勇者として戦い異世界から帰還したけど、戻ってきたらこっちの僕があまりに勇者すぎた件

くろねこどらごん

第1話

「これで終わりだ!魔王!」


「お、おのれ勇者……女神ヒニンスンナの手先め。お前は我を倒した後、必ず後悔することになるぞ……」


「そんなことはどうでもいい!僕は絶対、元の世界に帰るんだああああああ!」



 ………………


 …………


 ……



「―――この度はデキチャッタを救って頂き、本当にありがとうございました、勇者様」


 そう言って頭を下げてくるのは、金色の髪をしたお姫様だった。


かしこまらないでください、姫様。僕はこの世界に呼ばれた勇者として、やるべきことをしただけですから」


 苦笑しながら俺はゆっくりと首を振る。

 僕、仁下良蓮にげられんは大国ゴウムの王女アナーケの手により、異世界『デキチャッタ』に1年前に勇者として日本から召喚された、高校一年生の男子だった。

 全ては異世界デキチャッタをズッコンバッコンへと改名し、支配しようと目論んでいた魔王サズカリコンを倒すため。

 女神ヒニンスンナの神託を受けた彼女は、それに従い僕を呼んだ。それだけのことだ。

 だから恨んでなんかいないし、頭を下げる必要だってない。


「魔王は倒せたんです。後はまだ戦乱の爪痕の残るこのデキチャッタを、どうか平和な世界にしてください。これから地球に帰る僕には、出来ないことですから」


 魔王を倒さなければ元の世界に戻れないと知り、最初こそ絶望したものの、最終的には女神の加護により得た力と仲間達とともに魔王討伐に成功。

 今は元の世界に帰還するため、魔法陣の上で儀式の準備が整うのを待っている最中だった。


「……やはりどうしても、元の世界に戻るのですか?向こうの世界には、魔力そのものが存在しません。貴方に与えられていた女神の加護は、すぐに消えてしまうことでしょう。勇者としての力も失われます。それでも……」


「戻りますよ。ずっと前から、決めていたことですから」


 ハッキリと己の意思を彼女に告げる。

 心残りがないと言えば嘘になるけど、このために僕は1年間闘い続けてきたのだ。

 旅の途中で何度も考えたことでもある。今更迷いなんてない。


「……意志は固いようですね。分かりました。ですが、その前に今一度確認をさせてください。以前も話しましたが、この世界には勇者様の魂のみを召喚させて頂きました。それを元のお体へとお返しすることになります」


 アナーケ姫の質問に頷く。

 異世界召喚とはいうが、実際にこの世界に呼ばれたのは僕の魂だけであり、肉体のほうは向こうに置き去りになっているらしい。

 魔法がない元の世界の僕の身体では、こっちの世界で魔法を扱うことが出来ないからだそうだ。

 そのため、今の僕は身体は魔力で作られた仮初の肉体に魂を宿している状態なんだとか。

 まぁ仮初と言えど痛みはあるし、魂が宿っている以上、肉体を失えば死んでいたことには変わりない。

 女神の加護は貰っていたが、決してイージーモードではなかったことは確かだ。


「その際、僕がいた世界では半年ほどが経過した状態になっている。そういう話でしたよね」


「ええ。この世界の1年は、勇者様の世界の半年に相当するようですから」


 時間経過は最初にこの世界に召喚された時に説明されていたことであり、当時の僕が絶望した一番の要因だった。

 なんでも、こっちの世界で流れる時間の半分が、僕のいた世界でも流れているらしい。

 この世界に1分いたなら、地球では30秒。1年いたなら半年が経過するというわけだ。

 僕の知識ではこういった異世界召喚ものは、召喚された時点で時が止まり、元の世界に戻った時点で元通りになっているものばかりだったが、現実はそう都合よくいかないらしい。


「その間の勇者様のお体を動かしているのは、召喚時に女神様がコピーした勇者様の魂です。それを勇者様の無意識の精神が補助しているはずですが、こちらの勇者様がお戻りになった際は魂が上書きされ、コピーの魂の記憶はなくなることになるでしょう」


