第6話

 国王陛下が現れた。

 国のトップがどうしてここに?


 私はすぐさま、頭を下げた。

 貴族が苦手な私は、もうすでに来たことを後悔していたが、国王陛下の前で転移魔法を使う勇気もない。


「宰相、そちらの女性が異世界人が申す、『女神』であろうか」


「さようです、陛下。

 彼女が移民希望者と最初に相対する移民受付課のイフィ・オールです。

 ああ、失礼。昨日付で退職されたのでしたね。

 違いないですよね、アダマホル内務大臣?」


「その通りです、父上。ユアン君も血気盛んで困りますね。

 ツァホーグ伯爵殿に念を押されたから異民管理局の局長に据えたものの、なかなか実力を発揮できないようです。我々が集まった件も、管理不行き届きですし。

 ……それは、もちろん、内務大臣である私の責任でもありますが」


「口を慎みなさい、内務大臣。

 さて、私たちが直面している問題は異世界人の取扱いについてであります。

 私の責任において推進した異民政策は順調に進み、異世界人たちの数も増え、暗黒大陸から貴重な資源を充分な数だけ採掘できるようになりました。


 暗黒大陸の開拓は目標を上回る勢いで達成できたのです。

 その結果、強力な魔力を持った異世界人たちが暇を持て余すようになり、治安の悪化が懸念されておりました。

 そしてとうとう、先日、国王陛下の居室の前まで異世界人が乗り込みました」


 まさか、異世界の人たちが暗黒大陸を出て王都のそれも王城に乗り込むとは。

 冒険者ギルドで見かける気のいい彼ら彼女らが乱暴なことをするとは思えなかった。


「お、恐れながら申し上げます。

 彼らにも理由があったのではないでしょうか。

 冒険者たちは皆が冒険心はあるものの穏やかな性質です。理由もなく乗り込むとは思えません」


 心臓が喉から飛び出しそうな思いで意見した。

 遥か彼方の上の立場に意見するなんて命知らずだと思われても仕方がない。

 けれど、異世界の人の名誉を挽回したかった。


「そうでしょうとも。

 実際に彼らは国王陛下にある要求を突き付けたのです。

 『女神に会わせろ、もしくは元の世界に戻せ』と。

 ――女神とは、貴女のことですね」


「っっ!」


 またしても、異世界人は『女神』を求めているのだ。


「まったく、だから儂は反対だったんだ。どこの馬の骨とも知らない異世界人なんぞを連れてきたら厄介ごとが起きるに決まっている。

 彼らが暴動を起こしたら面倒をみるのは我々国防省だぞ。

 こんな小娘に頼る前に、さっさと始末してしまえばいいだろう」


「国防大臣、ご意見は後でゆっくりと拝聴いたします。

 ですが、武力行使は最後の手段と私は考えております。

 まずは、異世界人たちの要求を解決することが先決かと。

 というわけで、イフィ・オール。貴女には時間稼ぎをしてもらいます」


「わ、私には無理です!

