第54詩 『美麗たる歌い手と楽器の姉妹は名残惜しさを背に街を離れ旅を続ける』
日没後までも続いていたバレーノと弦楽器のブリランテによるステージ演奏、そして久々にハメを外した【バルバ】の街の人々のどんちゃん騒ぎ。音楽に満ち溢れた、【バルバ】の風景。
やがて日付が変わり、みんながみんな疲れ果てて、寝息やイビキを憚らずに眠りに付いた頃……パンパンに張り詰めた荷物を背負い、弦楽器のブリランテを抱え持ち、フード付きの真っ白いローブを着たバレーノの姿が、【バルバ】の街の外にある【ウヴァ】の農園の真横にあった。
『いいのか?』
「……ん? 何がかな、ブリランテ」
『誰にも言わずに街を去って……こんなにちゃんと、誰かと関わりあったのって、かなり久しいだろ』
「……そうだったかもね。吟遊詩人になってからだと、二週間も泊まった街なんて、なかったと思う」
『寂しくないのか?』
「もちろん寂しいよ。でも、わたしはブリランテと音楽を通じて旅をする吟遊詩人……流浪の旅人というのは、その別れの寂しさを糧に、見知らぬ地平線を歩き続ける……またいつか、どこかで逢えることを信じてね」
『もし……バレーノが。あたしたちのどちらか片方が、弦楽器になる呪いのような現象を解くヒントを探して、無理して旅をするなら辞めて、ここに一生留まってもいいんだからな?』
「ありがとう。でも無理はしてないし、わたしはどうしてこうなったか探し続けるよ……一生涯懸けても、見つからないかもしれないけどね」
『見つかったら奇跡だよ。あたしたちからしてみれば、ある日眠って起きたら、もうこうなってた……って感じだし』
「うん。だけどそのおかげで得られたものもある……この吟遊詩人としての生活とかね」
『なら良いけどさ。やっぱ、わからないことだらけだな。色々推論だけは喋ってみたけど、この街の惨劇を【滅びの歌】と表現したのも、あたしたちの身に起きた【滅びの歌】みたいなやつも』
「……どちらも昔のことだからね。そして当事者の一人のようで、ただ巻き込まれただけ……ジーナさんの心境に、わたしたちは似ているんだろうね」
『その割には、色々と意見を求めて来たな』
「伝えたでしょ。【バルバ】の街に音楽が禁止されてるのは、もったいないなって思ったんだよ」
『それは、窮屈だから?』
「うんん。必要のない我慢を、しなくていいと感じたから」
『何が違うんだ、それ?』
「やりたくてもやれないのと、やりたいのに胸に閉まってるか……の違いかな?」
『へー……子どもの頃から聖女と呼ばれてた人は、あたしとは異なる感性を持ってる』
「揶揄わないでよ。あのときのわたしもわたしなんだけど、なんかこう……喉が痞える感じ……巧く声が出せているのか疑心暗鬼になる感じになってたよ」
『ははっ。あたしからしたら、箱入り娘の方が楽だったと思うけど?』
「何言ってるの。わたしを連れ出したのは、ブリランテでしょ?」
『お願いしたのはそっちだ。このまま連れ出して欲しいってな』
「……そうだったっけ?」
『とぼけたフリはやめな。バレーノの嘘はバレバレだし、あとちっとも面白くない』
「えー、酷いなー」
『……満足してるか? バレーノ』
「……してない。吟遊詩人というのは、音楽というのは、無限にも等しい彩色があるから。満足なんてする暇もないよ」
『……そうかい』
「そうそう」
『はあ、そりゃ難儀だね……こんな音楽に魅了されまくった姉に、あたしは付き合わなくちゃいけないとはねー』
「嫌だった?」
『違う違う。これは子どもの頃にあたしが思ってたことなんだけどさ、例えば人以外の何か……動物のぬいぐるみや、幻獣や、楽器になったら、人間よりは気楽に生きられるのかなって想像してたことがあったのよ』
「感受性豊かだね」
『なんせ子どもの頃だから、あたしにも探究心みたいたものが少なからずあった。けど実際、こうして楽器になってみると、自称流浪の吟遊詩人にこき使われて重労働……ずっと天井を眺めるだけの人生なんて夢のまた夢だったなーって、全然楽じゃなかったわ』
「あはははは、ごめんごめん。もうちょっとセーブした方がいい?」
『もうとっくに諦めてるから、遠慮なく使って』
「……そういえばさ、ブリランテ」
『ん? なに?』
「わたしが人間の姿でいることの方が、遥かに長いのはいいの? ブリランテも元の姿でいたいなってときくらいあるでしょ?」
『ああ。あたしは別に……人の姿じゃないってのも新鮮で悪くないし、楽器なんて持ってもおもりにしかならないし、それこそ吟遊詩人に間違えられて、演奏や歌唱を求められても困る……バレーノ・アルコって名前の吟遊詩人に泥を塗りたくないし、これでいいんだよ。またバレーノに頼まれたら出て来る……いざというときに妹が姉を守るのも、カッコいいと思わない?』
「……カッコいい。でも、その逆もあることを忘れないでね、ブリランテ」
『ああ……』
「じゃあ、そろそろ行こっか?」
『そうだ、怪我は大丈夫か? クレイってやつとやり合っていたときも、噛まれた右腕を満足に動かせてなかっただろ? だからあたしを呼んだんだからさ』
「……うん。そのための静養でもあったから。でも、もう大丈夫だよ。さっきの演奏も観たでしょ?」
『ならよしっ。どこに行く?』
「んーそうだねー……じゃあ、音楽が栄えているらしい、隣街にしよう。ふふ、そこにはどんな音楽があるんだろうなー、楽しみっ」
バレーノは【バルバ】の街の遠景から視線を外し、フードを被って銀白色の髪の毛を隠し、身体を半回転させ、弦楽器のブリランテを構え持ったまま流浪の旅人に戻る。
たおやかな所作で流々としたまま。
名残惜しくも麗々としたまま。
流麗たる吟遊詩人は両耳を塞いだ街で華々しく弾き奏で想い唄う SHOW。 @show_connect
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