「つまり、戻った後のことは僕次第ということですね」


「ええ。一応知識は共有されるはずなのですが……すみません、私にはこれ以上の知識は与えられておらず……」


 申し訳なさそうに頭を下げるアナーケ姫だったが、こればっかりは仕方ない。

 むしろ、どこかのおじさんのように寝たきり状態で留年というシナリオも浮かんでいただけに、最悪よりはまだマシな方だと思う。


「大丈夫です、覚悟は出来ていますから。僕にはどうしても、帰らないといけない理由があるんです」


「それは、私達より大事なことなの?」


 その声に思わず振り返る。するとそこには、見知った4人の男女の姿があった。


「オマエガ!パパニ!ナルン=ダーヨ!それにケンサキットまで!皆、来てくれたんだ!」


「そりゃ勇者が帰るって言うんだもの。来ないわけないでしょ」


「パレードだってほっぽり出してきたんだぜ。何も言わずにいなくなろうだなんて、水くせえじゃねえか!」


「私達だって、別れの言葉くらいは告げたかったんですよ。これまでありがとうございました、勇者様」


 次々かけられる仲間達からの暖かい言葉。

 凄腕の剣士オマエガ。

 天才魔道士パパニ。

 最強の賢者ナルン=ダーヨ。

 そして、ニンシンの森の妖精ケンサキット。

 皆、かけがえのない仲間であり、命を預けあった友人達だ。

 何度もくじけそうになった僕をずっと支えてくれた彼らを前に、思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡り、思わず目頭が熱くなる。


「そっか、そうだよね。ごめん、別れが辛くなると思ってたけど、なにも言わずに別れるほうが嫌だよね……出来れば埋め合わせをしたいけど、僕はもう……」


「帰らないほうがいいよ、勇者。君はずっとこっちにいるべきだよ」


 帰らないといけない。

 目尻に浮かんだ涙を拭きながら、そう続けようとした僕の言葉を遮ったのは、エルフのような尖った耳を持つ、美しい妖精だった。


「ケンサキット……」


「悪いけど、君の未来を占わせてもらったよ。そのうえで帰らないほうがいいと言ってるんだ。この意味が分からない君じゃないだろう?」


「……戻ったら、僕の身に良くないことが起こるって言うの?」


「ああ、確実に。さっきそこのお姫様も言ってたけど、君のいた世界には魔力がないから私にも全てを見通すことは出来なかったが……それでも、確実に良くない何かが待ち受けているのは確かだよ」


 僕の言葉に頷くケンサキット。彼女の能力に関して、僕は確かによく知っている。

 未来予知――この異世界において、妖精族にしか使えない特殊技能。

 近い未来に占った対象になにが起こるのかを知ることが出来る、ある種のチート能力だ。

 特にケンサキットのそれは同族の中でも際立って優れており、かなりの確率で的中させることができる。

 その力に助けられた回数は数知れない。だから今更疑うなんて出来ない。

 だけど、それでも。


「……それでも、僕は戻るよ。自分の世界に」


 僕の答えは、変わらなかった。


「どうしてもかい?」


「うん、向こうには家族が……なにより、好きな人がいるんだ。だから何かが起こっているんだとしたら、僕は戻らなくちゃいけない」


「勇者としての力を使えなくなるのに?」


「使えなくても、やれることはあるよ。それだけの勇気を、僕はこの世界で皆から貰ったから」


 言いながら胸を叩く。

 元の世界では、僕はただの冴えない陰キャだった。

 クラスでも目立たず、気になる人がいても話しかける勇気もないごくごく平凡な男子生徒。当然人生で主役になったことなんて一度もない。

 自分を変える勇気もなく、入ったばかりの高校でも、中学と同じような日々がずっと続んだとあの頃の僕は思ってた。


 ――――でも、今は違う。


「どんな困難があろうと、必ず乗り越えてみせるよ。だって僕は――デキチャッタを救った勇者なんだから」


 この世界で、僕は変わった。変わることが出来た。

 なにがあったって、この心は決して折れない。

 だってそうだろ?僕は魔王を倒し、世界を救ったんだ。

 そんな経験をした高校生がどこにいる?

 命を賭けた戦いを経験した今となっては、イチイチ僕のことをいじってきたクラスの陽キャなんてまるで怖くない。

 もはや並大抵のことじゃ驚かないほど、僕のメンタルは鍛えられているんだ。

 困難だって?いいさ、そんなもの、いくらだって乗り越えてみせようじゃないか。

 そう素直に思えるほど、むしろ待ち受けているらしい困難にワクワクしている自分がいる。

 そんな僕を見て、ケンサキットも説得は無意味だと悟ったらしい。

 大きくため息を吐き、諦めたように目を伏せると、


「やれやれ。やはり無理だったか。まぁこうなるとは思ってたよ。君が意固地なのは知ってたからね」


「ごめん。僕は……」


「いいから行けって。人の忠告を聞かない勇者なんて嫌いだよ。さっさと元の世界に帰ってしまえバーカ」


 ぷいっとそっぽを向くケンサキット。

 背を見せて顔を見せないようにする彼女を、仲間達が慰める光景に苦笑しつつ、僕は姫様に向き直る。


「お待たせしました、姫様」


「……よろしいのですか?」


「ええ。別れは済ませることができましたから。もうこの世界になにも悔いもありません」


 辛気臭い別れは、きっと僕達には似合わない。

 だから、これでいいんだ。


「……分かりました。それでは、儀式を始めます」


「お願いします」


 僕が頷くと、アナーケ姫は祈りを捧げるように指を組むと、ゆっくりと目を閉じる。

 直後、足元の魔法陣が淡い光を放ち輝き始め、僕の体を浮遊感が包み込んだ。


「ああ……」


 この感覚。覚えてる。

 僕がこの世界に来た時のそれと一緒だ。帰れる。僕は、ようやく帰れるんだ。


「勇者様、イメージしてください。貴方の戻るべき場所を。貴方の大切な人々のことを。それが縁となり、貴方を元の世界へと導くはずです」


 戻るべき場所―俺の家。大切な人々―父さん、母さん。大切な僕の家族。

 そしてなにより――


(佐塚さん……!)


 嵯塚サズカリコさん――僕の好きな人のことを、強く強く考える。

 中学の頃から、彼女のことが僕はずっと好きだった。

 でも、美人で人気者の佐塚さんに、陰キャだった僕は話しかけることも出来なくて……。

 高校でもせっかく同じクラスだったのに、まともに話す機会もないまま、僕は異世界へと来てしまった。


 ――ククク、勇者……いや、仁下良くんも我と同じクラスだったんだね。高校でもよろしく頼ね。ところで今度、世界の半分手に入れにいかない?


 唯一まともに交わした会話も、こんな他愛もない内容だ。

 だけど、僕はこの時の彼女の笑顔を糧に、勇者として戦い続けたんだ。

 もう一度、彼女に会うために。そして自分の気持ちを、佐塚さんに伝えるために。

 ただそれだけのために、僕は―――


「勇者様。本当にありがとうございました。貴方の心に安らぎと、女神ヒニンスンナの加護がありますように―――」


 姫様からの別れの言葉を耳にしながら、僕は異世界デキチャッタを旅立った。



 ◇◇◇



 ゆっくりと目を開ける。

 いつの間にか閉じていた瞼が開いた先にあったのは見慣れた、だけどこの1年目にすることのなかった、自分の部屋の天井だった。


「戻ったのか!」


 すぐに体を起こして辺りを見回す。

 俺はベッドで寝ていたらしく、寝巻き姿だ。

 家具や机の配置も記憶にある。間違いなくここは僕の部屋だ。

 そのことに安堵し、次に枕元のスマホを手に取った。


「今は……朝の7時過ぎか。日付は12月……本当に半年経っているんだなぁ」


 覚悟はしていたけど、やっぱり少しショックではある。

 僕がデキチャッタに召喚されたのは6月の初めであり、まだ学校にもそこまで馴染んでいない頃のことだ。


(壁には制服がかかっているし、学校には通っているのは確かなんだろうけど……)


 姫様に忠告された通り、今の僕にはこっちの世界での半年間の記憶はない。

 思い出そうとしても、頭に浮かぶのはデキチャッタのことだけだ。

 こちらの僕の魂は、異世界に行っていた今の僕によって上書きされたということだろう。

 それはある意味リセットに等しい。初めからやり直しみたいなものだ。

 そのことに少し落ち込みかけるも、すぐに両手で頬をバシンと叩く。


「こんなことで落ち込んでどうする!僕は異世界で魔王を倒した勇者なんだぞ!どんな困難があろうと乗り越えて見せるって、仲間達にも誓ったじゃないか!」


 そうだ、僕は勇者なんだ!

 弱気になんかなっていられない。僕はここでも自分を変えるんだ!勇者の名に恥じないよう、この世界でも胸を張って生きてやる!