 私はただの一般人ですし、転移魔法以外はロクに使えません。すぐにバレてしまいます」


「落ち着いてちょうだい。貴女の正体は関係ありませんよ。

 重要なのは、異世界人たちが貴女を女神だと信じていること。

 そして、異世界に戻すための魔法を開発する時間を稼ぐこと。

 でしょう? 宰相閣下」


 いかにも魔法使いらしいローブを着た優し気な女性が私に近づいて、手を取り言った

 手を握られるとすっと、気持ちが落ち着いた。心を落ち着ける魔法をかけられたのだろう。

 この人は恐らく、魔法教育大臣だ。女性初の大臣ということで有名になったから知っている。


「そんな小娘に何ができる?」


「ふふふ。国防大臣の頭の中は攻撃魔法でいっぱいのようね。

 魔道具で隠された彼女の本当の姿が見えないのだから。

 ちょっといいかしら?」


「え?」


 魔法教育大臣は問答無用で私の髪に手を滑らせて、リボンをほどいた。

 きつく結ばれていた髪はするりと解けると、シャンデリアの光を反射してきらめいた。


「ほう」


 その場にいた全員が、感嘆のため息をこぼした。


「本当にすごいわね。七色に煌めく髪なんて見たことない。神秘的だわ。

 この髪は生まれつきなの?」


「生まれた時からこうだったと、母が……」


 魔法教育大臣は私の顎を指先で持ち上げ、私の顔をしげしげと観察した。


「瞳もそうよね。今は魔道具で隠しているけど、星の雫を垂らしたように輝いている。

 お顔も完璧な左右対称で美しいわ。

 どんな魅了魔法も貴女の生まれつきの美貌<才能>に比べたら、まやかしね。

 貴女の姿は、それだけで人を虜にし、嘘を信じ込ませる力がある。

 その美しさの秘密を暴いてみせたい」


「だ、大臣? ちょっと近いです、近すぎます!!」


 魔法教育大臣の目が冗談を言っていなかった。


「大臣、そこまでにしなさい」


 宰相の制止に魔法教育大臣は我に返った。


「ごめんなさい。私としたことが、魅了されてしまいましたわね。

 どうです? 国防大臣。イフィ・オールは十分に女神の役を務められる逸材だと思いません?」


「……納得はした。我が軍には近寄らせたくない存在だということもな。士気が乱れる」


「納得していただけて良かったわ。

 宰相閣下、それでは、わたくしはイフィ・オールと今後の打ち合わせをしますので退席してもよろしいわね?」


「何も決まっていないのに、勝手な行動は慎んで貰おうかな。魔法教育大臣。

 コホン、さて。イフィ・オール嬢に改めて説明すると我々は異世界人を元の世界に戻す方法を探している間に、時間稼ぎとして異世界人に冒険の旅を経験してもらおうと思っている」


「冒険の旅?」


「さよう。

 架空の脅威を用意し、退治してもらうという筋書きだ」


「簡単に言えば、魔王を用意して倒してもらおうってことよ。その間に、召喚魔法の専門家に元に戻す方法を開発してもらうの。

 ちなみに、魔王はわたくしで、中ボスが国防大臣よ」


「くじ運が良かっただけのくせに、威張りおって……」


 国防大臣が恨み言を呟いた。そんなに魔王やりたかったのか……。


「運も実力のうち、でしょう?

 というわけで。イフィ・オール、貴女は異世界人のリーダーの前に女神として顕現し、魔王退治をするように天啓を授けてほしいの」


「それだけで、よろしいんですか?」


「もちろんだとも。ただ、魔王退治が終わるまで、異世界に戻す方法が完成するまでは貴女は我がアダマホル家の屋敷にいてもらいます。不測の事態に備えてね。

 移動は制限するが不自由な暮らしはさせませんよ」


「異世界の人は元の世界に戻れるのですよね?」


「希望者は全員帰します。宰相の権限において保証しよう」


 それを聞いて安心した。

 異世界の人たちが、元の世界で幸せに暮らせるならそれが一番だから。

 結構、穴のありそうな計画だけど、そこは国のトップたちが集まっているのだから何とかなるでしょう。

 私は女神として最初で最後の大芝居をしてみせればいいのだ。


「わかりました。宰相閣下のご計画の通りにいたします」


「結構。では、早速明日、異世界人たちと面会の予定をつけよう。

 一刻も待てないようなのですよ。

 以上でよろしいでしょうか、陛下?」


「余からは異論ない。

 イフィ・オール嬢、くれぐれも頼んだぞ」


「ありがとうございます。陛下。

 これにて本会議は解散とします。

 魔法教育大臣と国防大臣は私と共に来てください。打ち合わせがありますので」


「えー! わたくし、イフィ・オールとお話したいわ!」


 魔法教育大臣は駄々をこねていたが、国防大臣に連れていかれた。

 手持ち無沙汰な私の前に内務大臣が近づいた。


「今日は王城に泊まれるように手配しておいた。すぐに案内させる。

 それと、これは資料だ。

 今夜のうちに読んでおきなさい」


 どさりと手渡されたのは、分厚い紙の束だった。

 全部読もうとしたら寝る暇もないのでは?


「明日のためにゆっくり休みなさい」


 休める気がしません、大臣。

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