんですけど…

服を脱いで肌色になるシルエットに釘付けになっていると、


「すりガラス越しに見てんじゃねーぞ」


彼女に怒られてしまう。

ここは素直に濡れた服をハンガーにかけ、パスローブに着替えて待っていよう。


……平日の午後に差し掛かろうという時間、

本来なら会社で徹夜明けで今日も徹夜かなと社畜として働いている時間だったはずだ。

それが何故こんなところに居るんだろう…スマホの電源はとっくの昔に切ってある。

電源を入れたら大変な事になっているんだろうが、今はそんな事は知らない、気にしない。

こんな1日の過ごし方もあって、自分でも出来るんだと感動に近い感情に打ちひしがれている。

僕は彼女の浴びているシャワーの音を聞きながら、そんなとりとめのない事を考えていた。


「ふぅー、サッパリした!」


バスローブ姿で出て来た彼女は濡れた髪にすっぴんで、

凄くセクシーだった。


「ジロジロみてんじゃねーよ!お前もさっさと風呂入ってこいよ」


ちょっと照れたような顔で、照れ隠しに強めの口調で僕に風呂を入る事を促しているようだ。



「覗かないでよ?」


「覗かねーよバカ!」


軽口が叩けるほど位は余裕が出来てた僕は

彼女の言葉に素直に従い、自分もシャワーを浴びることにする。


シャワーでサッパリして出てくると、

彼女は勝手に注文したピザやら焼きそばやらをテーブルに広げ

ベッドに腰掛けながら食べていた。


「もぐもぐもぐ…腹減っただろ?翔平も喰えよ。お前のおごりだけどな」


どうやらこれも僕の奢りらしい。


僕は彼女の横に座り、ピザを1枚とって食べる。


「ちゃんと食ってんのか?エナドリだけだと体に悪いぞ?」


そういえばまともに食事をとる時間もなく働いている事が多く、

エナドリだけで済ますことも少なくない。


「ですね、ちゃんと食べるようにしないと…ピザ美味しいね」


「おう、好きなだけ喰え。お前のおごりだけど」


大事な事だから2回いったのかな?奢りをやけに強調してくる。


2人で昼食を全部平らげ、一息つく。

彼女が干された服の確認をする。


「まだ乾かねーな。ちょっとはしゃぎすぎたな」


と笑いながら言った。


僕は昨日の徹夜の上に、海で珍しくはしゃぎ、そしてお腹がいっぱいになるという

状態で、眠気に襲われていた。



「あぁ、そういえば翔平徹夜明けなんだったな」


彼女はベッドの僕の横に腰を掛け、ポンポンと自分の太ももを叩いた。


「ほら、貸してやるよ。特別だぞ」


と、どうやら膝枕をしてくれるらしい。

眠気で朦朧となっていた僕はそのまま素直に従い、彼女の太ももに頭を乗せる。


「…硬い」


バチンッ


頭を思い切り叩かれた。


「お前殴るぞ」


もう殴ってますけど…と思いながらも意識が遠のく。



すぅ…


「何だもう寝たのか…よっぽど疲れてんだな…」


優しく頭を撫でてくれているようだ…。


僕は半分は夢の世界に、半分は現実にぐらいのとても心地よい状態だった。

彼女の太ももは温かく柔らかい。優しく頭を撫でられるのも凄く気持ちが良かった。


「あたしはさ、20の時に彼氏が居たんだよ」


僕がもう完全に眠っていると思っているのか、

それとも僕に聞かせたいのか分からないが、

彼女の独白が始まった。


「その彼氏もな、お前みたいな社畜で…でも自分の仕事に誇りを持ってて

 仕事が楽しいといって、あたしと会う時間もほぼなくて、

 土日も深夜も関係なく働いていたんだよな」


あぁそんな過去があったんだ…と虚ろな頭で考える。


「あたしは1週間に1時間程度でも会えればそれでよかった。頑張ってる彼がすきだったから。

 でもそんな生活が1年以上続いたある日、アイツ、死にやがったんだよ。

 詳しい事は誰も教えてくれなかったけど、過労死ってやつだと思う」


……


「いくら楽しくてやりがいがある仕事でも度を越えたらダメなんだよ。

 お前見てたら、死んだアイツの事思い出してほっとけなくてな…

 無理やり海に連れてきたりしてごめんな、迷惑だっただろ?」


そんな事はない…ありがとう、そう思いながら僕は夢の世界に落ちて行った。




どんっ


痛たたた…



どうやらベッドから落ちたようだ。


「んんー、痛い…」


ベッドの方をみると、彼女が大の字になっていびきをかきながら寝ている。

バスローブもはだけて色々と見えてしまっている…


これはマズイ


僕は寝起きの頭をシャキっとさせ、ベッドに乗り、彼女の着衣を直そうと

バスローブに手をかける。


とそこで彼女が目を覚まし、自分の状態を確認する。



「てめぇ…襲ったのか!?」



「い、いや、違う、違うって!」


「何が違うってんだ…色々見えてんじゃねーか!」


ぼふっ


思い切り腹パンを食らってしまった。


「ぐはぁぁぁ」

「じ、自分で勝手に寝てはだけさせてたんじゃないか…」


僕はか細い声で講義をする。


「うるさい!そうかもしれないが見たのは事実だろう!」


彼女は赤面しながら着衣を直している。


ホテルの窓から見える海は、

すっかり夕暮れになっており、

太陽が沈もうとする海はオレンジ色に輝き

とても綺麗だった。


「綺麗…だな、海」


と僕が呟くと、彼女も隣に来て


「夕方の海も良いもんだな」


と言う。


お互いあっという間に眠りから覚め、頭はスッキリとしている。

どうやら服も乾いているようだ。


「よし、帰るか」


僕はまた彼女の背中に掴まりバイクに乗っている。

夕焼けを背負って走る道は風が少し冷たい。


行きの頃よりも彼女との距離は縮まっている。

しっかりと腰を掴み彼女の背に頭を付ける。


この温もりを少しでも長く味わう為に。



「ここでいいか」


僕たちは朝であったコンビニの前でバイクを降りた。


「今日はいきなり付き合わせて悪かったな」


と彼女は申し訳なさそうな感じで言ってきた。


「いや、こんな世界があるなんて

 社畜で仕事ばかりしてたら知ることがなかったよ。

 何か自分の知ってる世界が広がった感じだよ。

 ありがとう」


彼女は少し嬉しそうな顔をしながら、そして心配げに言った。


「そ…か、それなら良かった。仕事無理だけはすんなよ?」


「うん、わかってる。もう無理はしないよ」


その言葉を聞くと彼女はタバコを取り出し火をつけ、

朝であったように、コンビニの前に座りタバコをふかせた。


「じゃあ、僕は帰るよ。今日はホントありがとう」


「あぁ…またな」


けだるそうに手を振る彼女を背に僕は家路についた。



翌日、会社に行った僕を待っていたのは、

僕抜きで仕事を終えて屍のようになっている社員たちだった。


何だ僕が居なくても何とかなるんじゃないか。


僕は半分寝ている上司宛にメールで会社に辞める事を伝えた。

溜まりに溜まった有給を全て使い、退職日まで出社しない事も。


スッキリとした気分で会社を出る。

まだ午前中の早い時間だ。

僕はまた彼女に会えないかとコンビニに向かうがその姿はなかった。


その後も何度もコンビニに通うも彼女に出会う事は1度もなかった。


まぁ生きていればその内また出会う事もあるよね。

さぁ、今日から何をして生きようか。


可能性は無限にあるんだから。

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