第7話

「すごぉーい! こんな完璧な顔みたことないわ!

 なぁんて可愛いお顔をしているの~??」


「ははは、ありがとうございます」


「いいわね、その言われ慣れてます感。

 女の子はね、自分のお顔に自惚れているくらいでちょうどいいのよ」


 徹夜で資料を読み終えた明け方、王城のメイドたちに叩き起こされ、服を着せられ、メイクを施されることになった。

 目の前で私の肌を観察しているのは、ケシェットさん。有名なメイクアップアーティストらしい。たぶん、男性。


「宰相閣下から、女神のようにメイクしろと注文があったけど、充分女神よね~。

 あっ、でも、目の下に薄っすらクマがあるわ。これは隠しちゃうわね」


 ケシェットさんがクリームを手に取り、目の下を撫でるとクマが消えた。


「魔法ですか?」


「違うのよ~。私の凄いトコロわね、魔法を使わずに魔法のようにメイクできること。

 あなた、普段はメイクする?」


「どこに色を載せたらいいか分からなくて。眉を描くくらいです」


「あら~、もったいない!

 じゃあ、今日は私のセンスでメイクさせてもらうわね」


 手際よく作業は進められていった。眉が整えられ、色を顔のあちこちに重ねていく。


「チークをここに薄っすら載せると、幸せオーラが出るでしょう?

 あなた、恋したことはある?」


 恋といわれて、なぜか一昨日の夜の星空のことを思い出した。

 相手の顔も名前も知らないのに恋が始まるわけがなかった。


「ないです。こんな見た目なので」


「恋する前に恋されちゃうってこと? うらやましい悩みだわ~。

 さあ、できた。どう?」


 差し出された手鏡には、いつもより10倍良く見える自分がいた。

 徹夜でやつれた雰囲気もなく、幸せそうだった。


「これが私?」


「そうよ~。でも、大したことはしていないの。クマを隠して眉尻を足して、チークを足したの。あとは微調整かしら。テーマは『幸福の女神』よ!」


「幸福の女神か……」


 不思議だ。そう言われると、そんな気持ちになってくる。


「メイクってすごいですね。私、自信が出てきました。やり遂げられそうです」


「うんうん。宰相閣下からは詳しくは聞いていないけど、大役なんでしょ?

 頑張るのよー!」


 ケシェットさんに力強く送り出された。

 いよいよ、異世界の人たちに会う時間だ。



 今日の筋書きとしてはこうだ。


 国王陛下が異世界人の一団を謁見の間に呼び出す。

 当然ながら、異世界人たちは女神はどこだと騒ぐだろう。

 そこで宰相閣下や大臣たちが女神様は人が呼べる存在ではないと茶番を繰り広げる。

 適当なタイミングになったら、宰相閣下が光魔法で合図を送るので、私が異世界人たちの目の前に転移魔法で現れる。このとき、私を宙に浮かせたり、後光を差したり、光やら音で演出してくれるらしい。

 私は魔王出現の天啓を告げ、去る。


 この筋書きを把握するのに資料の隅から隅まで目を通す必要があり、苦労した。

 まさにお役所の資料というか。

 知りたい情報があちこちに散らばっていた。まるで古文書を解読している気分になったくらいだ。

 ひょっとして古文書もこんな風に作られたのだろうか?


 私は出番まで謁見の間の屋根裏の通路、普段はシャンデリアの点検などに使う場所に隠れていた。

 侍従に誘導され、5人の冒険者たちが現れた。


「冒険者たちよ、よくぞ参った」


「王様、俺たちを呼び出したってことは、女神さまに会わせてくれるんだよな?」


「無礼者! 国王陛下の御前であるぞ。言葉を慎め」


 宰相閣下が冒険者を強い口調で叱りつけた。

 ……閣下、そんな口調でしたっけ?


「宰相、良いではないか。彼の者たちは炎のドラゴンを倒した強者。我が国の英雄であるぞ。

 冒険者タクヤ殿、ヤマト殿、ミク殿、ナオキ殿、リク殿。

 すまぬが、そちらの要求には答えられん。女神様は我々の考えが及ぶ存在ではない。

 呼び出せと言われて、来ていただける方ではないのだ」


 国王陛下も意外なほどに演技が上手い。と思ったが、冒険者の方が上手だった。


「もう騙されないぞ!

 本当は女神などいないんだろう! いいから俺たちが日本に帰る方法を教えろ!」


「なんて不謹慎な!

 女神様の存在を信じないなんて。ああ、きっと天罰がくだります……。

 女神様お許しください。彼らは自分が何を言っているのか分からないのです……」


 魔法教育大臣が大げさに怯えて見せて、天に祈るポーズをとった。

 神の存在を信じていなさそうな大臣が言うと、笑いがこみあげてくる。


「レジート、しっかりしろ!

