エピローグ

「ちなみに何だけど」


 会議が終わった後は俺たちが先に出て行くのが通例だ。

 だが今は気になっていることがあるので、クリスとムルムトの背中を気にしつつグレイシアに問いかけた。


「どうした」

「シュトゥルムってのは魔王軍幹部なのか?」


 すると、グレイシアはわずかに目を見開く。


「何だ、知らなかったのか」

「おう。ってことは有名なのか?」

「確かに有名という程ではないがれっきとした魔王軍幹部だ。他のやつらと同じく詳しい情報はないが、聖なる力に滅法弱いというのは知っている」

「じゃあ弱っててくれて助かったな。下手すりゃ俺は命を落としてた」

「いやしかし、弱っているからと言って聖水などの準備なしにそう簡単に勝てる相手ではないぞ。お前がシュトゥルムを倒したというのは本当に素晴らしい功績だ。誇っていい」

「さすがは私の見込んだ男だね!」


 どうだ、と言わんばかりに胸を張るフィリア。

 王女様と人類最強との呼び声高い騎士に褒められるとさすがに照れてしまう。熱くなってきた顔を見られないようにしようと踵を返した。


「ありがとう。じゃあ俺はこれで」

「これからも頼むぞ」

「よろしく~!」


 二人の言葉を背中で受け、片手をあげながら教室を後にした。




「ただいま」


 帰宅の挨拶をするも返事はない。母さんとエミリーが店で、親父が工房ってところか。

 自分の部屋へ行き、荷物を置いて着替えるとすぐに家を出た。


 家と店は隣接しているが繋がってはいない。仕事とそれ以外の時間を分けたい親父の意向で敢えてそうしたそうだ。

 店には寄らず、そのまま工房を目指した。


「親父ーいるかー?」


 工房に入った途端に熱気に襲われる。熱した鉄を撃つ音が甲高く響き、家庭の一部であるこの場を「仕事場」たらしめていた。

 親父はいたがこちらに気付いていない。作業中はもっと声を張らないと耳に届かないのはいつものことだ。


「親父ー!」


 口元に手を当てて呼びなおすと、ようやくこちらに気付いた。手を止めて振り返ってから笑顔を見せる。


「おお、お帰り」


 しかし、すぐに作業に戻ってしまった。

 再び振り下ろされる槌、歓声をあげる鉄。何もしていなくても、ただここにいるだけで汗をかいてしまうほどの暑さ。


「親父ー! 話があるんだけどー!」


 もう一度手を止めて振り返った。


「ん? 何だ、わざわざ帰宅の挨拶をしに来たのかと思ったぜ」

「何でだよ。俺はそんな父親大好きっ子じゃねえよ」

「違うのか?」

「違う違う」


 手を左右に小さく振って「違う」の意を示しながら近付く。


「もう少しその辺で待っててくれ。今いいとこなんだ」

「わかった」


 言われた通りに座って作業が終わるのを待つこと数刻。


「ふう」


 ようやく終わったらしく、親父は頭に巻いていた布を取り、一息ついてからカップに入った水を一口飲んだ。


「待たせたな」

「いや、悪いな仕事中に」

「そういう気が使えるようになったのか。また成長したなあ」

「何歳だと思ってんだよ」

「何歳になっても気配りが出来ないやつってのはいるもんさ」


 そしてもう一度水を口に含んでから本題に入った。


「で、話ってのは何だ?」


 俺は居住まいを正してから告げる。


「親父からもらった剣を抜いたんだ」


 一瞬反応があったようにも見えたが、親父の雰囲気はいつもと変わらない。この話をするとまた真剣な感じになるかと思ったのに。


「何かあったのか?」


 昨日起きた出来事を詳細に話した。家族には秘密騎士団のことは話してあるし、それに関する話を今後もする許可は貰っている。


「なるほどな。魔王軍幹部か、そりゃまた大変な話になってきたな」

「まあそれは一旦置いといてさ」

「そいつと戦う為にあの剣を抜いたってことか?」


 俺は首を左右に振った。そうだけど、そうじゃない。


「ルナやクリスを、大切なものを守る為に抜いたんだ」

「ほう」

「正直、剣を使う直前まで親父の言っていたことが理解出来なかった。でも、憑依されたクリスと戦ったり、敵から、俺を倒した後はクリスやルナだって言われて。その瞬間に色んなことがわかった」


 親父は黙って俺の言う事に耳を傾けている。


「大切なのは覚悟、ってことだろ? あの場でルナやクリスを守るには、どうしてもあいつを倒さなきゃいけなかった。だから斬る。大切なものを守る為に、敵を斬る覚悟が大事なんだって、俺はそう思った」

「……」

「それが守る為に剣を抜くってことなんだと思ったんだけど……どう、かな」


 また俺を観察するようにじっと見つめた後、親父はため息を漏らした。


「そうか、お前なりにしっかり考えてくれたんだな」

「うん」

「だけど、すまんな」


 親父は首を横に振る。俺は間違っていたのか。

 そして親父は衝撃的な事実を告げた。




「正直……俺はそこまで考えてなかった」


「は?」


 何て?