「陰キャだってもう卒業だ。じゃないと、佐塚さんと付き合うなんて夢のまた夢だもんな。まずは学校に行って、話しかけることから始めないと……」


 ブツブツと呟きながらこれからのプランを脳裏に描いていると、不意にコンコンと、ドアがノックされる音が耳に届く。


「あ、ごめん母さん。今起きたばかりで……」


 母親が起こしに来たのだと思い、反射的にそう答えたのだが、


「蓮くん、入るよ」


「え?」


 聞こえたのは明らかに母親とは違う女の子の声。

 誰だと疑問を口にする前に、ガチャリとドアが開けられる。


「おはよう、朝だね。もうご飯出来てるよ」


 微笑みを浮かべながら部屋に入ってきたのは、綺麗な女の子だった。

 朝の陽光を浴びてキラキラと輝く栗色の髪と、優しげな菫色の瞳がひどく眩しい。

 顔立ちも整っており、どこに出しても恥ずかしくない美少女だ。

 そんな子が僕の学校の制服を着て、更には僕の部屋にいるというのは、ある意味異世界に行ったことより現実感がない。

 というか……


「佐塚、さん?」


「うん、おはよう蓮くん。今日はいい天気だね」


 そう言って笑いかけてくれるのは、僕の想い人。

 佐塚リコさんその人だった。


「え?え?な、なんで佐塚さんが?」


 当然、僕は混乱する。

 だって、佐塚さんがここにいるはずがないのだ。

 佐塚さんへの気持ちは僕の一方的な片思いであり、彼女がそれを知っているはずがない。

 だからこそ、彼女にもう一度会いたいと思って頑張ってきたのに、なんでここにいるのか。それが全く分からない。

 あわあわする僕を見て、佐塚さんはクスリと笑うと、


「どうしたの蓮くん。そんなに慌てちゃって」


「え、いやだって。なんで原見さんが僕の家にいるのさ!」


「なんでって、ここ最近はいつもこうして朝は迎えに来てたじゃない。我達、付き合ってるんだし」


「付き合ってるぅっ!?僕らがぁっ!?」


 思わず素っ頓狂な声が口に出た。

 まさに寝耳に水であったからだ。というか、佐塚さんと付き合ってた記憶なんて僕にはないぞ!?どういうことだよ!?


「うん、そうだよ」


「い、い、いつから!?どうして僕と佐塚さんが付き合ってるの!?同じ中学出身ってことくらいしか接点なかったのに!?僕の一方的な片思いじゃなかったの!!??」


「……蓮くん、まだ寝ぼけてる?今日で付き合って三ヶ月目だよ。7月くらいから蓮くんの方から我によく話しかけてくれるようになったし、告白は蓮くんのほうからしてくれたじゃない」


 忘れちゃったの?と不安げに聞いてくる佐塚さんだったが、それに答えることが僕には出来ない。

 勇者としての経験で得た観察眼をもとに、原見さんから得た情報を必死に頭の中で整理していく。


(三ヶ月って、僕が異世界で戦ってた真っ最中じゃないか。その間に、こっちの僕は原見さんにアプローチをして、付き合うまでに至ったってことか……?)


 そんな勇気が当時のヘタレ陰キャだった僕にあるわけが……いや、待てよ?

 よく考えてみたら、僕は異世界に勇者として呼ばれた男だ。

 それは僕の内に秘めていた勇気が、人並み外れていたからに違いない。

 つまり、僕には元々勇者としての素養があったのだ。こちらの僕が何らかのきっかけで勇気を出し、佐塚さんと付き合うために踏み出していたとしてもおかしくないんじゃないだろうか。


(うん、そう考えるとしっくりくるな……なんだ、こっちの僕も頑張ってたんじゃないか)


 勇者として戦っていた時に考えていたのは佐塚さんのことばかりで、自分のことを気にかけてなかったけど……現実世界の僕も、やれば出来るやつだったんだな。

 佐塚さんと付き合い始めた三ヶ月の記憶がないのは残念だけど、告白をしてくれたこっちの僕には感謝しかない。


(だけど、悪いことしちゃったな。僕が戻ってきたせいで、こっちの僕は消えちゃったんだよね)


