魔王軍でも会議は無駄。第5話

 地下神殿から戻ると地上は夕日で赤く染められていた。

 もうそんな時間なのか、想像以上に地下空間で時間を費やしてしまったようだ。

 この時間ともなれば流石に会議も終わっていることだろう。

 なんだかんだで呑気なもので意味のない会議も日が暮れると、自然とそこで終了となる。

「旦那、無事に戻ってこれたんですね」

 沈みゆく夕日に目を奪われているとランスにそう声を掛けられた。

「うむ。よくわからんが私は気に入られたみたいだ」

 そう答えると、ランスは驚いた表情を見せる。

 オズワルドと違い顔に分かりやすく感情が出すぎた。

「マジですか。それはそれは……

 良かったですね」

 ランスは微妙そうな表情を浮かべてそう言った。

 あのオズワルドに気に入られることが、得なのか損なのか、ランスにも判断がつかないのだろう。私にもわからん。

「で、おまえの野暮用とはなんだ?」

 へらへらと笑っているランスだが、殺気ににも似た気を隠しもしていない。

 どんな野暮用かはわからないが、穏便にはいかないかもしれない。

「えっと、まあ、旦那はよくわかってないかもしれないんだけど、ここ、魔王国では力が全てなんですよね」

 そう言ってランスは肉食獣のように、犬歯を見せて笑って見せた。

 一瞬何を言っているか理解できなかったが、ランスの発する殺気からそのすべてを理解するのは難しくはない。

「ん?

