02 完璧男子とのキスシーン






 オーディション合格のしらせから1週間後。

 今日は、テレビ局で台本ホン読みが行われる。


 柚月ゆずき以外の出演者は、すでに顔合わせ済みだった。

 急に代役が決まった柚月だけ、どの出演者とも会っていなかった。


「ヒナの少女時代役の逢坂おうさか 柚月です。よろしくお願いします!」


 事務所社長の天音あまねと一緒に、大御所おおごしょの出演者から順に、あいさつ回りをする。


「代役ってことで大変だろうけど、がんばって」


 やさしく気遣ってくれる出演者もいれば、


「話題作りのキャスティングかな? まぁ、がんばって!」


 と、冷ややかな返事をくれる出演者もいた。


(実際、話題作りの意味もあるんだろうから、しかたない)


 今回のドラマのメインカップルであるハルとヒナは、中学の元同級生という役どころ。


 その中学時代を演じるのが、である絢斗あやとと柚月ということになる。

 たしかに話題性はばつぐんだ。


「逢坂さん」

いずみくん」


 あいさつ回りの途中で、柚月は絢斗とすれちがった。


「今回は、よろしくお願いします」

「こちらこそ……よろしくお願いします」


 絢斗のあいさつに、柚月が返す。中学に入ってから、はじめて言葉をかわした。

 よそよそしい二人のあいさつに、周囲の大人たちも不安に思った様子だった。







 それから一週間もたたず、ドラマのキャストが公開された。


「ね、ね! もう二人はリハーサルとか、やったの?」

「まだ、台本ホン読みだけだよ」


 学校中は、ドラマの話題でもちきりだった。


 となりのクラスとの合同授業になる体育の時間は、とくにすごかった。

 体育館に座って先生が来るのを待っているあいだも、柚月と絢斗はそれぞれ同級生たちにからまれていた。


「ねぇ! あのマンガが原作ってことは、二人……キスするの!?」

「いや、あ、ど、どうかなぁ~……??」


 そう。原作となるマンガには、中学時代のストーリーでキスシーンがある。

 そして、今回の台本にも―――絢斗ハル柚月ヒナのキスシーンが書かれてあった。


 トき(人物の動作など、演技を指示する書き込みのこと)にもとくに何も書かれていなかったから……


(たぶん、本当にするんだろうな)


 想像するだけではずかしくなって、柚月は体育座りのままひざに顔をうずめた。


「キスシーンとか、ヤバくない?! 同級生なのに~」

「えっろいな~! うらやましいぜ、泉!」


 絢斗を茶化ちゃかす男子の声が聞こえる。

 絢斗がなにか言い返していたが、声は聞こえなかった。


 どんどんゆううつになって、柚月はその場から逃げ出したかった。








 絢斗は、小学五年生の終わり頃に、同じクラスに転校してきた。

 昔は同じ校区内に住んでいたけど、小学校に上がる前に引っ越して、家の事情でまたこの地域に戻ってきたらしい。


 クラスメイトとして話した記憶はあるけど、深いかかわりはなかった。

 絢斗は転校当初から女子の人気のまとだったので、必要以上に近寄らないようにしていたのもある。


「泉、シュート!」


 コート内でバスケットボールのパスを受け取り、絢斗がゴールを決めた。

 女の子たちが、黄色い歓声をあげる。


(アイドルで、演技もできて、顔も良くて、スポーツ万能ばんのうで……)


 完璧ともいえる同級生と、演技とはいえキスするなんて。

 考えれば考えるほど、柚月の気持ちはしずんでいった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る