 きっと、いや間違いなくこっちの僕も佐塚さんと付き合えたことが嬉しかったに違いない。

 その幸せを僕が奪ってしまったことに、今更ながら罪悪感を覚えてしまう。


「……ねぇ、さっきから大丈夫?暗い顔してるけど、具合悪いのかな?」


 その声にハッとして顔を上げると、心配そうに僕を見ている佐塚さんと目が合った。


「あ、ごめん。うん、大丈夫だよ。ちょっと考え事しちゃってて……」


「それならいいんだけど……なにか思うことがあるなら、我にちゃんと相談してね?」


 可愛らしく首を傾け、僕に微笑んでくる佐塚さん。

 その笑顔に、僕は思わず見とれてしまう。


 ああ、この笑顔だ。この笑顔をもう一度見るために、僕は――


「う、うん。そうするよ。ありがとう、佐塚さん」


「あと、さっきから気になってたんだけど、我のことは佐塚さんじゃなくてリコって呼んでよ。あ、魔王でもいいよ」


「ご、ごめん、気を付けるよ、その……リコ」


「うん。それでよろしい」


 ドキドキしながら頷くと、リコが満面の笑みで応えてくれる。

 さっきから僕が見たことのない表情を見せてくれる彼女に、僕は翻弄されっぱなしだった。魔王とか言ったのは、きっと僕を安心させるためのジョークなんだろう。

 こういった心配りも完璧にこなす彼女を、ますます好きになっていく自分がいることを実感する。


(帰ってきて、本当に良かった……)


 本当に、こっちの僕には感謝してもしきれない。

 僕も勇者として頑張ってきたつもりだけど、リコがこんな顔を見せてくれるまでに至った彼も、ある意味僕以上の勇者だったのかも知れないな……そんなことを思っていると、


「あっ♡」


「?どうしたのリコ」


 艶のある声をあげたリコに驚く。

 なにもしてないのに、いきなりどうしたんだろうか。


「うん、動いたの。きっとこの子も、朝から蓮くんの顔を見れて嬉しかったんじゃないかな」


「え?この子?」


 なにを言ってるんだろう。

 ここには僕とリコ以外誰もいないのに。

 そんな僕の疑問に答えるかのように、リコは自分のお腹に手を当てると、



「そう。我達の、あ・か・ち・ゃ・ん♡」



 とんでもないことを口走った。


「……………………え」


「もう、この子のことまで忘れちゃってるの?本当に仕方ないパパなんだから」


 絶句する僕に気付いてないのか、リコは自愛に満ちた声でお腹をさすると、


「ここにいるんだよ、我と蓮くんの、赤ちゃんが」


 嬉しそうにそう言った。


「………………マジで?」


 そして僕はフリーズした。

 赤ちゃん?子供?妊娠?

 僕とリコがアレしてコレしてデキチャッタってこと?Why?


「うそやん」


 僕、まだ童貞だよ?

 少なくとも精神的には清い体のままなのに、童貞のままパパになるの?

 付き合うどころか、一回もエ○チしたことがないのに???

 勇者としてチヤホヤされてた時だって、僕はしてないんだけど?????


「うそやん」


 まるで理解が追いつかない。なにがなんだか分からないよ。

 そんな中、ただひとつ分かったことは、僕が同級生の美少女を、妊娠させたらしいということだけである。


「うそやん」


 頑張りすぎってレベルじゃねーぞ。

 それはあまりにも勇者すぎるだろ、こっちの僕。


「あ、また動いた♡」


「オゥフ」


 リコの発言に、またもや入るダメージは、もはや魔王からの攻撃すら超えている。とんでもない精神ダメージだ。

 そんな混乱と悲しみの中、唐突に別れ際に仲間に放った言葉が脳裏によぎる。


 ――――どんな困難があろうと、必ず乗り越えてみせるよ。だって僕は――デキチャッタを救った勇者なんだから


「無理やん」


 すまないケンサキット、僕が間違ってた。

 正直カッコ付けてた。無理なもんは無理だ。

 これを乗り越えるには、必要な勇気の質がまるで違う。


「こんな困難、絶対無理やん」


 異世界から帰還して約5分。帰ってきたことに後悔しかない。


「人生、終わったわ……」


 もはや勇者もクソもない。

 あまりにも大きすぎる困難を前に、僕は早くも、異世界に逃げ出したかった。






 勇者として戦い異世界から帰還したけど、戻ってきたらこっちの僕があまりに勇者すぎた件

 ~絶望のゴールへ~






 たっぷり一分ほど経っただろうか。

 好きだった女の子(現在僕の子妊娠中)からの爆弾発言を受け、今も僕は口をあんぐりと開け、思考停止真っ最中である。

 ちなみに今は部屋にリコはいない。「ご飯出来てるから着替えたら下に来てね♪あ、このやり取り、まるで新婚さんみたいだね、キャッ♡」などど一人で盛り上がって、ついさっき部屋を出て行ったとこである。


「うそやろ?うそやん……妊娠とか、絶対うそやん……」


 さっきから同じことしか呟いていないが、無理もないと思う。

 だって、家族に会うために帰ってきたら、家族が増えていたんだぞ?