 ああ、そう言うことか。私の力量を知りたいと?」

 この魔王国では力無き者の下につきたがるものはいないと言うことだ。

 それで一応は私の力を確かめておきたいのだろう。

「へへ、そうなんですよ。手下達にもせっつかれてましてね」

 恐らくはそれだけではない。

 妖魔達からもどの程度の力を持っているのか、調べて来いと言われでもしているのだろう。

「まあ、おまえもある意味被害者だからな。殿下を出迎えたばっかりに話を聞かされて」

 雇われ傭兵の立場からすれば勘弁して欲しい話だろう。

 板挟みもいいところだ。

「いやー、旦那が話が分かる人で良かった」

 笑顔でランスはそう言ってはいるが、その殺気は強まるばかりだ。

「おまえの獲物は槍か。名前通り突撃槍ではないんだな」

 冗談のつもりでそう言うと、

「一時期そう思って使ってはいたんですがね、どうもあれは扱い難くて」

 と返答が返ってきた。

 まあ、突撃槍など遊撃などが多い傭兵が持つ武器でもない。

 そもそも騎乗してこその武器だ。

「ふむ、では私にも何か獲物を貸してくれないか」

 手頃な武器が欲しい。

 武器の類なら一通り扱える自信はあるのでなんでもいい。

「その腰につけてる大剣は?」

 ランスが私の腰につけている大剣を見てそう言った。

 かなり大きな剣だけに目立つから、指摘されるのは当たり前なのだが、この剣はいろんな意味で使いたくはない。

「これは…… 殿下から頂いた剣なのだが、いささか扱いが難しくてな」

 苦笑するしかない。

 ミリオンズ時代に使っていた剣は先代魔王の最後の一撃を受けてへし折れるどころか、粉々に吹き飛んでいる。

 それの代わりにと、殿下から授かった大剣なのだが、いささか、いや、だいぶ訳ありの魔剣で早々に使える物ではない。

「それ魔剣の類ですよね? 旦那なら扱い切れるんじゃないんですか?」

 ランスはそんなことを言っているが、人間相手にこの剣を使えば間違いなく相手は死ぬ。

 それだけは確かだ。

「まあ、いいか。私も吸血鬼となった自分がどれほどのものか知りたい。

 こう見えて素手の武術も学んでいる。このままでかまわない」

 武器がないなら素手でも構わない。

 吸血鬼の肉体は恐ろしく力が強く、石のように固い。その上傷を負っても即座に治る。

 人間相手なら素手でも十分に戦えるだろう。

「随分と舐められてますな。

 まあ、いつでもその魔剣使っていいですからね」

 そう言って、ランスはぎらついた眼と犬歯を見せつけて来る。

「場所はここでいいのか?」

「はい、この広間なら観客も多いですし」

 ふと周りを見ると、ランスの手下の傭兵たち、それに亜人や妖魔の類も数名ほど大階段に腰かけてこちらを見ている。

 私の実力を図ろうとでも言うのだろうか。

「では、いつでもいいぞ」

 軽く手を振り準備運動をしつつそう言う。

 この傭兵がどれほどの腕か知っておくのも悪くはない。

「まあ、旦那も生前、あのミリオンズとかいう聖騎士だったんですよね?

