第4話
私は今、王都のどこかにいる。それは間違いない。
元来た道を戻って、パーモン課長に聞けば一番早いが、ものすごく小言を言われるのは目に見えている。それに気まずい。
となれば、自力でこの場所を突き止めなければ。
とりあえず、暗いので光魔法で小さな光の玉を出し、灯り代わりにした。
6大魔法が苦手な私でも、これくらいはできる。
魔法学校に通った人なら誰でもできるだろうけど。
壁や廊下に敷き詰められた絨毯の模様に見覚えがある。王都の王城だ。
5年前に連れてこられたことがあるから知っていた。
嫌な思い出が蘇る。
「ああ、嫌だ! 忘れたい記憶を思い出した。早くここから出ないと!」
残念ながら窓がない廊下だったので、北も南もわからない。やみくもに前に進むしかなかった。
しばらく歩くと、ようやく大きな窓に出くわした。窓の外にはいくつか塔が見えた。塔から見下ろせば、この場所の位置が見当つくだろう。
王都に住んでいる人なら王城がどこにあるかなんて常識なのだろうが、私は王都に詳しくないので、王城だと分かっても転移魔法を起動できる気がしない。
まずはあの一番高い塔に行こう。
私は一番高い塔に向かって転移魔法を起動した。
転移魔法特有の高速で風を切る音がした後に着地した。今度は固い地面に足がついたことを確認した。と同時に強い風が吹いてバランスを崩した。
転送魔法の反動だろうか。
「っうぅ、あぶない。転ぶところだった。今日は転移魔法の調子が悪いかも。
あ、あそこに窓がある。外の景色が見えるかな」
暗闇に目が慣れると、窓があるのが見えた。
窓へ近づくと、人の気配がした。
灯りがついていないから、誰もいないと思ったのに違ったらしい。
「誰?」
暗闇の中から落ち着いた声がした。若い男性のようだ。
「灯りがついていなかったので、誰もいないと思って来てしまいまして……。
ここがどこか分かったらすぐに転移魔法で出て行きますので!」
「転移魔法で?
ここは結界を張っているから魔法でも人の出入りはできないはずだけど」
「えっ!?」
結界で出入りができない?
そうしたらどうやって私は転移してきたのだろう?
「でも、結界が破れているみたいだ。そうか。この穴から君は入ってきたんだ」
「結界壊してしまいました?! 結界を張っていたということは、何か大事な魔法を準備していたのではないですか? 私、ご迷惑ですよね? 出口を教えていただければすぐにでも去りますので」
「いや、大丈夫。単に人の出入りを制限したかっただけだから。
……そうだ、せっかくだから君も見ていく?」
「いいんですか? 見ていくって、何を?」
「星」
その人が身振りを示すと、指先から天井に向かって火花が散り、大きな音を立てながら屋根が動き出した。
光魔法で屋根を動かしたのだ。やがて、屋根が前回になると頭上には満点の星空が見えた。
「きれい」
夜空を見上げたのは一体いつぶりだろう?
次の日の仕事の準備に追われて、夜ゆっくり過ごすこともしばらくなかった。
……明日からは無職だからもう仕事のことは気にしなくていいのだった。
「今夜は月が出ていないから星がよく見えるんだ。
星見にもちょうどいいしね」
「星見というと、占星術?
占星術は廃れた技術だと聞いていますけど」
「うん。占星術は確かに廃れている。だけど、私は占星術の知識が現代の魔法に使えるんじゃないかと考えているんだ」
「星の動きから未来を予知するのとは違いますよね?」
「違う。星の力を利用するんだ。火星、水星、土星、風星、光星、闇星。6大魔法を象徴する6個の星々はそれ自体だ強力な魔力を持っている。その星の力を使って大きな魔法が行使できないか考えている。
上手くいけば、この星そのものを操れるかもしれない」
「星を操れるとどうなるんです?」
「うーん、そうだな……。例えば、季節を変えられるかもしれない。冬を短くして春にしたり。あとは天候を操作して災害も減らせるかも」
「想像できないですけど、すごいスケールの話ですね」
「まあね。面白いでしょう」
「面白いです」
星を使った壮大な魔法の研究。
スケールの大きな話を聞いて、満点の星々を見ていると、自分の悩みがちっぽけで大したことがないように感じる。
お偉い貴族を怒らせたことや無職になったことも、どうでもよくなってきた。
私のすぐ隣からは何かの装置を操作する音が聞こえる。
暗闇でお互いの顔が見えない。
いまなら、変装しなくても他人の視線も気にせずにいられる。
私は久しぶりに肩の力が抜けてきた。
「今日、私は失敗続きで仕事も失ったんですけど、こんな綺麗な星空がみれたらそれだけでいい日だったなと思えてきました」
「やっぱり面白いね、君」
「私がですが?」
「そうだよ。だって、結界を転移魔法でぶち抜いてくるし、無職になったのに笑っているし」
「ははは……」
笑っていたのか。慌てて口元を押さえる。無職になったばかりで笑っているって変な人だと思われても仕方ないな。
「ちなみに、どんな仕事をしていたの?」
「移民希望の異世界の人の案内をしていました」
「じゃあ、異民局だ。冒険者ギルドで働いていた感じ?」
「そ、そうです。そんな感じです」
実際は女神をしてました、なんて恥ずかしいから言えない。
会話は途切れ、またしばらく沈黙の時間が続いていたが、やがて装置の音が止まった。
「うん。今日はこれでお終い。
どうする? 夜も冷えて来たし、私が送ろうか?」
「いえ、いいです。ここの場所が何なのか分かれば、暗黒大陸まで転移できるので、お気遣いなく……」
「今日は疲れているだろうし、転移魔法は魔力を沢山使うだろう?
それなのに長距離を魔法で移動するなんて無理はさせられないよ。私は転移魔法は自力で起動できないけど、魔法陣は得意なんだ。すぐに転移魔法の魔法陣を描くからちょっと待ってて」
「いや、わざわざ手のかかる魔法陣を用意してもらわなくても、私は平気ですから!
それに、暗いから描けませんよ」
「いいから、すぐにできるから。装置を動かすのに暗視魔法を使っているから大丈夫」
その人は手に白いチョークを持って床に大きな円を描いた。それから迷いなく線と文字が書き加えられ、あっという間に魔法陣が完成した。
それこそ魔法のように複雑な魔法陣が現れた。
「速い……!」
「できた。じゃあ、そこに立って。魔力は私が用意する。君は行先を思い浮かべるだけでいいよ」
「そんな、魔力くらいは私が出します」
「いいって。私の結界の中だから上手く魔力が出せないかもしれない。魔力が暴走して結界に穴を空けられても困るしね」
「……では、遠慮なく……」
私は緻密に描かれた線を消さないように恐る恐る魔法陣の中心に立った。
「親切にしてくださってありがとうございました。王都に来る用事もないので、もう会うことは無いでしょうが、いつかまた会ったらお礼をします」
「うん。そのうち会えるだろうし、楽しみにしているよ」
「え?」
意味深な言葉に聞き返そうと思ったが、魔法陣が光出した。魔力が流され、起動したのだ。慌てて移動先に集中した。
「いくよ。帰りたい場所を思い浮かべて。余計なことを考えると魔法が失敗するから」
瞼を閉じ、帰る場所を想像する。暗黒大陸にある冒険者ギルド横の官舎。
全てが手の届く範囲にある小さくて快適な部屋、
次に目を開けた時には、いつもの部屋に戻っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます