やけたラジオ

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 教授まで百物語に参加するなんて、と言われはしたんだがね。二点ほど、こういった場面でもなければ話す機会がない話題があるんだ。なに、大人なら落ち着きがあってばかをやらんだろうと思うのは、探求心のない枯れ枝のたわごとさ。ただ合理に生きることができる人間などいないよ、たとい本能が食うべき食物を示したとても、学習して得た食味の記憶によって好みは補正される。タンパク質を摂るべき機会に、炭水化物のかたまりであるケーキなど食べたくなることもある。それを愚かだという資格があるものなどいまいよ。むろん私もだ……さて、本題に入ろうかな。

 まずは、この紙を読み上げよう。途中で質問があれば聞いても構わないし、私も補足説明などは挟むつもりだから、文中の通りには進まないことを把握しておいてほしい。このメモを書いたのは、私の古くからの友人でね。なぜこんな紙なのかって? レジュメのように、コピーして全員に回すことも考えていたからさ。しゃべれないわりに、筆談でも説明が上手というわけではないんだが……そのへんは、後天的な異常によるものだからね。私に免じて、どうか許してもらいたい。


『Bから怪談会で取り上げる話に「あれ」を使ってよいかと打診された。あの話は、私たちの青春を象徴するものであると同時に、最悪の失敗を冒したときの恐怖体験でもある。すこし考えて、私はかの恐怖を若い学生とも共有することにした』

 なんだね。うん、うん……そのあたりだよ、私が「説明が上手くはない」と述べたのは。どうも物語的になりすぎるきらいがあってね、単なる文章として読ませないんだ。まあ、それも彼の特徴だからと、私は受け入れていたんだがね。どうも、すまないね。今後はこのような調子で続くと考えてくれ。

『私たちが通っていた大学のオカルトサークルは、ひどく身近な都市伝説を集め、それらを実際に検証する活動を行っていた。「くだけ地蔵」や「フィギュアの自撮り」などといった怪事件をいくつも扱った我々は、物語を編纂することもできただろう』

 懐かしいね、うん。ああ大丈夫だ、私が用意した話としてあとで述べるつもりでいる。どれも結局は解決しなくてね、いかにもホラーじみたものだった。

『そういった、間違ったプロフェッショナル意識を持ってしまったからだろうか。私たちオカルトサークルは、ついに実害をこうむることになってしまった。ある事件を経て、……私の声は出なくなってしまったのだ。そのとき取り扱った話題を、聞いた話のまま「やけたラジオ」と命名する』

 なに、それまで何もなかったのかって? 実際に危険なことをしていたわけではなくて、何が起きていたかを突き止めるために動いていたわけだからねえ……心霊スポットで悪霊に憑りつかれるだのといった妙なことは起きなかったかな。先に述べた事件でも奇妙なことは起きていたが、大きな後遺症が残るけがをしたり、死人が出ることはなかったよ。だからこそ、この件でオカルトサークルが活動停止する羽目になったんだが……。


『もっぱら街の恐怖の的だった「くだけ地蔵」の件を調べ終わった我々は、怖い話や不思議な話があれば教えてくれといつも喧伝していた。次の話題が入るまでにそう間が開くこともなく、とある廃墟の噂が我々の耳に入った。ある作業所が使われなくなって以来ボロボロに成り果て、見るも恐ろしいありさまなのだという。まったく的外れであるようにも思われたのだが、我々はこの廃墟に侵入することにした』

 ああ、そうだね。何もおかしいことはなくてね、聞いた話だと「なんだか不気味だ」というだけだった。だからなんだという話で、ここの調査はなんでもないことのように思われたんだ。じっさい、……おっと、書いてあるね。

