森に行きましょう

尾八原ジュージ

森に行きましょう

 うちは昔じいさんが寿司屋やってたんで、廃業した後も時々間違い電話が来てたんですよ。もしもし、上ふたつ頼みますなんてね。

 だから家建て直したときに、もう固定電話やめちゃったんですよ。用事がある連中は大抵携帯にかけてくるからね。

 で、店の電話はあそこ。じいさんとじいさんの店の形見だと思って、まだうちに置いてるんだけど。

 その電話、たまに鳴ってね。

 変でしょう? 鳴るはずないんですよ。解約してるし電話線も抜いてんだから。ただの置物なのに。

 でもおかしなもんでね、わかってるのに、こっちも習慣でつい取っちゃうんですよ。受話器を耳に当ててから初めて「あれっ?」って気づくの。

 で、その電話ってのがね。

『森に行きましょう』

 って。

 決まってそれだけなんですよ。

 森ってたぶん、あそこでしょうねぇ。山際にほら、鬱蒼としてるとこがあるでしょう。昔からあのへんをみんな「森」って呼んでね、子供だけで行くなって言われるようなとこなんです。

 なんでってあそこ、自殺の名所だから。

 子供がかくれんぼでもしに行って、枝から吊ってるのを見たりしたらトラウマものでしょ。大人でも行かないような所ですよ。

 そこに来いって言う。

 男の声のときもあれば、女の声のときもあって。

 気になるなぁ。何がかけてきてるんだろう。

 いや、絶対行かないんですけども。


 だってあの森、じいさんが首吊って死んだとこですよ。

 いくら呼ばれたって嫌でしょうよ。


 そうなんですよ、じいさんが吊ったから廃業しちゃったんです。前日まで元気に店に出てたんですけどね、なんであんなとこで死んだか……今でもわからん。自殺する理由なんか思い当たらないのに。

 それにそう、じいさんのメガネがね。死んだときうちに置きっぱなしだったんですよ。出かけるときはかけてくのが決まりだったのに。

 だから何かに呼ばれたんじゃないかとか、そういうふうに考えちゃうの。厭だよねぇ。


 ああ、電話。

 そりゃとっくに捨てようとしましたよ。

 何度も捨てようとしたんですけど、どうしても怖くてね。駄目ですよ。考えちゃうから。

 あの電話がなくなって、うちに直接来たらどうしようって。

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