みんなdeさわやか

「うわ、えらい混んでるねー」


 とある土曜日、私たちは三人でセノバにある炭焼きレストランさわやかに来ていた。

 お昼時というのもあってか、店の外にも列ができていて混み混みだ。私は店員さんと話している人の後ろから、発券機の表示を見てぎょっとした。


「ま、待ち時間三時間だって。ビッグサンダーマウンテンみたい!」

「さわやかは静岡県民にとってのソウルフードですから」


 こんなに混んでいるのに、なぜかりっちゃんは誇らしげである。


「そっかぁ。においだけでも、ばかうまいもんね」


 素直も、さわやかのハンバーグは食べたことがない。私にとって正真正銘、今日が初めてのさわやかなのだ。


「しょんないけど、本屋さん寄る前に整理券取っとけば良かったね」

「ふふふ。その一言を待ってたっけよ、ナオ先輩!」


 りっちゃんが素早くポケットから取りだしたのは、なんとさわやかの整理券である。


「次うちっちの番です。先輩たちとの合流前にゲットしました!」

「りっちゃん天才!」


 店員さんに案内されて、私たちは店内真ん中あたりのソファ席へと通される。


「ナオ、あれ見てご」


 正面に座ったアキくんが、隣のテーブルを指さす。ちょうど店員さんがハンバーグを運んできたところのようだ。

 店員さんが半分に切り分けたハンバーグを、熱々の鉄板に押しつけている。湯気を上げてじゅーじゅー歌うハンバーグを見つめて、私はごくりと唾を呑み込む。


「お、おいしそう……」

「りっちゃん調べですと、利用客の十八割はげんこつかおにぎりハンバーグを注文していますね。静岡県民の多くはメニューを開くこともなく、げんこつを注文しがちです」

「十八割は言いすぎだけんど、俺もげんこつ」

「自分もです!」


 二人はもう注文を決めたようだ。

 げんこつは二百五十グラム、おにぎりは二百グラム。私はメニュー表を見比べる。


「うーん、私はおにぎりにしようかな」


 ハンバーグは百グラムくらいの大きさが一般的だ。その二倍なので、おにぎりハンバーグでも食べきれないかもしれない。しかしそこで、りっちゃんが静かな声で確認してきた。


「いいんですか?」

「えっ」

「本当にいいんですか、ナオ先輩。後悔は、しませんか?」


 その真摯な問いかけに、私は自分の胸に手を当てて考えてみる。

そうか。そうだったんだ。私が本当に食べたいのは……。


「……げんこつ!」


 その声を聞きつけて、笑顔の店員さんが素早く現れる。私は三本指を立てて注文した。


「げんこつハンバーグ、三つでお願いします!」

「ナオ先輩、その言葉を待っていましたよ……!」


 弟子の成長を見守るように深く頷いたりっちゃんが、そこで店員さんに向かって手を上げる。


「あっ、自分はミックスソースでお願いします」


 え? ミックス?


「俺はオニオンソースで。半分は自分で塩胡椒かけるかな」


 んっ? 塩胡椒?

 次々とメニュー表に書いていない単語が出てきて、私は混乱する。

混乱したままなんとか注文を終えたところで、りっちゃんが肩を揺さぶってきた。


「ナオ先輩ったら、そんなにちんぷりかえらないでくださいよー」


 私はちんぷりかえった顔を作ろうとして、途中で笑ってしまった。店内に漂うにおいを嗅いだら、誰だってそんな場合じゃなくなるのだ。

 お父さんの拳くらい大きなハンバーグの到着が、今か今かと待ち遠しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レプリカだって、恋をする。 榛名丼/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