 無礼者の異世界人め。ここで始末してやろうか」


 国防大臣、演技がお上手ですね……って、本気なのか?

 剣抜いているけど、やっぱり演技……じゃない!?

 冒険者も剣を抜きいてしまった!


 まずい、どうしよう。

 誰かが止めないと血が流れてしまう!

 扉の隙間から宰相閣下に向かって必死にアイコンタクトを送ると、閣下がすかさず光魔法を打ち上げた。


 え? ここで私?

 ええい、どうにでもなれ!


「おやめなさい、勇者たち。

 剣を納めるのです」


「女神様!?」


 冒険者たちが一斉に私の方を見た。魔法教育大臣が風魔法で私を宙に浮かせてくれているのが分かる。


「はは、ほんとにいたんだ、女神サマ」

「異世界に飛ばされた時の女神様だよね」

「そうみたいだな」

「嘘じゃないのか」

「な、俺の言ったとおりだろ」


 リーダー格らしい冒険者が私の前に進み出た。


「女神様。俺はワタナベ・タクヤ。ここに来て5年目だけど、結構いろいろな冒険を乗り越えてきたんだ。だけど、俺は本当の試練が待っているんじゃないかって思ってる。

 なぁ、そうだろう?

 新しい啓示を俺たちに与えてくれ」


 タクヤの発言にドキリとした。

 まるで、私がこれから話すことを分かっているような。

 飲み込まれてはいけない。ここが正念場だ。


「タクヤ、これまでよく頑張ってきましたね。

 貴方たちの頑張りは(冒険者ギルドのクエスト履歴で)よく知っていますよ。

 充分な力をつけた貴方たちにお願いがあります。


 世界を危機から救ってほしいのです」


「またそれかよ……」

「よせ、リク」


 リクと呼ばれた冒険者は、少し疑り深いらしい。

 彼は最初に日本に戻せと国王陛下に噛みついてきた人物だった。

 ならば、こうしよう。


「リク、貴方は日本に帰りたいのでしょう。

 その鍵を握る者がいます。

 ――それは、魔王です」


「魔王!?」

「そんな存在、ここに来てから聞いたこともないぞ」


「無理もありません。

 1万年もの遥か昔に魔王は封印されていましたが、その封印が解けてしまいました。

 暗黒大陸に恐ろしい魔物が増えていたのも、封印から目覚めた魔王の力が原因です。

 今ならまだ間に合います。

 どうか、魔王が完全に復活する前に魔王を倒してください」


「なんか、話が具体的になってきたな」

「今度は本当っぽいぜ」

「魔王とか、ミク、こわーい」


 冒険者たちは思い思いに感想を漏らした。

 よしよし。いい感じだ。


「では、勇者たちよ、魔王に打ち勝つその日まで……」


「ちょっと待った!」


 締めに入ろうとしたところで、止める声がした。

 タクヤだ。


「魔王を倒すって言っても、何か特殊な力が必要なんじゃないか?

 そういうもんだろ」


 む。注文が多いな。

 適当にそれっぽいことをするか。


「おっと、そうですね。忘れるところでした。

 剣を渡してください」


 私はタクヤから剣を受け取ると、目をつむり剣を掲げた。

 ついでに、光魔法で剣を光らせる。


「おおっ!」


「どうぞ。聖なる力を込めました。この力はきっと役に立つでしょう。

 また、魔王は手強い相手です。新たな仲間を探しなさい。

 賢者と魔道剣士がいれば、魔王に打ち勝つことができるでしょう」


 よし。仲間探しをしていれば、冒険に出るまでに時間が稼げる。

 平和的に時間が稼げるぞ。


「わかりました、女神様。必ずや賢者と魔道剣士を見つけて見せます。

 ……女神様、また会えますか?」


「あなたが必要とするときに私はまた現れるでしょう。

 それでは勇者たちよ、がんばりなさい……」


 私は再び転移魔法を起動し、屋根裏に戻った。

 そこには、内務大臣が待機していた。

 私はすぐさま、魔道具の眼鏡をかけた。


「ご苦労様。国王陛下も、父上もご満足しているだろう」


「ありがとうございます。そうだといいのですが」


「異世界人たちとすれ違う前に、我が家へ送ろう。

 我が家には今年で15歳になる娘がいてね。話し相手になってやってほしい」


 魔導馬車に乗せられて、私はアダマホル家に向かった。

 これから悠々自適な軟禁生活が始まるのかと思っていたが、そうではなかった。


 本当の本当に、世界の危機が訪れたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雇われ女神の最初で最後の大芝居 @tekuteku804

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