 好きな人に会いたいと思っていたら、恋人を通り越して妊娠させていましたとか、こんな現実誰が受け入れられるってんだよ。

 しかも、その全てに身に覚えがないときたもんだ。


「命を賭けた経験はあるけど、命を宿らせた経験なんてないよ……デキチャッタに戻りたい……」


 いかに僕が勇者で、困難を乗り越えてみせると誓っていたところで、こんなん無理に決まってる。

 想定外にも程がある事態に、心が折れかけていたその時だった。


 ――――聞こえますか、勇者よ


「はっ!?その声は!?」


 突如部屋に響いた聞き覚えのある声に、僕は咄嗟に部屋を見渡す。


 ――――聞こえているようですね、勇者よ。まずは元の世界に戻れたようでなによりです


「ヒニンスンナ!その声は、女神ヒニンスンナ様ですよね!」


 この無駄にエコーがかった声の響き方。

 僕をデキチャッタへと誘った女神ヒニンスンナ様に間違いない。


 ――――その通りです、勇者よ。デキチャッタを救うという大命を、見事果たしてくれました。貴方の働き、私は大変嬉しく思っていますよ


「ありがとうございます!でも今はそれは置いといて、今の状況について説明してくれませんか!?一体どうして、僕とモナカの間に子供が出来てるんですか!?おかしいですよ女神様!!!」


 まさに救いの神に等しい彼女からの呼びかけに、僕は必死の思いですがり付こうとしたのだが……


 ――――私はずっと見ていました。貴方の働き、そして何度もヘタれた情けない姿を


 突如放たれた女神からの暴言に、思わず目が点になった。


「へ?」


 ――――ぶっちゃけ戦えるなら誰でも良かったので適当に選んだのですが、こんなのが勇者で大丈夫か?とめちゃくちゃ不安でハラハラしましたよ。イライラもしましたし、このヘタレ野郎に天罰下してやろうかと、一体何度思ったことか


「は?適当に選んだ?は?」


 ――――あまりにもクソ過ぎたので、いっそ事故に見せかけてぶっ殺し、この世界からまた誰か召喚する勇者ガチャでもしよっかなーと思っていたのは、ここだけの秘密ですよ?私の我慢強さを褒めて欲しいくらいですね


「は?ぶっ殺す?勇者ガチャ?は???」


 ――――まぁなんだかんだ魔王を倒せたので結果オーライです。さて、本当によくやりました、勇者よ。私は貴方のことを誇りに思いますよ。貴方こそ、デキチャッタの救世主。まさに真の勇者です!よっ、この色男!


「おいコラ女神。ぶっ殺すぞお前」


 結果オーライじゃねぇよ。マジぶっ殺すぞお前。

 言ってること女神じゃなくて邪神のそれじゃねーか。

 取って付けたように褒めたところで、全然嬉しくねーんだよ。許されると思ってんのかオイ。


 ――――フフッ、本当に強くなりましたね、勇者。さて、先ほども言いましたが、貴方は大変よくやりました。その働きに免じて、私は貴方に褒美を与えようと考えたのです


「流すんじゃねーよ。というか、褒美だって?」


 なんだろう。女神の本性を知った今、なんだかその響きにすごい嫌な予感がしてきたんだが。


 ――――ええ。私は異世界デキチャッタの女神ヒニンスンナ。次元を超えて世界を救った勇者の恩に報いらないほど、非情な女神ではありません


「さっき僕をぶっ殺そうと思ってたとか言ってたよね?今更取り繕ったところで、情がないこと知ってるンすけど」


 ――――私は考えました。勇者に何を与えるべきかと。そして思い出したのです。貴方を召喚した際に魂をこっそりのぞき見したことを。その時、勇者はとあるつがいを求め童貞を捨てたがっているしょうもない欲望を持っていることも、同時に思い出したのですよ


「おい、スルーすんな。てかなにしてんだアンタ。人の魂出歯亀でばがめするとか、それでも神か?」


 ――――さて、勇者の望みを知った私は、早速行動に移しました。こちらのコピー勇者の魂をこっそりいじり、行動力と性欲を増大させたうえで、あの少女を自分のものにするようけしかけたのです


「だから待てやクソ女神!さっきからツッコミ入れてんだろが!勝手に話進めんな!いい加減、人の話を聞け!!!」


 てか、ホントになにやってんだこの邪神!?

