新しい仲間

「親父、何だよ改まって」


 そこに入った瞬間、ほのかに残る熱気と鉄の匂いに包まれた。どうやら少し前まで仕事をしていたらしい。

 ここは家から少し離れた場所にある親父の仕事場で、武器や防具を造る為の工房になっている。


 学院の入学式当日の朝、どういうわけか親父が「話があるから、帰ってきたら工房まで来い」と言い出したのでやって来た。

 話なら家でも聞けるのに、わざわざ仕事場に呼び出すってのは一体どういう用件なのか、いまいち想像がつかない。


 親父とは仲は悪くない。むしろ良いとすら言える。

 基本は放任主義で俺のやることにあまり口は出して来ない。しょっちゅう俺をからかって遊ぶ、一見するとお気楽で愉快なだけのおっちゃんだ。しかしその実、俺が落ち込んでる時や、頭に血が上って周りが見えていない時に限って優しく声をかけてくる、父親らしい一面も持っていた。


 鍛冶台の前でこちらに背を向けて座っていた親父は、俺の声に振り返ると笑顔を見せてから言った。


「来たか。まあ座れよ」

「ああ」


 言われた通り、親父の近くまで行って適当な場所に座る。よく見れば、鍛冶台の上には鞘に収められた一振りの剣が置いてあった。


「入学式はどうだった?」


 どうだった、と聞かれてもな。視線を斜め上にやり、少し考えてから答えた。


「もっと感動するかと思ったけど、意外と普通だった」

「そんなもんだろ」

「そうかな。周りの新入生はすげー感動してたし、俺たちがこの国を背負うんだ! みたいな感じでめっちゃやる気出してたぜ。俺も騎士団長とか生で見てちょっとは気が引き締まったけど」

「そいつらはな、学院に入ることが目標だったんだよ」

「あ……」


 その言葉は意外なほど心にすとんと落ちてきた。


「お前はこれまですごく頑張った。きっと、今日入学式で出会った誰よりも努力したはずだ。でも、それは学院に入るためにしたものじゃないし、ただ強くなりたいからとか、モテたいからとかでもないよな」

「ああ」

「あ、多少モテたいってのはあるか」

「うるせえよ」

「いやあ思い出すなぁ。何年前だっけか。いきなりお前がここに来たかと思えば、『父ちゃん! 俺、勇者になるよ! 勇者になればモテるんだろ!?』って言い出したんだよな」