 なら、今は吸血鬼だし…… 手加減いらないっすよね?」

 そう言ってランスは槍を構えた。

 槍というには、刃の部分がだいぶ長い。

 柄の長い剣とも見えなくもない、そんな武器を構えてはいるが、私の見る限りただの鉄製の槍だ。

 吸血鬼の肉体は石のように固く普通の武器では致命傷どころか傷を負わすこと自体難しい。

 また傷を負ったとしてもすぐに再生されてしまう。

 ランスからすれば勝ち目のない戦いだろう。

 傭兵の長として儀式的にでも、この魔王国では雇い主の力と自分の力を両方証明しないといけないのかもしれない。

 つくづくついてない男だ。

 私がそんなことを考えていると、ランスは舐められたと思ったのか、素早く距離を詰め槍を突き出してきた。

 吸血鬼の動体視力からすれば、ランスの動きなど手に取るようにわかる。

 もちろん、かわすことなど容易だ。反応速度も人間の時とは比べ物にならない。

 二、三度ランスの突きを軽くかわしてやる。

 そうするとランスは場所を一旦変えてから、一気に突っ込んできた。

 ランスの背後には沈みかけの夕日が見える。

 吸血鬼の目には暗い場所は平気でも、日の光は夕日でも眩しすぎる。

「目つぶしのつもりか?」

 そう言って、いや、挑発して余裕でその渾身の突きもかわしてやる。

 が、その突きは途中で軌道を変える。

 そうすることで夕日の光が槍の刃に反射する。

 その光は確実に私の目を捕らえた。

 これが狙いか。

 目を瞑り風切り音を頼りに手でその斬撃を受ける。

 狙われた箇所は首だ。首を跳ねるつもりでの本気の一撃だ。

 儀式的なもの? そんなことはない。このランスという傭兵は本気で私の命をとりに来ている。

 少し舐めていた。認識違いをしていた。この魔王国を甘く見ていた。

 ここは魔王の納める修羅の国だ。力こそが全ての王国だ。

「少し舐めていたよ」

 なら、私もそれに乗っ取り力を見せてやらねばならない。

 目が見える様になると右手首の辺りでランスの槍の刃を受けていた。

 痛みはさほどない。吸血鬼にとって痛みにすら思わない程度の刺激でしかないのだろう。

 その証拠に、槍の刃は私の肉体に食い込んですらいない。

 人間の肉体なら手ごと首を跳ねられていてもおかしくない威力なのだろうが、今の私からしてみれば脅威にもならない。

 手で防がなくとも、首の皮一枚切れることもない。

「ふぅ、首を取ったと思ってたんですがね」

 今の一撃も簡単に防がれたことに、少なからずランスも動揺しつつも軽口をたたく余裕はあるようだ。

「遠慮はいらないと言うことはわかった」

 そう言って、腕で受け止めている槍を力ずくで払いのける。

 若干の抵抗と共に槍は簡単に払いのけられる。

 やはり人間とでは、その基礎能力が違いすぎる。

 これで魔法も魔術師以上に扱え、その視線は人を魅了し従属させるというのだから吸血鬼とは優れた種族なのだろう。

 ただそれでもミリオンズに、ペシュメルガは負けたのだ。

「そうでないと、こちらも困るんですよ」

 そう言ってランスは距離を一旦とった。

 私も今度は拳を握り構える。

 聖王国の頃から伝わる古い実戦向けの格闘術の構えだ。

 ただ吸血鬼の肉体の強さで、人間相手に本気で殴りかかれば間違いなく殺してしまう。

 なら狙うならまず武器だ。

 武器でもへし折ってやれば、力の証明にはなるだろう。

 ランスは再び槍の間合いに入るべく前に出る。それに私も合わせて前にでる。

 突き出された槍に向かい、高速で手刀を振り下ろす。

 人間には目でも負えないほどの速さの手刀だ。

 手刀は槍の刃を簡単にへし折れる。

 だが、それでもランスは止まらず、すぐにへし折られた槍を捨て、腰に差していた短剣を抜き襲いかかってきた。

 一瞬、力を示す、というのではなく、私の暗殺でも命じられたのでは、と思うほどだ。

 とはいえ、脅威に感じなどはしない。

 軽く、とびかかってくるランスの顔面に拳を数発ほど、叩き込んでやる。

 種族としての肉体的なスペックが違うし、こちらは正式な格闘術、しかも建国以来戦い続きの国の格闘術を会得しているのだ。

 聖帝国とて戦争を続ける修羅の国ということには変わりない。聖騎士はそんな国の中でも上位の戦闘力を持つ実戦経験も豊富な腕利きの騎士達だ。

 そこいらの傭兵などに、例えミリオンズの力がなくとも戦闘技術で後れを取るわけもない。

 軽く打を打ち込んだつもりだったが、想像以上にランスは宙を舞ってから地面に着いた。

 これで良いだろう、と思うと既に日が暮れているし、いつのまにかに観客も増えている。

 中にはこの催しものを肴に酒を飲んでいる者もいる。戦時中だというのに呑気な者達だ。

「こんなものでいいか?」

 床で這いつくばっているランスにそう声をかけると、唸り声が帰って来た。

 打ちどころでも悪かったか、と思ったがそう言う訳ではない。

 ランスは這いつくばりながらも空を見ていた。

 日が沈み、現れた月を見て、獣のように唸っていた。

 そして、観客からも声援が上がる。

 どうも、私はまだ魔王国のことを甘く見ていたようだ。

 ランスが跳ね起きる。

 その体の筋肉がはちきれんばかりに盛り上がっている。すぐに上半身の服が筋肉ではちきれる。

 そのまま元の数倍程度にまで盛り上がっている。