「いやーまさかあの言葉に対してお前がそんなに悩んでたとはな。全然剣使わねーなーと思ってたけどそういうことだったのか。はっはっは」


 はっはっは、じゃねえよ。

 真剣に悩んで悩み続けた日々は一体何だったのか。こんなことならさっさと剣を使えば良かった。

 湧き上がってくる怒りを拳に込めながら立ち上がる。


「こんのクソ親父……っ!」

「まあ待て。最後まで話を聞け」


 思い付きであの言葉を言ったわけではないということか。それなら聞こうと、怒りと拳を収めて椅子に座りなおした。

 それを見計らって親父は静かに語り始める。


「俺たちは色んな道具を使って暮らしている。木を伐採するのに斧を使うし、畑を耕すのに鍬を使う。家では調理する為に包丁も使うよな」


 そこで親父の瞳に、わずかに真剣な表情をしている時の光が宿る。


「じゃあ、剣は何の為にあると思う?」

「魔物を、倒す為、か?」


 自信なくそう答えると、解答はすぐさま発表された。


「少し違う。あれは人間を斬る為の道具だ」


 がつん、と頭を殴られたかのような衝撃を受ける。


「人間を?」

「そうだ。剣ってのは元はと言えば人間同士の戦いの為に作られている。それが魔王の登場によって、魔物と戦うための道具になっていっただけだ」


 知らなかった。俺が物心ついたころには、魔物は既に人類の脅威として存在していて、剣はそれと戦う為に作られたものだと思っていた。

 俺の衝撃を理解しているのだろう、親父は一つ頷いてから続ける。

 

「俺も知ったのはお前が生まれた何年か後だ。それまではただ父親の後を継いで、ひたすら鍛冶の技術を磨くことで頭が一杯だった」


 そこでまた一度、カップに入った水を飲んだ。


「別にこの道を選んだことに後悔はしてない。今でも俺はこの仕事に誇りを持ってやっている。だが、だからこそ自分の造った剣は間違った使われ方をして欲しくないと思うこともある。それが、勇者を目指す自分の息子に渡したものなら尚更な」

「親父の言いたいことが少しわかってきたよ」


 親父はまた一つ頷いた。


「そりゃ歴史からすれば斬る為ってのは間違った用途とは言えない。だが俺からすれば間違っている。敵だから斬る、なんて理由で鞘から抜かれた信念のない剣がこの世に蔓延すれば、魔王がいなくなったところで、人類という新たな人類の脅威が誕生するだけだ」


 こんなに熱く語る親父を見たのは初めてだな。

 剣を打つ時にこんなことを考えているってのも知らなかったし、家族とはいえまだまだ知らないこともたくさんあるらしい。


「魔物がいなくなったからもうお前に斬るべき敵はいないなんて綺麗ごとを言うつもりはない。騎士になるならどうやったって剣を振るべき時はやってくるだろう。だが、戦うなら何故戦うのかをしっかり考えて、あわよくば誰かを守る為だけに戦って欲しい、そういうことを俺は言いたかった」