 さっきから聞いてるとやりたい放題じゃねーか!僕の人権どこいった!?


 ――――その結果、見事貴方は三ヶ月で彼女をゲットしましたよ。いやぁ、意外とチョロかったです。初めての時なんて、ゴムを付けてとかまだ明るいから嫌だなどと恥ずかしがる素振りを見せる少女を、貴方は力づくでベッドに押し倒しました。だけど少女は意外と押しに弱かったらしく、強引に迫る貴方に男らしさを見出して……


「やめろぉっ!それ以上言うなァッ!ころすぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」


 その話題になった瞬間、僕は喉が千切れんばかりの叫びをあげて遮った。


 ――――え?なんでです?貴方の初体験ですよ?じっくり解説してあげようと思ってたのに……


「こっちはその初体験の記憶がねーんだよ!!!心は童貞なのに体はとっくに経験済みとか、どこの催眠ものだよ!普通男女逆だろが!誰も得しないよ!完全に他人事としか思えないのに、んなこと話されてもただのNTRネトラレ報告としか思えねーんだよォッ!!!」


 あやうく脳が破壊されかけ、僕は盛大にブチ切れていた。

 好きな人がアレする時にどんな表情してたかとか、他人の口から聞きたくないにも程がある。

 童貞は繊細な生き物だってことわかってんのか?女神の口から語られる寝取られとか斬新すぎるわ。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」


 ――――むぅ、残念ですね


 クソッ、さっきからキレまくってるせいで、いい加減息も絶え絶えだ。

 体力も既に限界に近いし、あからさまに不服そうなクソ女神は一旦置いといて、まずは息を整え……


 ――――せっかく勇者に子供が出来た記念日でもあるのに……


「テメェの仕業かゴラァァァァァッッッッ!!!!!!!」


 ようとしたのだが、そんな間もなく僕は再びブチギレた。


 ――――さっきからうるさいですね……父親がキレやすいと、下にいる少女の胎教たいきょうに悪いですよ?


「キレないはずがないだろ!?なにしてくれてんじゃボケェッ!!!」


 もうキレた。キレまくり。元からキレてたが、今の僕は大○選手の変化球並にキレッキレだ。

 そもそも勝手に子作りされて、キレないやつがいるはずがない。


 ――――全く。何をそんなに怒っているのです?最初の子など些細なことではないですか。これから産めや増やせやでたくさん世継ぎを増やせばいいですし、いざとなれば子供は貴重な労働力として使えますよ?仮に勇者が落ちぶれても、その際は奴隷商に売れば多少は老後の蓄えに……


「中世ファンタジーの世界観をこっちに持ち込むなや!?結婚から関係スタートとかとっくに時代遅れだし、僕の世界じゃ恋愛結婚が主流なんだよ!!!数年かけて仲を深めてから結婚するのに子沢山とか、科学文明の進んだこの現代社会じゃまずねーんだっつーの!!!」


 これだから価値観のすり合わせもアップデートもする気のない時代遅れの女神はよぉっ!

 こっちの知識ちゃんと仕入れろや!今の時代に奴隷とか、倫理観もズレまくってやがる!


 ――――…………え?そうなのですか?


「そうなんだよ!加えて言えば、僕らの歳じゃ普通学校行ってんの!高等教育受けてるんだよ!勉強して知識身につけて、いいところに就職目指してるのに、妊娠なんてしたら、それまでの苦労が全部パーになるんだ!良い事どころか人の人生ぶっ壊そうとしてるんだよ!そこんとこ分かってんのかお前!」


 今更すぎる疑問符を浮かべる女神に、僕もしたくもない説教したのだが。


 ――――…………。


「おい、だから人の話を聞いて……」


 ――――勇者よ。貴方の未来に、幸あらんことを……


 サラサラの謎の発光をしながら、遠のいていく女神ボイス。


「女神テメェェェェェェェッッッ!!!逃げるなァァァァァァァッッッ!!!」


 あからさまに逃亡を開始する邪神に今日何度目ともなるブチ切れをかますものの、相手は腐っても神。手の届かないところまで光が登ると、そのままフッと消えていく。


「クソッ!なんとかヤツを殺す手段は……そうだ!魔王がいた……って、僕がぶっ殺したんだった!畜生!」


 あまりの悔しさからベッドに拳を打ち付ける僕だったが、


 ――――ンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!


