第53詩 『爛々たる立派な舞台の上で吟遊詩人は相棒の弦楽器と一緒弾き奏で想い唄う』

 それから。【ウヴァ】のワインの試飲と軽食を済ませたバレーノは、ジーナに御礼を述べてからギルドの外に出る。


「あっ! こんなところに居たのか!」

「居たのかー」


 そこにバッタリ出会したのは、さっきまであくせく走り回っていたのか、額に汗が煌めく少年二人……ヴィレとピーロだ。


「おお、ヴィレくんとピーロくんじゃないですか。何してたの? あっ、もしかして世のため人のために駆け巡る正義の執行官の責務を——」

「——違う……いや違わないけど、今はウンベルトたちが主導の手伝いをさせられてんだよ」

「ほー手伝いですか……イタズラの罰じゃなくて?」

「おまえから罰してやろうか化け物め」

「白い化け物ー」


 舌打ちをしながら、イタズラの罰なんかじゃないとピーロが言い返し、ヴィレが更に乗っかる。

 今日も二人の息はぴったりだなとバレーノは所感して、密かに背負ったブリランテを撫でながら、戯けながら笑みを浮かべる。


「あはははは、冗談冗談っ」

「分かればいいんだ分かればよ……つか、誰のせいで手伝わされてると思ってんだよ、なあヴィレ」

「そうだそうだー」

「え? 誰のせい?」


 会話の流れからだと、一体誰のことを示唆しているのかほんとうに検討が付かなくて、バレーノはキョトンとした目をする。


「……あれ? これマジで分かってない?」

「うん。わたしマジで分かってない」

「はあっ……オーケー、おれたちに付いて来い」


 苛立ちを押し込めたような、呆れ返ったような溜息を大きく吐き出してから、ピーロは親指だけ突き出した右手で彼自身の後方を示し、言葉通りの意味をジャスチャーでも告げる。


「今から?」

「ああそうだ。つか、どのみちそこに向かうことになるんだから、都合が良いまである」

「確かにー」


 そうやっつけ気味に言いながら、ヴィレとピーロはバレーノの横をすり抜け、我先にと歩みを進めて行く。振り返って彼らのこぢんまりとした背後ろを眺めながら、こういうエスコートも悪くないと胸に留め、バレーノは二人の後を追う……そして歩幅の有利を活かして接近し、ヴィレとピーロの背中を軽く触れる。


「せーの、とりゃあっ」

「うぎゃっ!?」

「ぐおお!?」


 突然背後を取られ、押すというよりは軽く撫でられるみたいな異質な衝撃を受け、ヴィレとピーロで対照的な喫驚っぷりを見せる。ヴィレはオーバーリアクションで身体を震わせ、ピーロは反射的に飛び引くように前方へと駆け出して振り返る。


「……なんの真似だ」

「何って、二人の真似だよ? ほら、二人してわたしを背中から蹴飛ばしたことあったでしょ?」

「うわ仕返しかよ。大人げねぇな」

「こんなのかわいいものだよ。あとちなみに、ほんとうに大人げないのはね? 膝小僧を擦りむいた慰謝料や、着ていた衣服が汚れたクリーニング代を請求すること……かな? ヴィレくんとピーロくんは、どっちが良かった?」

「うわー……それなら仕返される……いや違うっ、どっちも嫌だってのっ。もう案内してやんねー」

「金の亡者だっ! 逃げろー」


 リードがあったピーロが先行して走り出し、その後ろを和やかに騒ぎながらヴィレが追い掛ける。そんなわんぱくな二人の活気ある疾走をバレーノは見つめる。あと案内をしないと、逃げろと言いつつも、なんだかんだで二人とも速度の加減をして、バレーノが見失わない絶妙な距離を保っていたため、マイペースに歩きながらでも付いて行くことは出来た。やっぱり心優しい二人だなと、バレーノは再確認して遠回しな案内に信じて従う。


「おお……これは——」


 そうしてヴィレとピーロについて行って到着した先で、バレーノは感嘆を漏らしながら、やや見上げる。

 そこには一朝一夕で完成させたとは思えない、木材で組み立てられた特設のステージ。真っ白な布地の横断幕とカーペットに包まれて立派に出来上がっている。場所としては昨日まで、【バルバ】の街の空き地となっていたはずスペースで、急にこんなステージがお目見えしていることに、バレーノは大方理由を察しながらも驚きを隠せないでいた。