『■■工業という企業は当時現存しており、事業所の移転に伴ってその作業所から撤退したということだった。かなりの田舎だったその場所では、土地を利用する計画が出てくるでもなく、取り壊すこともなく、荒れるに任せた様子だった。問題があるとすれば、そこからさらに十数年が経過したときの老朽化と崩壊くらいのものだろう。アポを取って侵入した我々が見た限り、その当時の■■工業の事務所は、いまだ使用に耐えうる頑丈さを保っていたように思われる。クズやツタに覆われた外観こそ不気味ではあったが、アメリカでいう「グリーンモンスター」に恐怖を覚えるのは、日本人も同じことだったのだろう』

 なに、知らんのかね。日本からも海外に渡った野草はいくつもあって、それらは好き放題に繁茂して土地を破壊したり家を覆いつくしたりしているんだよ。いわゆる侵略的外来種だね。クズに天敵? 残念だが、日本でもクズの繁殖を抑える手段はほとんどないね。クズにつく虫は無数にいるが、それでもあれだ。本題に戻るよ。

『きわめて事務的に配置された部屋のつくりや、ただただ閑散とした事務室の残りなどは、恐怖や不気味さよりも先にひたすら虚しさを感じさせるものだった。なんの機械も残っていない作業場などは、よほど整理整頓が徹底していたのだろうか、ほんとうに何も残されていなかった。我々が探していた「やけたラジオ」は、どこにも見当たらなかった』

 ああ、今から説明が入る。聞いてくれ。


『ここを秘密基地代わりにしようとした子供たちもおり、彼らはこの事務所で数日間遊んでいたということだった。ところが、ある日突然気味の悪い物体が出現し、それがどうしても不気味でたまらないために、ここを利用することを諦めたのだという。それがどんなものかを聞くと、彼らは口々に「やけたラジオ」、火であぶって外装を溶かしたラジオのような、ゆがんだ四角形の物体だったというのである』

 見たよ、私も。あれをラジオと表現したのは、結果からだろうね……何か四角いかたまりが焼け残ったような、とても正視に耐えるようなものじゃなかった。はっきり言うとね、まるでマネキンの首を横倒しにして、圧力をかけてあの形にしたようなものでね。正面から見ると、いろいろ機械じみたつまみやメーターもついていて、ラジオに見えるのは確かなんだがね。おぞましい……ものだった。

『出現というからには、何者かがそこで何らかの作業を行い、成果物を残していったのに違いない。非マナー客が残していった花火ガラのようなものであろう、と推測した我々は、一心不乱にそれを探した。そして、作業場のあった当時からすでに使われていなかったのであろう、錆びきって穴ぼこだらけになった焼却炉の中で、それを見つけた』

 いや、そうではないと思うよ。私たちは、あれの材質を多少なりとも分析したが、そうだな……まるで冬の枯れ草のような粗悪な木質と、不透明なヤニが固まったようなものだったと思う。端的に言えば、ハチの巣のようなものだね。焼却炉で焼かれたのなら、まず間違いなく燃え尽きるだろうと思う。

『件の「やけたラジオ」は、マネキンの首を集めて圧縮したようなおぞましい見た目でありつつ、材質はハチの巣のようで、しかしながら話題に挙がったようなラジオとしての役割も備えているように思えた。我々はそれに恐怖しつつも、調査に来たことは忘れず、SF映画にも登場することはなかろうと思われる、あまりに悪趣味な有機機械に手を伸ばした』

 うん? そういう概念を聞いたことはないのかね? 定義としては、回路に使う銅線や部品の一部に、なにがしかの生物の体の一部分を使うマシーンのことだね。生物にもシステムとしての側面がある以上、一部を取り出して外部からコントロール可能にしようという試みはあったようだが……まあ、彼の表現はいささか過剰と言わざるを得んね。単にそう見えただけだ。

『触れた感覚は見た目通りのもので、古くなった樹脂のそれに似ていた。こつこつと軽い音が聞こえたかと思うと、すかすかの内部に音が響く。持ち上げてみると思ったよりは重く感じたが、持ち手もついていない二十×四十センチほどの物体にしては、ひどく軽い印象だ。概観をメモして写真撮影も終えた我々は、そうして機能の分析にあたることになった』