 それだけじゃない。赤髪が目に見えて伸び始め、同色の体毛も物凄い勢いで伸び始める。

「ライカンスロープか…… 獣臭い男だとは思っていたが。

 燃えるような赤毛の狼男か、お前の事だったのか、戦場で何度か聞いたことがある」

 戦場に炎のような赤毛の狼男がいる。

 そんな話を生前聞いたことがある。

 その牙はミスリルの鎧をも貫き、その爪は大木もをやすやすとなぎ倒すと。

「そいつは、嬉しいなぁ、傭兵にとって名が売れることは華だからなぁ!!!」

 ランスは見る見るうちに狼男へと変貌していった。

 チラリと日の暮れた空を見ると満月が浮かんでいる。

 満月時の狼男は不死に近く、銀製の武器を用いない限り殺し切ることはできないという。

「なら、こちらもこの剣を抜くが問題ないな?」

 ただ、この大剣の前ではそんなものは意味がない。

 それだけの力を秘めた大剣であることは確かだ。

「旦那ぁ…… まだそんな甘っちょろいこと言ってんですかぁ?」

 そう言ってランスは大きく開き鋭い牙を見せて来る口から涎を垂れ流した。

「この剣はできるなら使いたくないんだよ。私的にもな」

 試験的に何度か剣を振るったことがあるが、大変なことになった。

 正直に言って殿下もこの剣を持て余していたのだろう、それを私に押し付けただけなのだ。

 この限りなく厄介な魔剣を。

「この姿になった俺は無敵ですぜぇ!!!!!」

 そう言ってからランスは勝ちでも確信したのか、遠吠えを上げ始める。

 随分と隙だらけだ。そのおかげで大剣を鞘から抜くことができた。

 この大剣は鞘から抜くのすら気を緩められない。

「はぁ、確かに狼男は月を見て力を得るのだろうが、それは吸血鬼とて同じことだろう?」

 狼男は月の満ち欠けの影響を強く受ける。

 そして、それは満月の時に最大の力を発揮される。満月の時の狼男は別物と思えるほどの力を有している。

 が、それは吸血鬼としても同じだ。

「ハハッ、違いねぇ!! だが、どっちが上かはっきりしないとダメだろうがぁぁよぉぉぉお!!!」

 人間時の数倍にまで膨れ上がった巨体でランスは襲いかかってきた。

 さすがにこの状態の狼男の爪も牙も受けたくはない。

「馬鹿な奴だ。死ぬなよ?」

 そう言って私は殿下より授かった破壊の大剣を構える。

 かつて魔神が持っていた魔剣。

 その魔剣はすべてのものに破壊をもたらすと言われている。

 殿下ですら使うのをためらう代物だ。

 なにせこの魔剣は…… 刀身に衝撃を受けると当たりかまわず破壊的な衝撃波を辺り一面に振りまく、まさに破壊の大剣なのだ。

 相手だけでなく使用者にもその衝撃波をもろに受ける。

 普通の人間などが一振りすれば、それだけで手がズタズタになり二度と剣など握れない手になるほどの代物だ。

 ただ殿下の場合は、痛くてかなわん、程度で済むようだ。また吸血鬼である私ならば傷を負ったところで再生するから、と授けて、いや、厄介払いで渡してくれたものだ。

 ついでに私が試し振りしたところ、吸血鬼の肉体ですら手から腕迄の血管が弾け飛び、両手とも血まみれになったほどだ。

 恐らくこの魔剣の力はミリオンズの鎧をも粉砕し得る力だろう。

 だからこそ、殿下も私にこの剣を渡したのだろうが、一振りするたびに両手から血を噴き出していたら、いかに吸血鬼と言えど戦い続けるなど不可能だ。

 それに乱戦にでもなれば、まず間違いなくまき散らされる破壊的な衝撃波は敵味方なく破壊を振りまくのだからまともに使えるわけもない。

 戦場でも使えたものではない。

 だが、こういった決闘の場であるならば……

 まあ、周りを巻き込むだろうが、こんなバカげた決闘を見ている方が悪い。

 丸太のようにまで膨れ上がったランスの右腕に魔剣を、一応は手加減して打ち込む。

 その瞬間、剣を握る両手に激痛が走る。

 破壊的な衝撃波が剣を持っている両手を走り抜けていく。

 見ると肘の辺りまでヒビでも入るかのようにぱっくりと割れて血が溢れだしている。

 だが、既に痛みが治まり傷が再生されていく。吸血鬼の肉体とは便利なものだ。

 ランスの方に目をやると、丸太のように太くなった右腕が跡形もなく吹き飛んでいた。

「いでぇぇぇぇ!!! いでぇぇえよぉぉぉぉ!! 俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ランスは床でのたうち回り、自らの血で血まみれになっている。

 ランスが死んでいないことに一安心してから声をかける。

「力の証明は十分かな?」

 そう言ってランスに破壊の大剣を向けてやる。

 そうするとランスは痛みに耐えながらも首を垂れた。

「ば、ばいぃぃぃい、十分でぇす、旦那ぁぁぁぁ」

 ランスは失った右手を左手で押さえているが、流石は満月時の狼男だ。

 右手の怪我が血の流れと共に、血管を作り、骨を作り、筋肉を作り、肉を作り、皮を作り、そうやって再生されていっている。

 吸血鬼ほどの再生能力ではないが満月時の狼男も不死身と言うことに嘘偽りはなさそうだ。

 この調子なら朝までには粉砕された右腕も生え直している事だろう。

 とりあえず、これでランスの野暮用とやらも終わった。

 明日には、また無駄な会議が始まる。

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