第5話
「ちょーっとまった。つまり、イフィはもう退職したのか? 昨日付で?」
「なんか、成り行きでこうなっちゃって……。
売られた喧嘩は買う方というか。まぁ、こうなったら仕方がないですし」
一晩寝て起きたら、局長を怒らせたときに違う対処の仕方はあったなぁとしみじみ反省はしたが、後悔はしていない。
だけど、ハルには呆れられたし、ペレアさんには大きなため息をつかれた。
「イフィちゃんったら、せっかちなんだから」
「ほんとだよ。課長は俺たちの待遇改善を王都まで交渉しに行ってたんだろ?
それなのに自分の首を絞めるなんて馬鹿じゃないか」
ハルの言葉が胸に突き刺さる。おっしゃる通りです。馬鹿は私です。
「まあまあ、もうよしましょうよ。
もうすぐ課長が戻ってくるわよ。課長がコンコンと説教してくれるわよ」
「それもそうですね。
にしても、課長遅いなあ。もうすぐギルドの営業時間なんだけどな」
「いま帰ったよ」
ハルの後ろから課長が現れた。
昨日見た時より大分やつれている。
……私のせいだろうか。
「そうだね。全部がイフィさんのせいとは言わないけど、少しは胸に手を当てて考えてくれたかな?」
「聞きましたよ、課長。
イフィちゃん、昨日でクビになっちゃったんでしょう?
どうにかならないのかしら?
イフィちゃんがいないと、困るわ」
「そうですよ。
イフィがいないと、冒険者達が旅の目的を見失いますよ。やっぱり女神が現れたってなると説得力が違いますからね」
「2人の心配はごもっとも。
私もイフィさんがいなくなることで、移民希望者の冒険に説得力が失うだろうことは懸念している。
実際のところ交渉の持っていき方しだいではイフィさんの退職撤回は充分にありえた」
そこで、課長はチラリと私の顔を見てから、二人に向き直った。
「そろそろギルドの始業時間じゃないかな。二人とも、あとで共有しておくからギルドに向かってくれ」
「わかりました」
「承知でーす」
2人が去った後、課長が口を開いた。
「場所を変えよう。空いている会議室に入ろうか」
怒られるのか、と身構えたけれど、どうも怒っている様子ではない。
困惑しているようだ。
会議室に入ると、パーモン課長は召喚魔法で小さな鳥を呼び出した。
「一応ね。この鳥は音を食べる習性があるんだ。扉の近くに置いておくと、防音になる」
「どうしてそこまで?」
「ここから話す内容は機密情報だからだ」
パーモン課長は深いため息をついた。
「結論から言うと、イフィさんは今すぐここを立って、王都のアダマホル首席大臣に会いに行った方がいい」
「首席大臣? つまり宰相閣下ですよね。政府の頂点の御方に私なんかが会えますか?」
「順を追って話そう。
まず、イフィさんが去った後、ツァホーグ局長をなだめるのが大変だった。
イフィさんを追いかけようとするツァホーグ局長を説得して時間稼ぎをしたんだ。
変装を解くと、いつもあんな反応をされるのかい?」
「課長に拾われる前にいた、魔法学園ではもっと酷かったですよ」
貴族も通う魔法学園では、酷い目に遭った。
私のことを金と権力に物を言わせて襲ってきた男子学生は数えきれない。
「それは大変だったねぇ。
とにかく、ツァホーグ局長はイフィさんを手に入れるためなら何でもしそうだ。
イフィさんを手に入れるためなら喜んで退職の撤回もするだろう。
だけど、イフィさんは嫌そうだったから撤回は求めなかった。上司と部下の恋愛は示しがつかないと諭したのは効いたから、退職は有効だし、無理やり局長付きの秘書にされることも無いだろう。
時間稼ぎにイフィさんの業務の自動化を推進してもらうことにした。イフィさんが喜ぶと言ったらやる気に満ちていたよ。
あれは本気みたいだね」
げ。本当にツァホーグ局長は私を狙っているのか。
厄介だな。
貴族ってやつは、自分の欲しいものは貪欲に手に入れたがるから。
「ツァホーグ局長の件はわかりました。
それで、どうして宰相閣下につながるんです?」
「渡りに船というか。宰相閣下がイフィさんの力を借りたいらしい。
宰相閣下の庇護下にいれば、ツァホーグ局長も簡単に手出しはできないだろう。
ツァホーグ伯爵家は名門貴族だが、流石にアダマホル公爵家には手を出せまい」
「なるほど。そうですね。でもどうして宰相閣下が私をお召しになるのでしょうか」
「これは推測だけど、異民関係の案件だと思うな。
……ところで、イフィさんは暗黒大陸の囁きの雪原に行ったことはある?」
「いいえ」
「じゃあ、永遠の夕闇の洞窟は?」
「ありません。休日は引きこもっていたので、暗黒大陸を観光したことないです」
「なら、宰相閣下のご依頼は、きっといい気分転換になるよ。観光気分で楽しめるじゃないかな」
「はあ」
なんだろう。悪い話ではなさそうだ。
私は課長の勧めに従い、すぐに荷物をまとめて王城に飛び立った。
「よくぞ来てくれた。貴女がイフィ・オールだね」
宰相閣下は予想に反して物腰柔らかな人だった。
年齢は60代くらい。貴族は若いうちに結婚する人が多いから、私と同じくらいの年頃の孫がいそうだ。
宰相閣下はその血筋をたどれば王家に繋がる超名門貴族のアダマホル公爵家の当主だ
名門貴族なので高圧的な人を想像していたから虚を突かれたけれども、安心した。
「お会いできて光栄です、閣下。
私が閣下のお役に立てると伺い参りました」
「そうとも。貴女の力が必要なんですとも。
詳しい話は皆がいる席でしよう」
宰相閣下が口を閉じるのと同時に、後ろの壁がすうっと奥の方へ下がった。宰相閣下の後ろの壁だけではない、四方の壁が下がっていき部屋はどんどん広がった。
「隠し部屋、ですか」
「さようです。
何分、外に漏れると非常に厄介な話ですから。
皆さんに至急集まっていただきます」
宰相閣下がいつの間にか手にしたベルをチリンと鳴らすと、部屋の中央に据えられた大きな会議用のテーブルに次々と人が現れた。
偉そうな中年の男性が数名と女性が一人。まとっている雰囲気から全員が高位貴族であることは明らかだった。新聞で見た顔もあるので恐らくは大臣たちだろう。
そして、最後に現れたのは私でも名前の分かる人物だった。
この国の国王である。
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