 ああ、大きかったとも。マネキンの首と言っただろう、ひとつでも一抱えあるものをいくつも押し固めたような見た目だったと言ったがね、大きさも実際そのくらいだったんだ。そうだな、……身近なところで言うと、ちょっとしたアルバムくらいの重さだったかな? けっして軽くはないんだが、片手でも持ち上げられる程度だった。

『見かけや軽さにそぐわず、それは機械としての機能を備えているようだった。ラジオのように受信する周波数を調整し、音量を上げてみると、むやみに明るい音楽が聞こえてきた。どうやらどこかの放送局のラジオらしく、何かを話し始めたように聞こえたのだが、その内容はまったく聞き取れなかった。私はそれに耳を近付けて、もう少し、もう少しと音量を上げていった』

 ……ああ、大丈夫だ。続けさせてくれ。

『やがて、我々はそれが声ではないことに気付いた。雑音やノイズを究極的にカスタマイズして、まるで人の声のように聞かせていたのだ。背景に流れている音楽はラジオで使われるBGMと遜色なく聞こえたが、明るく楽しい時間を届けるはずの声は、まったく奇怪な雑音のミックスだった。そして、私は鼻から何かが入り込んだような感覚に襲われた』

 ないかね。

『意識を失いそうになる直前、私はたしかに「やけたラジオ」の一部が開いているところを見た。材質から言って、あれが虫の巣のようなものだったことは間違いないと考えている。恐ろしくへんぴな場所へ呼ばれた救急車で運ばれる間ずっと、私は「ここにいるぞー!」という呼びかけを聞いていた。それは、どう聞いても私の声だった』

 うーん、どうも面倒な書き方をするな、やつも。仕方がないから、私から概要を伝えるんだが……


 顔を近づけていたFが倒れたので、私たちは例の「やけたラジオ」を放置して、救急車を呼んだ。何が起きたのかは、今でもよく分かっていないんだ。少しばかり英雄視されていた私たちまでも敗北したということで、あそこに肝試しに行く輩も増えたようで……何度か、場所は変わりつつも「やけたラジオ」は目撃されていたようだよ。ただし、触ろうとするとがさがさ逃げるだの、開いて髪の毛が飛び出てくるだの、あとからあとから尾ひれがついてめちゃくちゃでね。

 ……君がさっき「小説みたいですね」だのと突っ込んだんだろうに。長々とラヴクラフトのような文章を読み上げても、まともに聞かんだろう。さて、そろそろ締めが近いな。

『声を失った私は、それから筆談をするためのタブレット端末とともに生きることになった。手話も覚えたが、もともと読書家だったせいか、文字の世界の方が生きやすかった。ライターとして自分ひとりが食っていくのに困らない稼ぎも得て、友人に紹介されて大学の広報誌に寄稿することもあった。怪異から離れた私は、ずいぶんと満たされた生活を送っているように思う』

 おや、知っていたか。うん、よく読んでいるね。そうだよ、彼だ。


 なんだって? うん、大丈夫だ。今から読む。

『しかし、私は声以上に大事なものを失った。友人であるBは、もう一度「やけたラジオ」を確認しに行って以来昏睡状態になって、目覚めていないのだ。週に一度、彼に呼びかけに行くのだが、彼はぴくりともしない。そして何より不思議なことは、先述した大学で教授を務めている男Bは、私が失った友人その人である、ということだ』

 土曜日になるとね、いつも聞こえるんだ。番場、今日は何があったぞ、誰が結婚したぞ、不幸があったぞと……毎週欠かさず、起きていても寝ていても必ず聞こえる。すぐ近くで、とても静かな声で。

 一点目の話は、この怪異譚についてだ。二点目はね、そう……これまで誰にも聞けなかったことなんだ。君たちにしか聞けないし、ほかの誰もまともに聞いてくれないだろう。どうか、あのときからずっと消えない疑念を晴らしてはくれないか。


 ここは現実なのかね? それとも私の夢なのかね。

 お願いだ、教えてくれ……もう君たちしか頼れないんだ。

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