魔王軍でも会議は無駄。第4話

  「そうか」

 と、一言だけ返事を返す。

 そんなことだろうとは思っていた。

 記憶の中のベシュメルガは首を差し出しながらも、その表情は笑っていたのだ。

 少なくとも死を覚悟した者の表情ではなかった。

「おや、驚かないのですね」

 オズワルドがなにが嬉しいんだが、嬉しそうにそう言ってきた。

 不気味な男だ。

「そんな気はしていたからな。吸血鬼の王がその力を易々と赤の他人に渡したりはすまい。

 それにペシュメルガの配下の妖魔達は一向に私の命令には従わない。唯一従った風を装ったのは傭兵連中くらいなものだ」

 そんなことだろうとは思っていた。

 そうか、あのペシュメルガという男が復活をもくろんでいるのか。

 このことは殿下に後で伝えておかなばならない。いや、既に知ってはいそうだが。

「なるほどなるほど。

 わたしもまた、殿下同様ペシュメルガのことは好んでおりません」

 その言葉に少なからず安堵する。

 恐ろしい相手だが、それだけに利害が一致していれば頼もしい存在にもなりうる。

「みたいだな。なんでそんな奴が殿下の婚約者候補に?」

 殿下の言葉から、殿下はペシュメルガのことを好き好んでないことはわかっていたが、このオズワルドも嫌っているとはろくな奴ではなかったらしい。

 まあ、魔王国ではそういう者こそが好まれているのかもしれないが。

「聞くまでもないでしょう。実力ですよ。ここは魔王国です。

 わたしは、そもそも立候補しませんがね。これでも神に仕える身ですので」

 不死者が結婚しても意味はないか。と思ったが吸血鬼も不死者だ。

 まあ、伝承では吸血鬼と人間の間には子をもうけることができるらしいが。

 そもそも殿下は人間ではない。半人半神の存在だからそもそも関係がないのかもしれない。

「なるほど。で、私はいつまで私でいられる?」

 正確にはいつまで、私は私としてあの極上のアシュリー殿下の血を味わえるかだ。

 他のことは正直どうでもいい。自分の死など望むところだ。

「あなたが望らないつまででも。

 そのためにアシュリー殿も早々にあなたをわたしの元へ来させたのでしょう」

 それを聞いて驚く。

 だが、確かにアシュリー殿下がそのことを知っていることは不思議ではない。

 不思議なのは、なぜ私を助けようとすることだ。なにせ殿下からすれば私は父の敵のはずだ。

「私としては長生きしたくはないのだがね」

 こんな針の筵のような生活を長くは続けたくはない。

 殿下の血を味わえるから、今の私はただそれだけで生きながらえているようなものだ。

「おや、珍しい」

 と、オズワルドは少し驚いた表情を見せる。

 すべての人間は生にしがみ付くとでも思っている顔だ。

「どうも精神は人間のままらしくてな。

 しかも生前は聖騎士だ。魔物の国になじめると思うか?」

 実際馴染めていない。

 まず吸血鬼であるにもかかわらず異形の魔物を見ると、どうしても強張った表情を浮かべてしまう。

 それは相手からすれば侮辱されたとも取れる行為らしい。なので私の魔王国のでの評価はすこぶる悪い。

 先ほども感じている通り、ここは私にとって針の筵でしかない。

「それは心配ご無用。いずれ身も心も吸血鬼となり果てます」

 これも予想していた。

 ペシュメルガの言葉からも予測はできている。

 身も心も魔物となれば、それはそれで楽にはなるんだろう。

 だが……

「それはそれで嫌なものだな。

 それだとペシュメルガの奴に乗っ取られるのと何が違うかわからんな」

 自分が自分でなくなるのなら、それは果たしてどうなのだろうか。

 少なくとも、ヴァン・レイナードという人間、その人格は失われてしまうのだろう。

 それなら他人に乗っ取られようが大差がないように私には思える。

「それは確かに。

 まあ、それはともかくこの魔王国も遠くない未来に滅びます。

 それまでなら、何もしなくともあなたは、あなた自身でいられるとは思いますよ」

「そうか。なら、それでいいのかもしれんな」

 そう答えはしたものの、意外な発言だったことは確かだ。

 誰が見ても滅ぶのは時間の問題だが、それをしっかりと直視できている者は、魔物でも極わずかだ。

 それを正直に面と向かって言える者ともなると、どれだけいるのかもわからない。

 人はどうしても自分の欲望を、その願望を、未来に投影してしまう。

 魔王国が既に滅びかけということを正確に理解できている者は想像以上に少ない。

「聖王国、今は聖帝国でしたか? 彼らによってではありません」

「そうなのか?