「へ?」


 唐突に頭の上から聞こえてきた絶叫に、思わず目を丸くした。


「な、なんだ?今の声、ヒニンスンナのだったような……」


 あの無駄にエコーのかかった声は間違いないと思うが、あの邪神が叫び声をあげるとは一体なにがどうなって……


「ククク、いかに女神といえど、不意を突けばこの程度が」


「え?」


 今度は近くから聞こえてきた声に反応するが、目を向けるとそこには壁に背を預け、腕を組んで薄笑いを浮かべているリコの姿があった。


「やつにとって魔法のない異世界といえど、油断しおってからに。全くざまあないわ。16年ぶりの復讐がようやく実ったぞ」


「リ、リコ……?」


 さっきまでと態度が急変したリコに僕は戸惑いを隠せない。


「おお、勇者よ。よくやった。おかげでやつを倒せたぞ。褒めてつかわす」


「え、あ、ありがとう……?てか、あの勇者って……」


「ん?なんだ、まだ気付いてなかったのか」


 リコはキョトンとした表情を浮かべると、


「我だよ我。我はお前にぶっ殺された、魔王サズカリコンだよ」


 今日二度目となる、とんでもないことを言い出した。


「………………え」


「お前にぶっ殺された後、なんの因果か我はお前の住む世界に転生してな。おまけに時間のズレがひどかったのか、16年前まで遡って生まれることになったわ。まぁおかげでお前が勇者であることは分かっていたし、対策を打つ時間も取れたんだがな。いやぁ、ヒニンスンナぶっ殺せてスッキリしたわ」


 アイツ性格最悪すぎてムカついてたんだよなー等とケラケラ笑うリコだったが、こっちとしてはそれどころではない。


「え、え。つ、つまり僕が好きだったのは僕がぶっ殺した魔王で、魔王は魔王であのクソ女神ぶっ殺したってこと?」


「うん。まぁそうなるな。ちなみに子供は出来ていないぞ。ちゃんと避妊魔法かけていたからな」


「マジで!?い、いや、それは嬉しい限りなんだけど……あの、魔王様は、もしかして僕もぶっ殺したかったりするのでしょうか……?」


 あの女神に指示されたとはいえ、魔王殺しの実行犯は勇者だった僕なのだ。

 主犯である女神をぶっ殺したとはいえ、手下であった僕を恨んでいてもおかしくない。

 思わず下手に出てしまうのも、無理はないと言えるだろう。

 だが、ビクビクする僕に魔王はにこやかな笑顔を向けてくると、


「いや、別に。お前もある意味やつの被害者だしな。我を倒すまで苦労したことは知ってるし、別に恨んでなどいないぞ」


「え、マジで!?」


「ああ。寛大な我に感謝するがいい」


 おお、さすが仮にも魔王。女神とは器が違う!

 良かった、これで僕はこの世界で新たな一歩を踏み出せ……


「その代わり、責任を取れ」


 る、んだ……って、え……?


「え、せ、責任って」


「お前、我をぶっ殺したろ。あの女神を油断させるためとはいえ、抱かれてもやったんだぞ。責任を取れ。結婚しろ」


 いや、え?

 いや、確かにぶっ殺しはしたけどさ。それは不可抗力じゃない?

 あと、抱いた記憶も僕にはないし、それはノーカンにしてくれないかなって。ダメ?


「ダメだ。結婚しろ」


「あの、僕まだ高校生で、こっちには帰ってばかりで、その……」


「魔王から逃げられるとでも思ってるのか?」


 ………………


 …………


 うん


 無理だこれ


 僕の 目の前は 真っ暗になった


「わかり、ました……」


「フッ、最初からそう言っておけば良いものを。我とともに世界を制覇し、異世界デキチャッタをズッコンバッコンに改名するのだ。フハ、フハハハハハハハ!!!!」


「あ、あははは……」


(この先、僕どうなっていくんだろ……)


 先行きがあまりにも不安すぎる。

 魔王の高笑いに包まれながら、僕はただ女神が消えていった天井を見上げるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者として戦い異世界から帰還したけど、戻ってきたらこっちの僕があまりに勇者すぎた件 くろねこどらごん @dragon1250

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