第29話 二人の時間

「ああ、そうだ。俺少ししたらまた用事あって部屋出ていくから」

「……用事と言う名の“呼び出し”では」

 花に水を与えた後、淹れ立ての紅茶を嗜む現在。

 ただ椅子に腰かけて報告するルークに、即の訂正を入れるクレアローナがいた。


「そんなのだったらこんなピンピンしてないだろうな。あんたにありったけの愚痴を漏らしてるさ」

「わたしが関与していないことならば汚いお言葉を吐くでしょう。が、わたしに関係していることなだけに愚痴を漏らせないのではないですか」

「被害妄想をする暇があるなら、明るくいけ明るく。ほら、こうやってな」

「そのお顔、もう一生見せないでください。鳥肌が立ちました」

 両人差し指を使って笑顔を作ったルークだが、無表情で一蹴されてしまう。

 さらにはオーバーキルするように両腕を手でさすって『鳥肌が立った』ことを強調してくる。


「……何回か言ったような記憶があるんだが、もうちょっとオブラートに包んでくれてもよくないか? あんたらしいけど」

「その要求を通したい場合には、あなたが隠されていることをわたしにお教えするべきではないですか。それがフェアだと思いますが」

「じゃあ今後絶対に必要な能力になるってアドバイスで」

 要求ではなく要望ならば、『公平を』という理論は成り立たない。

 このように立ち回る時点でいろいろな覚悟を決めている男である。


「アドバイス、ですか。当然柔らかくお伝えする能力は持ち合わせていますよ。あなたに必要性を感じないので使わないだけです」

「さいですか」

「全てはそちらが悪いのですよ。あなたがわたしをこうさせています」

『隠しごとをするからこうなるのだ』と、赤の瞳を凝らして睨むように視線を合わせてくる。

 今までのらりくらりと躱していたルークだが、正論にはどうしても敵わないものがある。

 相手の立場になって考えれば、同情してしまうものもある。


「——まあ、一理どころか百理あるだろうな。それは」

「そこで認めないでください。わたしが虐めているみたいではないですか……」

 紅茶を口にしようとした時にこれである。

 どこかバツが悪そうに視線を逸らしながら、カップを元の位置に戻すクレアローナは、「こほん」と小さく咳払いをして話を変えるのだ。


「……あの、あなたはいつ頃でこのお部屋から出ていかれるのですか」

「えっと、あと一時間後だな」

「お戻りする時間は」

「夕方までには顔を出せると思うが、ハッキリした時間はわからないなぁ」

「理解しました」

 今までほとんどこの部屋にいた男なだけに、出ていく時間が早いと思ったが、それを伝えたりはしない。


「では、残りの一時間でわたしに算盤を教えてください。最近はできていませんでしたので」

「はいよ。了解」

 と、頷いて椅子から立ち上がった瞬間である。


「ん? なんだその意外そうな顔」

 目を丸くして口をちょっぴり開けたクレアローナの顔を目にする。


「なんと言いますか、即答するとは思いませんでしたので。『今日は働き詰めになるから休ませてくれ』と、一言は口にするものかと」

「存在意義がなくなるようなことはしないって前にも言ってなかったか?」

「そこまでの芯を持っているとは思っていませんでしたので」

「まあ、あんたの面倒を見る仕事ほど楽なもんはないしな。退屈もしないし」

「そう……ですか」

 この部屋に引きこもっているだけに、『楽なもんはない』というのは納得するところ。

 だが、『退屈しない』というのは納得できるようなことではなく、改めて意外に思うところだった。


「唯一の不満を挙げれば、あんたの性格がこれっぽっちも可愛くないことだな」

「奇遇ですね。わたしもあなたのことをそう思っていますよ。加えてあなたのような従者でなければ、好感を得られるように振る舞っていました」

「あんたの場合は俺より一言多いんだよ」

 打ち解けたような会話を繰り広げた矢先、すぐこの軽口を交わすのはこの二人らしいだろう。


 クレアローナが引き出しの中から算盤を取り出してテーブルに出せば、次の話題に移すのはルークである。


「あのさ」

「どうしたのですか、改まって」

 声色が変わったことにはすぐに気づくこと。


「これはちょっと真面目な話なんだが……あんたは俺が従者じゃなくなったら、どう思う?」

「なんですかいきなり」

「いや、なんとなくの話題作り」

「下手くそですか。盛り上がりの欠片もない話題だと思いますが」

「はは、まあそれはいいじゃないか。それで?」

 笑みを浮かべたのは一瞬。

 軽口よりもこの話題を優先する時点で、これがどれほど聞きたい内容であるのかは明白だろう。


「ではお答えしますが、あなたがわたしの従者があろうが、別の方に代わろうが、正直どちらでも構いません」

「……ん、そっか」

 その返事を聞きながら、チラッとルークを尻目に確認するクレアローナは、頭を働かせるよりも前に口が動いていた。


「——ですが、あなたという人となりにもようやく慣れてきたところです。今代えられてしまうと、不便になると言えないでもないです」

「ん、そっか……」

「なにニヤニヤしているのですか。気持ちが悪いですよ」

「んなこと言わなくてもいいだろうに」

「もういいですから早く算盤を教えてください。時間がもったいないです」

「わかってる」

 返事をすれば、テーブルに置かれた算盤に手を伸ばすルーク。

 その理由はすぐにクレアローナが口にすることになる。


「あの、わざわざ日光の当たる場所に算盤を移動させないでもらえますか。嫌がらせですか」

「ちょっとだけいいだろ? 日に当たるだけでもいろいろ違うんだ」

「……はあ。汗をかく前に移動しますからね」

「それで十分」

 それからのやり取りはお互いに少なくなる。

 寄り添いながら時間を共に過ごす二人だった。

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周りから腫れ物扱いされている引きこもりお嬢様の面倒を見るだけのお仕事 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

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