 反論出来ない。過去の俺何やってんだよ、まじで。


「俺が何て返したか覚えてるか?」

「『あのなあ、モテるやつってのはモテる為の努力を色々としてるんだよ。勇者になったからってモテるわけじゃねえ』」

「そうだ。なのにお前は『父ちゃんはあの壮行式を見てないからそんなことが言えるんだ!』って独特の言い分を展開してたな」


 羞恥と怒りに、歯を食いしばって拳に力を込めることで耐えた。


「でも、今は関係ない。勇者になって魔王を倒して、この国の人たちを守りたいって気持ちは本物だ」

「知ってるよ。だから今日ここに呼んだんだ」


 それまでとは一転して、親父は急に表情を引き締める。

 どういうことだと疑問に思っていると、親父は鍛冶台の上に置いてある剣を親指で示した。


「遅くなったが、これはお前への入学祝いだ」

「え、まじで? 嘘だったら殴るぞ」

「お前俺を何だと思ってんだ。要らないなら捨てとくが」

「いやごめん、冗談だよ」


 ここからでは刀身は見えないが、装飾もしっかりされた立派な剣だ。まず間違いなく俺の小遣いでは手が届かないだろう。

 騎士を目指す者なら誰でも欲しくなるような一品を手に取って確かめようと、立ち上がって歩み寄ったら親父から声がかかった。


「まあ待て。それを受け取る前に俺の話を聞け」


 今すぐに剣を振ってみたい気持ちを抑え、元の位置に座る。

 親父はいつになく真剣な表情でこちらを見ながら言った。


「アルフ。お前は何の為に剣を振る?」

「何って、そりゃ敵を倒す為だろ」

「お前にとっての敵とは何だ」

「魔物」

「…………」


 親父は何も言わないまま、俺を観察するかのように視線を外さない。やがていくらかの間があった後にゆっくりと口を開いた。


「アルフ、いいか。この剣は斬る為ではなく守る為に抜け」

「何だよそれ。剣使うってのにどうやって斬らずに戦うんだよ」

「いいから覚えておけ。そして、この言葉の意味がわかるまでは絶対にこの剣を鞘から抜くな。わかったか?」

「嫌だよ。これから街の外にでも行って試し斬りしようと思ってたのに」

「じゃあこの剣はしばらくお預けだ」

「ぐっ」


 親父が自分の為に打ってくれた剣。しかも見た目がかっこいい。腰に帯びて歩くだけでも気分が良くなることは間違いなかった。


「わかったよ。約束する」


 俺の返事を聞いた親父はいつもの表情に戻って頷いた。


「本当だな? ルナちゃんに約束を守ってるかどうかたまに聞くぞ」

「何でそこでルナが出て来るんだよ」

「お前の監視役にはぴったりだろ」

「別にいつも一緒にいるわけじゃねーし」

「くっくっく。そうかそうか」


 何がおかしいのか、堪え切れないと言った様子で一しきり笑った後、親父は剣を取ってこちらに差し出した。


「よし、それじゃあ受け取れ。これが例のブツだ」


 受け取り、早速腰に帯びてみる。


「いいじゃねえか。入学おめでとう」

「急に父親みたいなこと言うなよ」


 何だか照れ臭くなってそう返すと、親父は子供みたいに笑った。


「父親だっつーの」


 〇 〇 〇


 ようやく鞘から抜いたこともあってか、学院の敷地へと戻りながら、剣を受け取った日のことを思い出していた。

 あの日親父が言っていた言葉の解釈を間違っていなかったのか。剣を抜いたのは正解だったのかよくわからない。でも、何となく親父が許してくれるような気はしている。

 帰ったら報告しないとな。


「いててて……」


 思わず声が漏れる程度には全身が痛い。早く家に帰ってベッドに寝転がりたい衝動に駆られていた。


 敷地に戻って来たが、さすがに校舎にはもう誰も居ないだろうと考えて正門にある詰め所へ行くと、そこには小さな人だかりが出来ていた。


「アルフ!」


 まだ距離はあったが、こちらに早めに気付いたルナが駆け寄って来た。

 クリスとムルムトが続き、ハンクのおっちゃんも別の警備兵に何か声をかけてからゆっくりと歩み寄る。


「大丈夫!? 全身ぼろぼろじゃない」

「見た目は派手だけど、そうでもないぜ」


 ぐるぐると腕を回したりして元気アピール。本当はあちこち痛いけどルナの心配そうな顔を見るとそうも言っていられない。


「深手は負っていないようだな」


 一足遅れて到着したクリスが俺の全身を確認してから言った。


「それで、あいつは倒したのか?」

「ああ。もちろんだ」

「お前にしてはよくやった。褒めてやろう」

「何様だよこの野郎」


 そんないつも通りのやり取りをしてからハイタッチ。


「本当にアルフレッド君にしてはよくやりましたね」

「本当にお前は何様なんだよ」


 すっ、と手のひらをこちらに見せつつ片手をあげるムルムト。


「何?」

「え、いや僕も君をからかいつつハイタッチの流れかなと」

「しょうがねえな」

