おまけ:石像の秘密
「そう言えばさ」
シュトゥルム討伐の翌日、アルフたちが去った後の秘密騎士団会議室にて。
何かを思い出したようにフィリアがグレイシアに話しかけた。
「何でしょう」
「聖なる力で思い出したんだけど、あれってどうなったの?」
「あれ、と申しますと?」
「私が小さい頃にたくさん石像造って城内に置いて回ったじゃない。これが新しい神様です、とか言って。いつの間にか消えてたよね」
「今もあなた様がお造りなった神はこの世に君臨し続けております」
「君臨し続けたら困るんだけど……恥ずかしいし。あれって今どこにあるの?」
フィリアが苦笑いしながらそう言うと、グレイシアは淀みなく答える。
「私の部屋に保管してあります」
「何でグレイシアの部屋? じゃあ今度捨てておいて欲しいかも」
「そういうわけには参りません。あれはいつか民衆が道標を見失った時、新たなそれに代わるべきものですから」
「何言ってるの? あれは小さい子供が衝動で造った、ただの変な石像だよ?」
実を言えば、グレイシアはフィリアを心の底から慕っていた。
いや、心の底から慕っているのは誰の目にも明らかなのだが、それが度を過ぎていることはあまり知られているところではない。
グレイシアが何も答えずにいると、フィリアが困ったように言った。
「じゃあ、必要だったら神官さんとかに頼んで新しいの作ってもらうから。あれは捨ててね」
「…………」
「ねえグレイシア、わかった?」
たんたん、と机を軽く叩きながら言われ、グレイシアは観念したように応じる。
「どうかお慈悲をいただけませんでしょうか」
「そんなにあの石像が好きなの!?」
「私にとって姫様がお造りになられたものは全て特別なものですから」
幼いフィリアが造った石像なんて、信者からすれば延髄ものだ。手放すのは自分の命を絶つことに近い。
その辺にある道具を使って適当に造ったものなので不出来だが、そんなことは大した問題ではないのだ。
どうしたものか、と遂に腕を組んで悩み始めたフィリアだったが、しばらくして答えを出したようだ。
「じゃあ、今度新しい石像造ってあげるから。もうちょっとかっこいいやつ」
「ウホホ!?」
「グレイシアがゴリラになっちゃった」
突然正気を失い叫んでしまったグレイシアだが、次の瞬間には冷静さを取り戻して咳ばらいを一つ挟んだ。
「大変失礼を致しました。新作が発表されるのかと思うとつい、本能が解き放たれてしまって……」
「ゴリラの本能を持ってるなんて知らなかったよ」
「人間も所詮は動物の一種ですから」
「ていうか新作を発表って、彫刻家じゃないんだから」
「ご自身ではお気づきになられていないかもしれませんが、姫様には創作の才能がおありです」
「え~。そうなの?」
半信半疑という感じの反応だが、グレイシアは躊躇なく首を縦に振る。
「はい。ですから世界の為にも、新作に加えて以前の石像も残しておくべきです」
「それ自分の為に言ってない?」
「世界の為です。せめて一体だけでもいいので」
根負けしたのか、フィリアはそこでため息を一つ吐いて頷いた。
「わかった。じゃあ前の石像は一体だけ残すことを許可します。新しいのも作ってあげる」
「ありがたき幸せ」
「ただし! あの石像は誰にも見せないこと。自分で鑑賞するだけにしてね」
「もちろん……あっ」
「え?」
グレイシアのまさかの反応に、フィリアはすかさず問い詰める。
「もしかして、もう誰かに見せちゃったの?」
「アルフレッドに渡しました」
「どうしてアルフレッド君に?」
「彼が初めて王城に来たあの日、心配をかけた幼馴染への手土産が欲しい、と言っていたのであの石像を」
「その幼馴染ってルナちゃんだよね。じゃああれって今ルナちゃんのところにあるのかな。まあ、アルフレッド君があれをプレゼントとして渡していればの話だけど……」
「間違いなく渡していると思います」
「自信満々だ」
アルフレッドには、あの石像は「とても良いもの」と教えてある。そもそも見た目からして素晴らしいあれを、贈り物として渡さないはずがない。ルナもさぞかし喜んだことだろう。
グレイシアが確信に満ちた様子で微笑んでいると、フィリアが何かを思い出したように口を開く。
「そう言えば、アルフレッド君の報告にあったことって、それが原因だったりしないよね?」
「シュトゥルムがルナに憑依した際、鞄の中に入っていたものが強烈なダメージを与えたようだった、という話ですか」
「そうそれ!」
「確かに状況から考えれば聖なる力を付与されたものがルナの鞄の中に入っていた可能性は非常に高いですが、まさかあの石像ではないでしょう」
「だよねー」
「あの石像に神々しさや神秘的な雰囲気はあっても、聖なる力というのはまた別の話になってきますからね」
「そんな雰囲気のある石像だったかな……?」
フィリアは首を傾げているが、間違いなくあった。
しかし、ものに聖なる力を付与するというのは特別な手段を要することで、そう簡単に出来ることではない。
風の噂で製作したものに聖なる力を付与する能力を持つ者もいると聞いたことはあるが、実在するかどうかも定かではないし、フィリアにそんな傾向が見られたことはこれまでになかった。
だから、あの石像に聖なる力はないはずだ。
「そもそも、七不思議の調査に石像なんて持っていくものでしょうか? ルナはあれをフィリア様が造ったとは知らないはずですし」
「いや、アルフレッド君からもらったものなら有り得るよ。ルナちゃんは可愛いからね~」
「そうなのですか」
得意気な表情で語るフィリアに、グレイシアは共感を示すことが出来ない。
ルナは確かに可憐な少女だが、それとこれとの関係性がわからないのだ。
「グレイシアにはわかんないかな~」
「申し訳ございません」
すました顔で冷静に謝罪をするグレイシア。
だがその裏では、よくわからないがしたり顔の姫様可愛いな、などと考えているのであった。
「ふっふっふ。まあ恋に関することは私に任せなさい」
「よろしくお願い致します」
どうやら恋に関する話題だったようだ。薄々そうかもしれないとは思っていたが確信にまで至ることは出来なかった。
さすがは姫様。自分などには到底及ばない高みにいらっしゃる。
密かにグレイシアがそう感心していると、フィリアがおもむろに立ち上がった。
「さあ、そろそろ行こっか」
「はい、姫様」
恋だの愛だの、不要なものは切り捨てて来た。
全ては目の前にいらっしゃる、最も敬愛すべき存在を守り抜く為。魔王からも、姫様を狙う不逞の輩からも。この方の安寧を脅かすものは、何であろうとこの手で排除してみせる。
強い想いを胸に秘めながら、今日もグレイシアは傍らで静かに王女を見守り続けるのであった。
※これにて打ち切りです。ありがとうございました。
かつて勇者を目指した少年が「勇者」になるまでの物語 偽モスコ先生 @blizzard
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