「——まさかとは思うけど、わたしのためのステージ……」

「どうだ? 気に入ってくれたか?」


 突如として真横から話し掛けてきたのは、ヴィレでもなくピーロでもなく、バレーノの背丈よりも大きく精悍なウンベルトだ。


「ウンベルトさん、これは一体——」

「——なに……大したことじゃないさ。ただ【バルバ】の街にとっても、過去と向き合う点でも、少しばかり派手なくらいがちょうど良い気がしてな……これがお前の、【バルバ】の街に音楽が解禁される始まりのステージだ。手造り感が満載なのは否めないが」

「……そんなことない。そんなことないですよウンベルトさんっ! ここっ、とっても素敵なステージですっ……いつもみたいな道端ももちろん良いですけど、観てくれるみんなを見渡せるステージ……ありがとうございますっ」

「……ああ」


 バレーノはつんのめりそんなくらいの熱量で、ステージを建設してくれたウンベルトに感謝の言葉を述べる。

 ウンベルトは大袈裟だなの若干引き気味で応対しつつも、ここまで喜んでもらえるのなら造った甲斐もあるものだと頷いて腕を組む。


「あっじゃあ……っとその前に、もうこのステージは完成しているんですよね?」

「一応な」

「じゃあじゃあっ! ブリランテと居ることですし、早速ステージを使わせて貰っても良いですか?」

「……俺がダメだと言っても、お前は弾いてしまうだろうが……娘を助けてくれたときのようにな」

「……はいっ、ありがとうございますっ!」


 明朗とした返事をしながらウンベルトの微笑を受け取り、再び歩き出しつつ背負っていた弦楽器のブリランテを手前に構え、簡易ステージの中央に立ち尽くすバレーノ。それから間も無くしてブリランテの弦が弾かれ、彼女による伴奏がリフレインされ、増幅器なんてなしでも【バルバ】の街に響き巡る。

 するとぞろりぞろぞろりと、バレーノという名の吟遊詩人のステージライブを一目みようと、【バルバ】の街の人々が集まってくる。中にはギルドと振る舞われたらしき【ウヴァ】のワインを片手に持っている人も居て、子どもたちの大業なレスポンスが轟いて、十年越しに取り戻された音楽に感涙が溢れ流れる。


 これこそが【バルバ】の街の再起を誓う、唯一無二の旋律であると言わんばかりに。

 バレーノはひたすらに無我夢中で、弾き奏で、やがて想い唄う。その演舞に、その奏激に、その吟遊詩人が織り成す振幅の強弱に、観衆たちのボルテージはあっという間もなく最高に達する。


『——ありがとうっ、いくよっ! すぅー……うつらうつらに呼び掛ける〜うららうららのこの世界〜荒れ果てた大地の足跡、産声を上げられない雛鳥。のらりのらりどこへ行こう〜くらりくらりと新たな街〜悲観した視線が突き刺さる……何をそんなに恐れているの〜〜〜っ、ならば唄おうっ! ソララララ〜。一緒に奏でようっ! リンシャンシャン〜。待って舞って!? タップクルリン。酌み交わすのはファンファーレ〜ついでに謳おう〜真っ赤な葡萄酒。看板娘のイチオシだっ〜〜あああああぁぁぁぁっ〜〜どこに向かうかあやふやの、苦悩〜絶えない日々の中〜こんな思い付いた歌くらい、唄わせてよぉ〜〜無我夢中にさぁ〜〜果実の匂いが漂う〜〜みんなの素顔が綻ぶ〜〜〜そんな華々しい大騒ぎ……ほら、この街に広がる〜っ。でも時々思い出すことは〜忘れようたってあるんだぁ〜〜そのたび胸が締め付けーられる〜だろう〜……どうしたって。だけどほら聴いてみてよー微かな音色鳴ってるよ〜それはどんなに小さくても〜〜生きてる証明。

 尊い出逢いを一つ〜〜静寂はシンフォニーに変わる〜〜あなたはまだ〜……独りじゃない〜〜優しい音が、届いているんだから………………ありがとうございますっ。続けてもう何曲かやっちゃいますっ……あっ、そうだそうだ、自己紹介を忘れてました。わたしの名前はバレーノ・アルコ、そしてこの子はブリランテ……しがない、流浪の吟遊詩人ですっ!』

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