「親父……」


 ここで話が一区切りついたらしく、カップの水を飲み干す親父。

 だが、俺にはどうしても言いたいことがあった。


「めっちゃ考えてんじゃん」


 「斬る為ではなく守る為に抜け」に対する俺の見解を伝えると、親父はそこまで考えてなかった、と笑った。

 だが、実際にはこんなにも親父の考えが含まれている。その事実に、悔しいけどちょっと感動していた。

 親父はちょっと疲れた顔をして、頭に手をやりながら応える。


「いや、本当に考えてないつもりだったんだがな。お前に伝えたいことを言葉にしてみたらめっちゃ考えてたわ」

「何だそりゃ」


 俺が笑うと親父もいつも通りの笑みを見せてくれた。そして、話は終わったとばかりにだらけた雰囲気を醸し出す。


「そういやお前、放課後は例の騎士団の活動があるんじゃないのか?」

「ああ、今日はルナが迎えに来てくれるんだよ」

「ルナちゃんに迎えに来させるなよ。お前が行け」

「うるせえな。今日だけだよ」


 毎回ではないが、今日からルナも巡回に加わることになっている。薬草摘みがある時はそれに付き合ってからやる形だ。

 今日は薬草摘みがあるらしいので一人で行かせるわけにもいかず、かといって今日は親父と話があるので、悪いが迎えに来てくれとお願いしていた。


「こんにちは~」


 噂をすれば、というタイミングでルナがやってきた。出入り口のところからひょっこりと顔を出している。


「おお、ルナちゃん。久しぶりだなあ」


 親父が応えると、ルナは数歩足を踏み入れた。


「お久しぶりです、おじさん」

「悪いなあ、このバカが手間かけさせて」

「いつものことなので大丈夫です」

「いや、いい笑顔で言うなよ。そこはそんなことないですよ、だろ」

「はっはっは」

「もうお話は終わったの?」


 この二人を相手にすると手も足も出ない。さっさとこの場を後にしようと立ち上がってから言った。


「ああ。今日は先に薬草摘みだよな。早く行こうぜ」

「ではおじさん、アルフお借りしますね」

「おう、うんとこき使ってやってくれ」


 二人で親父に軽く挨拶をして、家に寄ってから工房を出た。




 晴れ渡った空の下、見慣れた街並みを眺めながら歩く。

 ここに暮らす人々の笑顔と温かい陽射しが心地よくて、足取りも自然と軽くなっていた。


 街の外に出ていつもの場所にたどり着くと、すぐに採集を始める。

 護衛したての頃は俺も手伝っていたのだが、どうも採り方が雑らしく、後ろで見ててと怒られて今に至る。それからはルナが仕事をしてる様子を何となく眺めながら、周囲を警戒するようになっていた。


 ルナが視線を手元に向けたまま声をかけてくる。


「おじさんと何話してたの?」

「いや別に。大したことじゃない」

「そっか」


 本当は大したことあるのだが、何となく俺と親父だけの秘密にした方がいいような気がして、吐露することが憚られる。

 でも、俺には昨日から気にかかっていることがあった。

 ルナは何を言うでもなく作業を続けている。その温かい沈黙に心を揺さぶられたのか、俺は自然と口を開いていた。


「実はさ」


 親父以外は誰も知らない、剣に関するエピソードを伝えた。

 ルナはあれが親父からの入学祝いだということは知っているが、約束を果たすまで抜くことが出来ない、と言うのは知らなかったはずだ。


「そっか。どうしてその剣を抜かないのかなってちょっと思ってたけど、納得」


 ルナは気持ちを噛みしめるようにゆっくり頷いてからこちらを振り向いた。


「じゃあ、アルフは私たちを守る為にあの剣を使ったんだね」

「それなんだけど」


 俺にとってはここからが本題だ。

 不思議そうに首を傾げるルナと目が合うが、思わず逸らしてしまう。


「その、あの時守れなくて、ごめん」

「あの時?」

「シュトゥルムと戦った時。お前、憑依されちゃっただろ」


 怪我はなかったとはいえ、ルナを危険に晒してしまった。あの時から今まで、俺はそのことをずっと引きずっていたのだ。

 ルナは首を横に振ると、再び薬草を摘みながら言う。


「謝ることない」

「でも」

「アルフは私を一生懸命守ってくれた。その気持ちがたくさん伝わってきて、嬉しかったよ」


 気持ちが伝わるだけじゃ意味がない。守る為に覚悟を決めたんだから。

 そんなことを考えていたらいつの間にかルナの顔が近くまで来ていた。


「だからこれからも私のこと、ちゃんと守ってね」

「……」


 何だ? 急にルナが女子に見える。いや、女子なんだけどそういう話ではないというか何というか。

 俺は思わず目線を逸らしてしまった。


「これからもって、毎回ついて来る気かよ」

「そうだよ。だって、私も騎士団の一員だもん」

「え、何だよそれ」

「フィリアちゃんから直接任命されたので間違いありません」


 ふふん、と自慢げに人差し指を振るルナ。

 てことは今後秘密騎士団に関わる活動は全部一緒ってことか。

 驚きで固まっていると、ルナは満足したかのように地面に置いてあったかごを取って歩き出した。


「じゃ、巡回に行こっか」


 俺もそれについて歩こうとしたのだが、かごを見て思い出したことがある。

 ルナの背中に問いかけた。


「そういえば昨日の夜、鞄の中には何が入ってたんだ?」


 シュトゥルムがルナに憑依した途端、何か強烈な力でダメージを受けてルナの身体から追い出された。

 その時、あいつは「その鞄の中には何が入っているんだ!」と言っていた記憶がある。聖水でも入っているのかと思ったが、ルナがそんなものを持ち歩く気はあまりしていない。


「何だと思う?」


 わからないから聞いているのだが。

 手掛かりと言えば、あの鞄でルナに殴られた時に少し重かったということ。


「実は今もこのかごの中に入ってるよ」


 ささっと、ルナがかごを揺らした。中からはごとりと、まるで石のような音がした。

 石で出来ていて、シュトゥルムを退けるような力があるとすると、聖像か何かだろうか? いや、聖像だからと言って聖なる力が備わっているかどうかは知らないし、そもそもルナが持ち歩くようなものじゃない。


「ヒントは私にとってとても大切なものです」


 それを聞いてますますわからなくなる。ルナの大切なものならある程度はわかるはずだがすぐには思い当たらない。俺は何か大事なことを忘れている?

 それとも変な宗教に入信して妙な石を買わされたか。いや、聖なる力があるなら別に妙でもないのか……。

 あれこれ考えていると、ルナは楽しそうに笑って歩き出した。


「やっぱり、アルフはアルフだね」


 跳ねるような足取りで街へ戻っていくルナの背中を見て思う。

 あの時、剣を鞘から抜いて良かった。勇者にはなれなかったけれど、大切な人たちを、俺の小さな世界を守る為に、これからも俺は戦う。

 それが、「勇者」への新たな道なのだと。

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