大切な落とし物を、少しずつ拾っていくような。

「あなたはもっと作者に目を向けたほうが良いと思うわ。」

本好きの主人公は、転校先の文芸部室で、彼女と出会う……。

この小説の大きなストーリーラインは単純だ。
同系統の作品はいくつかあるだろう。
しかし、その中身は他作品とは一線を画している。

まず、主人公田島と三桜の凝った掛け合いだ。
太宰好きの彼らは、太宰作品に絡めたアイロニカルな会話を繰り広げる。
太宰の作品をひとつでも読んだことがあれば、その意味が少し理解でき、まるで会話に参加しているような気持になる。

そして、この作品の最大の特徴は丁寧な伏線回収にある。
ただし、これらの伏線はただの「謎解き」ではない。
あのときのあのセリフの意味を理解したとき、読者はひどい後悔に襲われるはずだ。
なぜ、こんな大切なことに気が付かなかったのか。
後悔すべきは、主人公である。しかし、読んでいるこっちが後悔してしまうのである。
日常に埋もれて、忘れてしまい、思い出した時にはもう遅い。そんなことはままある。
ひどく現実味のある、苦々しくも美しい伏線回収だった。

これだけの作品を仕上げる宵町さんの熱量には脱帽しかない。
私も似た題材で小説を書いたことがあるが、こうはできなかった。
文章のひとつひとつを咀嚼し、みずからの世界に取り込み、また文章化する。その技量の高さに驚く。

この素晴らしい(ある種の)ファンアートを作らせた、太宰治という作家のすごさも再確認させられた。


……以下、蛇足注意……


「あなたはもっと作者に目を向けたほうが良いと思うわ。」
これは、作中の三桜のセリフである。
最後に、作者の宵町いつかさんについて無知ながら語らせていただきたい。
宵町さんは2023年現在、カクヨム甲子園参加者、高校生である。
いわずもがな、太宰作品が好きだ。
他にも素敵な作品を何作も発表されている。

本を読み、文章を書く。このある意味孤独な作業を高校生でここまで突き詰めた、その心中たるや。
想像は及ばないが、思いを馳せてみるのもいいかもしれない。

このレビューの作品

恥ずかしい後味