「えぇ……」


 戸惑うムルムトにちょっと笑いながらハイタッチ。

 さて、これからどうするかな……と周囲を見渡そうとしたらルナと目が合った。


「何だよ、お前もやりたいのか?」

「別にそういうわけじゃ」

「ほれ」

「ん」


 片手をあげると素直に応じて来た。


「ようアルフ、無事そうだな。話はクリスから大体聞いたぜ」

「ハンクのおっちゃん」

「それで、その魔王軍幹部は倒したのか?」

「ああ」

「もう少し詳しく聞きたいところだが、今日はもう遅い。また明日も学院であれの会議をするんだろ?」


 「あれ」とは秘密騎士団のことだろう。俺が頷くとおっちゃんは続けた。


「なら、今日はもう帰るといい。後始末は俺らがやっておくから、お前たちは明日グレイシアに詳しいことを話してくれ」

「わかった」

「ありがとうございます」


 ぺこりと一礼をするムルムトに、ハンクが微笑みかける。


「君も気を付けて帰るんだぞ。えっと……あれ? 君誰? 最初はいなかったよな」

「自己紹介してないのかよ」

「僕たちもぼろぼろでしたからね。あの場から移動するまでに少々時間がかかってしまったので、実は合流してからそんなに時間は経っていないんですよ」


 ムルムトはそう言ってハンクに向き直り、もう一度腰を折った。


「王立騎士学院七つの大罪『暴食』のムルムトと申します。以後お見知りおきを」

「お、おう。え~っと、俺は王立騎士団八つの暴力『破壊』のハンクだ。よろしく頼む」

「いや合わせなくていいから。何、八つの暴力って」


 おっちゃんいいやつ過ぎる。

 それからハンクのおっちゃんにもう少し詳細な報告をした後、警備兵の中から一人を出してもらって送り届けてもらい、俺たちは帰宅した。




 翌日、当然ながら学院は騒然としていた。

 戦いの場となった美術室は閉鎖されていて、窓には暗幕が張られて外からは見えないようになっている。

 学級会の際にモント先生から生徒に対する説明があった。曰く「昨晩美術室の絵画を盗もうと侵入した強盗と警備兵が戦闘になった。しばらく美術室への入室は禁止」とのことだ。

 状況から察するに、国のお偉いさん方は昨日起きた出来事を隠す方向で動いているようだ。

 クリスとムルムトと話し合い、俺たちも放課後までは口外せずに知らないふりをしておこうということになった。幸い昨日は帰宅が遅かったので、三人共家族に話すようなこともしていない。


 そして迎えた放課後。

 秘密騎士団の会議室に到着すると、いつものようにフィリアとグレイシアが待ち構えていた。

 グレイシアが咳ばらいを一つしてから口を開く。


「それでは早速昨日の出来事に関する報告を、まずはこちらから行いたいわけなのだが……」


 とある方向に視線をやった。


「この者が王立騎士学院七つの大罪とやらか?」


 今回はムルムトがついて来ている。

 ムルムトは耳を赤くしながら答えた。


「他の方から先にそう言われると恥ずかしいですね」

「じゃあ名乗るのやめろよ」


 俺の指摘を受けつつ立ち上がり、自己紹介を始める。


「お初にお目にかかります。王立騎士学院七つの大罪『暴食』のムルムトです」

「報告は受けている。昨夜はアルフ達と一緒に戦ったそうだな」

「はい」

「色々聞きたいことはあるが今は置いておく。時間を取らせてすまない」

「滅相もございません」


 当事者で色々と知ってしまったこともあって勝手に連れてきたが、どうやら間違っていなかったようだ。

 ムルムトが着席をしたのを確認して、グレイシアが話を再開する。


「まずは昨日はご苦労だった。非常事態に駆けつけることが出来ず、すまない」


 座ったまま一礼をしてから続けた。


「既に察していることとは思うが、昨日の出来事に関して、王国としては内密に調査を進めることになった」

「もう少し情報を得るまでは国民に公表はしない、とそういうことだな?」


 クリスの一言に、グレイシアが頷きで応じる。


「そうだ。命を賭して戦ってくれたことは理解しているが、運の悪いことにシュトゥルムが存在した証拠が残っていない。現時点では騎士団や貴族たちを動かすことが出来ないのだ」


 すっかり忘れていたが、その通りだった。

 通常魔物を倒すと、その魔物の牙や爪などが残る場合があるが、シュトゥルムはそれらを一切落とさなかった。俺も確認出来なかったし、後から騎士団でも確認したのだろう。丘での戦闘があった場所はおっちゃんに報告してある。

 存在を証明出来ないのに魔物が現れました、では上は動くことが出来ないし国民の不安を無駄に煽るだけだ。

 そもそも、他に生きている魔物がいるかどうかもわからない。シュトゥルムは魔王軍幹部は魔王がいなくても存在できると言っていたが、それが本当だと決まったわけでもないし、とにかく情報が足りない。


「だが、そうなるとその調査とやらは誰がやるんだ?」


 クリスの疑問に、グレイシアは即答する。


「私たちだ」

「は?」

「私たちだ」


 呆気に取られているクリスだが無理もない。

 人類の存亡に関わる、と言えば多少大袈裟かもしれないが、それくらい重要な任務をいきなり課せられて戸惑うなという方が無理な話だ。

 抗議をするわけではないが、疑問を素直にぶつけてみる。


「おいおい、何だか妙な話になってきたな。そんな重要なことを俺たちに任せて大丈夫なのか?」

「むしろ私たちが適任だ。言い方は悪いが、秘密騎士団は国にとって非常に都合のいい存在だからな」

「それはそうだけど」


 元々存在が秘匿されている俺たちは、正式に命令を出す必要がない。

 動かす際に政治的な事情や大義名分といった「動くための理由」や、煩雑な手続きなどが不要なのだ。しかも行動した結果として何かあっても公にそれが公表されることはない。

 例えば、調査中に魔王軍幹部とまた遭遇して誰かが命を落としたとしても、法的には国側に賠償する義務などがないのだ。

 しかし、あの優しそうな王様がそんなことを考えるのだろうか。


 俺の疑問を察したかのように、グレイシアが口を開く。


「無論、国王陛下は秘密騎士団にこの任務を課すことをお望みではない。姫様のご意思だ」

「フィリアの?」

「ふっふっふ」


 そこで突然、フィリアが不敵な笑い声をあげた。


「遂に私たちの存在を世に知らしめる時が来たのよ」

「姫様、知らしめては意味がありません。調査はあくまで秘密裏に進めます」

「わかってます~ちょっと言ってみたかっただけです~」


 てしてし、と机を叩いて不服の意を示すフィリア。


「それは失礼を致しました」

「まあ、世に知らしめるのは置いといてさ」


 がたっと立ち上がり、フィリアは身振り手振りを交えて演説を始める。


「私たちの活動にうってつけだと思わない? 平和になったはずの世に忍びよる魔王軍の影、危険に晒される市民の安寧、そして思わず抱きしめたくなる可愛いヒロインのルナちゃん……」


 最後によくわからないものが混じってるな。


「今こそ世界を救うため、私たち秘密騎士団が立ち上がるのよ!」


 びしっと俺たちを指差して演説を締めくくると、フィリアはどんなもんじゃいという顔をしながら座った。


「元より反対する気はない。もし仮に他にも生きている魔物がいるのなら、野放しにしておくわけにはいかないからな」

「俺も」

「皆ありがとう」


 ムルムトがまだ何も言っていないのに「皆」とは。だがにっこりと微笑むフィリアを前にしては成す術もない。


「今後、巡回はともかく、特定の場所を調査する際には私と姫様が同行する」

「私はお出かけ出来るし、皆は守ってもらえるし一石二鳥だね」

「特定の場所というのは具体的には?」


 クリスが質問を投げる。


「私が危険だと判断した場所だ」

「それでは曖昧過ぎる。学院の美術室は危険な場所ではないだろう」

「ならば私はお前の行くところ全てについて行かなければならないのか? まるで赤子ではないか」

「心はいつでも赤子だ」

「ほう。ならば赤子のように泣いてみろ」

「バブー。こうか? バブーバブー」

「無様だなシェフィールド。家名が泣いているぞ」


 またやってるよこいつら。喧嘩し合ってるように見えて絶対に仲いいよな。


「あの~すいません」


 そこで、ムルムトから恐る恐ると言った感じで手があがった。


「どうした」


 グレイシアに促され、ムルムトが尋ねる。


「その秘密騎士団っていうのは何なんですか?」


 グレイシアとクリスが顔を見合わせた。


「何だ、説明していないのか?」

「それはそうだろう。勝手に秘密騎士団の存在を口外するわけにもいかないしな」

「そうだな。お前たちの判断は正しい。ではこの場で説明しよう」


 秘密騎士団の存在、設立に至った経緯や目的、団員の待遇などが団長であるグレイシアの口から説明される。


「ありがとうございます。色々と理解出来ました」

「と、いうわけで!」


 がたっ、とフィリアが立ち上がる。


「君を団員四号に任命します!」

「な、何と……」


 こちらも立ち上がり、まるで神と出会ったかのような表情でフィリアを見つめている。


「謹んで拝命致します!」


 こうして、秘密騎士団に仲間が増えたのであった。

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