静岡限定SS 特別公開!

部室deしぞ~かおでん

「じゃかじゃん、差し入れ~!」


 部室のドアが開いたかと思えば、どこかに出かけていたりっちゃんが大きなタッパーを手に現れた。


「差し入れ?」

「赤井先生からです。近所の駄菓子屋で買ってきたっていうから、とんできちゃいました」


 りっちゃんがちょこっとだけ蓋を開ければ、食欲をそそる濃いだしの香りがわずかに鼻先をくすぐる。私と真田くんはほぼ同時に答えを口にした。


「「しぞ~かおでん!」」

「やりますね、ご両人!」


 ふっと笑ったりっちゃんが、タッパーを机の真ん中に置く。真田くんはてきぱきと机の上を片づけ、私は本棚に仕舞ってある深めの紙皿と割り箸、紙コップを用意する。りっちゃんは冷たい緑茶の入ったやかんを運んできてくれた。おでんを前にすれば、みんなまめったくなる。


 一分足らずで準備が整う。時刻は午後四時半だけれど、案ずることなかれ。朝昼夕のおかずのみならず、静岡県民にとってのおでんはおやつなのである。


「青のりとー、だし粉とー、かつお節とー、からしとお味噌もありますからねー」


 至れり尽くせり。真っ黒スープの静岡おでんを囲んでのおでん会が始まる。


「ナオ先輩はどの具材が好きです?」

「もちきん!」

「分かる! もち巾着、ばかうまいですよねぇ」


 油揚げに入れた白い餅を口で引っ張ると、みょーんと伸びる。幸せのみょーん。だし汁を含ませて食べると、さらにばかうま。


「自分はやっぱり黒はんぺんですかね。方々に配慮して」


 カメラ目線のりっちゃんが、どこに配慮しているかは不明である。


「真田先輩は焼津出身だもんで黒はんぺん? それともなると? あるいは……あれか、カツオのへそかぁ!」

「りっちゃん、焼津おでんに詳しいね」

「さっき検索して調べときました」


 胸を張るりっちゃんは、こんにゃくに味噌をたっぷりつけている。

 しかし真田くんからの返事はない。熱々のちくわぶと格闘中だった。もちきんをぺろっと食べてしまった私は、とっておきの情報をりっちゃんに伝える。


「鈴木ファイブはね、卵、ウィンナー、さつま揚げ、昆布、シューマイ巻きが好きなんだって」

「シューマイ巻きたぁハイカラな。ん? 鈴木ファイブって誰です?」

「うちっちクラスの鈴木五人衆。担任の先生がまとめて鈴木ファイブって名づけたの」

「ぜんぜん知らない先輩たちのおでんの好みを教えられた!」


 ちなみにどこのクラスも鈴木さんだらけだ。これも静岡あるある。


「自分とこのクラスは鈴木四人です。負けましたね」

「勝っちゃった。牛すじいただき」

「ああーっ、あと一本しかないのに!」

「しょんないらぁ。りっちゃんには黒はんぺんあげちゃう」

「牛すじに黒はんぺんが敵うかぁ!」


 てんやわんやの大騒ぎを繰り広げる。みんなで囲むと、おでんはますます味が染み込んでおいしくなっていく。


「……だけん、やっぱ大根だに」


 ずっと考えていたらしい真田くんが、唇に青のりをつけてぽつりと呟いた。

私とりっちゃんは目を見交わし、タッパーに視線を落とした。

最後に残った具。大根を巡ってのバトルの始まりである。

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