04 2人きりのリハーサル






「自分がカッコ悪くてしにそう……」


 絢斗あやとは少しずつ落ち着きを取りもどしたが、あいかわらず、耳まで真っ赤だった。


「大丈夫。私も……同じ気持ちだし」


 むしろ柚月ゆずきは、こんなふうに緊張して不安に思っているのが自分だけじゃないとわかって、うれしかった。


 絢斗はちらりと柚月に視線を向けるが、ふたたび目をそむけてむこうを向いてしまう。


「だ、だれにも言わないでね」

「言わないよ、絶対」


 柚月が答えると、絢斗はハァ、とひとつ息を吐いた。


「まさか、逢坂おうさかが相手役になるなんて思わなかったんだ……」

「オーディションいくつも受けてるから……私もいずみくんが出るとは知らなかった」


 言いながら柚月は、またネガティブ思考になってしまう。


「きっと話題作り、だよね。同じ中学だからってさ」

「え? あぁ、それもなくはないだろうけど」


 絢斗は困ったように頭をかいて、肩をすくめた。


「でも、あの監督がそれだけで決めることはないと思う。逢坂はちゃんと、選ばれたんだよ」


 絢斗の言葉が、やけに痛く柚月の胸にしみた。





「明日、リハーサルすら失敗しそうな気がして。練習……しにきたんだ」


 絢斗はあいかわらず柚月とは視線を合わせないまま、言った。


「泉くんほど演技の経験があっても、緊張するんだ」

「経験あるって言ったってほとんど舞台だもん。ドラマもメインキャストの経験はほぼないし、……キスシーンは、初めてだし」


 不安げにそう言いながらも、絢斗はくちびるをかんで顔を上げた。


「俺、この先も演技をメインでやりたいからさ。

 そのためには今回、どうしても失敗できないんだ」


 真剣な表情で語る、絢斗。

 『失敗したら引退しよう』なんて甘く考えていた自分がはずかしくて、柚月は申し訳ない気持ちになった。


「キスのシーンって……こういう、夕暮れのシーンだったっけ」


 柚月は、胸にいたまま眠っていた台本を開きながら言う。


「そう。体育倉庫に閉じ込められてって……なってたな」


 シチュエーションはばっちりだ。

 夕暮れ時、人のいない場所。


 そして、二人同時に声を上げた。


「あの!」「あの!」


 二人とも、考えていることは同じだった。


「リハーサル……しておこうか」

「……うん」


 絢斗の言葉に、柚月もうなずきながら答えた。








「『……ハル、もうケンカはやめよう? みんな、ハルのこと誤解して……』」

「『ヒナがわかってくれてればいい』」


 絢斗は、柚月のほほに手をそえた。


「『ヒナだけは、ほんとの俺を見ててよ』」


 そう言いながら、絢斗は柚月に顔を近付ける。


 あと少しでくちびるに触れる、というところで、絢斗の動きが止まった。


「…………っ、やっぱ、ムリ……!」


 絢斗はこぶしを握り、うつむいてしまった。


 あれから何度か試しているが、肝心かんじんのキスシーンはできないままだった。


「不良役なんて正反対すぎるし、相手が逢坂って思うとなおさら……」


 絢斗の言葉に、柚月はズキンと胸が痛んだ。

 柚月の表情がゆれたことに気付いたのか、絢斗はあわてた様子で言う。


「って、そうじゃない。ごめん、逢坂が悪いわけじゃないのに」


 絢斗はなんとかごまかしたものの、柚月はぶるぶると首を振った。


「ちがうの。私こそ、全然自信なくて、明日が来なきゃいいのにって思ってた。

 ダメだったらもうモデルも引退しようって、そんな中途半端な気持ちで……」


 話しながら柚月は、涙がこぼれそうになる。

 綾斗に迷惑をかけるかもしれないと思うと、ますます苦しくなってしまった。


「私が相手役だと、本当に泉くんを失敗させちゃうかもしれない」

「逢坂、そんなこと心配しなくていい」

「でも……」


 絢斗は首を横に振りながら、申し訳なさそうに柚月の肩に手をおいた。


 絢斗を困らせていることに気付き、柚月はさらにまゆを下げた。

 うつむきながらも、自分の暗い感情にふたをする。


「引退って……なんで?」


 綾斗の質問に、柚月はうつむいたままで答えた。


「モデルの仕事は楽しいけど……私、他のことは全然ダメで。

 なんとかしなきゃって演技のレッスン始めて、どんな役でもがんばるって思ってたのに……」


 代役だから。本業じゃないから。綾斗の相手役だから。


 そんなふうに言い訳を並べて、うまくいかなかったら辞めようだなんて。


「なんの覚悟もできてなくて……中途半端な自分が、嫌になる」


 こぼれそうな涙を必死にこらえた。

 明日一緒に撮影をする相手に、こんな弱音をはいている自分にも嫌気がさす。


 絢斗はやさしい笑顔を浮かべ、ひかえめに柚月の頭をなでた。


「逢坂は、中途半端なんかじゃない。

 中途半端なヤツは、三年もモデル続けられないよ」


 綾斗の言葉に、柚月はおどろいて顔を上げた。


「私がモデルやってるの、知ってたの……?」

「当たり前じゃん。

 逢坂ががんばってるの……デビューした時から、ずっと見てたよ」


 当然のことのように綾斗が言うので、柚月は言葉を返せなかった。


「同じ業界に入ったからこそ、続けるのがどれだけ大変かはわかる。

 俺は、逢坂のことすごいって思ってるよ」


 柚月はとうとうがまんできなくなって、泣き出してしまった。

 心をめつけていたものが、ゆるんでいくのを感じた。

 






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