06 2人だけのひみつ
「あ、今日のキスシーンね。振りでいいからね」
翌日。
現場で監督から言われた言葉に、
「あれ、マネージャーさんから聞いてなかった?
もうしちゃった、とは言えず。
「カメラワークでパァーーーンと回すから、顔近づけるだけでいいよ」
固まる二人をよそに、監督は身振り手振りで話を続ける。
「そ、そういう大事なことは言っとけよ…………」
思わずぼやいた絢斗に、
「何よ、うちのゆずとキスしたかったの?」
「………っ!!」
柚月は思わず吹き出しそうになるのを、なんとかこらえた。
監督の指示通り、キスシーンは振りで行われた。
演技中にも笑ってしまいそうになるのを、絢斗と柚月はなんとかがまんした。
「いや~! 二人とも良かったよ!!」
「初日なのに、息ピッタリでしたね!」
「初日から
撮影後の打ち合わせで、監督と
なんともいえない表情で、絢斗と柚月はやり過ごした。
「ほんと、なんだったんだよなぁ……」
打ち合わせを終え、
柚月はがまんできなくなって、吹き出した。
「ふふっ……あはははっ!」
「マジ、笑えねーよ」
そう言いながらも、絢斗も笑っていた。
「なんか、緊張してたの……ほぐれちゃった。振り回されて私たち、バカみたい」
「それな。まぁ、初日うまくいって良かったじゃん」
無駄に緊張していた自分たちがおかしくて、不安もプレッシャーもいつのまにか飛んでいっていた。
(でも、キスは、しちゃったな)
しなければいけないキスと、しなくてもいいのにしてしまったキスとでは、意味合いがだいぶ違う。
「えっと、ごめんね。練習だけど……キス、しちゃって」
「俺の方こそ。……あれは二人だけの、ひみつな」
なんだか照れくさくなって、柚月は絢斗の顔をうまく見られなかった。
「……あのさ、いっこ、聞いていい?」
「え?」
絢斗は言葉をにごしながら、思い切った様子で柚月に尋ねる。
「
「い、いないよ。いたことないよ」
「えっ?!」
柚月が答えると、絢斗は驚いた様子で聞き返した。
「ま、マジで……?」
「そんなに、驚く?」
「いや、俺、ずっと彼氏いるんだって思い込んでて……」
柚月が理由を聞こうとすると、天音が迎えに来た。
話の途中だったが、天音を待たせるわけにもいかない。
絢斗に声をかけ、立ち上がろうとすると。
「逢坂」
そう言って、絢斗は柚月の手を引いた。
おどろいて、柚月が振り返る。
「俺はあれ、うれしかったから」
突然のことに、柚月の頭には「?」がたくさん浮かんでいた。
「それだけ。お疲れさま」
なぜかうれしそうにそう言って、絢斗はパッと柚月の手を離した。
「う、ん。お疲れ」
「あれ」ってなんだろう、と考えながら、柚月は絢斗に手を振った。
天音の車に乗り込み、柚月はもやもやと考える。
(「あれ」ってもしかして……)
美術室での、「あれ」のこと?
うれしかったって、どういうこと?
うぬぼれてしまいそうな気持ちを必死におさえて。
抱きしめたカバンに顔をうずめながら、柚月は美術室での絢斗とのキスを思い出していた。
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