 まあ、どっちでも構わん」

 ぶっきらぼうにそう答える。

 私には聖帝国のミリオンズ以外に滅ぼされる未来はわからないが、この男がそう言うのであればそうなのだろう。

「ふふ、随分と投げ槍ですね」

「自暴自棄なだけだ。今の私の楽しみは殿下の血を滅びるまでに何滴頂けるか、それだけだ。

 今の私は、それのためだけに存在している」

 そして、できるならば、殿下が倒れるその場にいて、その尊き血の中へ私も倒れる様に、その血で溺れる様に、私も死にたいものだ。

 今の私からすれば、それが至高の終わり方だろう。

「まあ、いいでしょう。

 アシュリー殿が気に入ったように、わたしもあなたを気に入りました。

 では、これを」

 殿下もこの男も私の何が気に入ったかはわからないが、オズワルドは赤い石の付いたネックレスを一つ投げてよこした。

「これは?」

 受け取って見て見ると、その赤い石からは妙な、じっと見て見ると吸い込まれるような、そんな怪しい輝きを感じずにはいられない。

「封蝋血石という魔石の一つです。

 その石にペシュメルガの魂を封じ込め、さらに、これはおまけですが、あなたの精神の吸血鬼化を止めるための、神の祝福を授けておきました」

 授けておいた。

 このオズワルドはそう言った。

 現状をすべて理解して、その上で用意しておいたとでも言うのだろうか。

 だが、どうせ死ぬなら騎士として戦場で死にたい、できれば殿下の隣で共に倒れるまで、死力を尽くしたい。なにより自分のままで死にたい。

 ヴァン・レイナードとして、最後に仕えた殿下の騎士として死にたい。

 そう思うこともある。

 吸血王にこの体を乗っ取られる、それも構わないと思いつつも、よくわからない奴に体を乗っ取られるのは正直ゾッとしないし、我を失って訳も分からず魔物として死ぬのもできれば避けたい。

 こんな魔物に身を堕としてしまったからこそ、死に方ぐらいは潔くありたい、そう考えてしまう。

 だからこそ、私からしても、これはありがたい贈り物である。

 ただ、ここは虚勢を張っておく。

「私は死んでも乗っ取られても構わんのだがな。

 随分とそのペシュメルガの復活は望まれていないのだな」

 その言葉に、オズワルドはゾクっとするほどの奇妙な笑顔を浮かべる。

「ペシュメルガの目的もアシュリー殿の血です。

 その血を全て吸いつくし、闇の女神の血を取り込もうとしているのですから。

 アシュリー殿が嫌うのも、闇の女神に仕えるわたしが嫌う理由もおわかりになるでしょう?」

 もっともな言い様だが、それ以上にペシュメルガという人物そのものが気に喰わない、と言った表情にも思えて仕方がない。

 だが、そういう理由なら、私も当てはまるのではないのだろうか。

「殿下から血を頂いている私はいいのか?」

「数滴程度なら、まあ、許容範囲です。それに、アシュリー殿の意志の元であるのならば、わたしが止める筋合いは、そもそもありません。

 ペシュメルガのやつはアシュリー殿の血を吸いはじめ、力関係が逆転すれば、血だけなくアシュリー殿自体を喰らうことでしょう。

 そうともなれば女神の血脈は途切れます。

 それは闇の女神に仕えているわたしとしても良くないことですから。どうしても避けなければなりませんでした」

 まあ、確かに私は私の理性があるうちは、血の製造元であるアシュリー殿下そのものを喰いたいなどとは思いもしないだろう。

 もちろん、理性があれば、だが。

 吸血鬼の血への渇望の前では、そんな理性など障害にすらならない。

 そして、私も既に血への渇望から、アシュリー殿下の血を、その身からすべて飲み干したい、とは既に考えてしまっている。

 だが、封蝋血石のペンダントがあれば、これが精神の吸血鬼化を防ぐというのであれば、その血への渇望もある程度、抑えてくれると期待はできるのではないか。

「で、私であればまだ安全と。

 なるほど。それで念のために私の精神の吸血鬼化も防いでくれると……

 私としては早く楽になりたいのだがな」

 吸血鬼化して生き恥を晒し続けているようなものだ。

 早く無になれるのであれば、無になって楽になりたいとも考えている。

 ただ自死する選択肢はない。殿下にもそれとなく止められている。

 軍門に下ったと自分で認めたせいか、殿下の言葉にはどうにも逆らい難い。ある種の呪いなのかもしれない。

 ただ不思議に思うのは、オズワルドにとってもペシュメルガほど危険ではないが、私も危険な存在のはずだ。

 なのに、ここまでしてくれるということは、まだ私の知らない何かがまだあると言うことなのだろうか。

「まあ、そう遠くない未来、それもかないます。生きたいと思うのであればこの地を離れることをおススメいたしますよ。

 破滅を望むのであれば、それまでアシュリー殿の忠実な下僕でいてください。

 そうである限り、わたしもあなたの味方でいましょう」

 そう言って、オズワルドはニヤリと笑みを浮かべた。

 この魔王国を亡ぼすような事態が、ミリオンズ以外にも起きると言うことだろう。

 その首謀者は恐らく…… まあ、考えなくていい。

 オズワルドの言葉通りなら、それは私の最後として理想的ではあるのだから。

「ああ、わかった。

 その提案は概、私の理想だ。

 ただ吸血鬼の血への渇望は理性で押さえつけれるものではない」

 これだけは伝えておかねばならない。

 吸血鬼の吸血衝動は抑えがたいものがある。

 殿下が私を簡単にあしらえるうちは問題ない。

 だが、血を頂くことで吸血鬼としての力が高まり殿下より強くなってしまった時に、血への渇望で理性を失ってしまったら……

「日に数滴程度ならあなたがアシュリー殿をしのぐことはないでしょう。あの方は歴代魔王の中でも最強に近い。

 しかし、そういう意味ではアシュリー殿も、本当に良い人材を見つけた物ですね」

 その言葉に少し引っかかるものを感じる。

 が、それを指摘してはいけないと私の危機管理能力が全力でそう言っている。

 なので、こう口にする。

「都合のいい、だろ?」

 これは自分でもそう思う。

 殿下もいい手ゴマを手に入れたと、案外思っているのかもしれない。

「はい。全くその通りで。

 ほかにお困りなことはありますかな?」

「そうだな。あの無駄な会議をどうにかして欲しい位だな」

 毎日無駄にあの意味のない会議に時間を取られている。

 その時間を別の事に費やせれば、ここでももう少し気楽にできるかもしれない。

 差し当たっては、このあとランスの野暮用に付き合わなければならない。

「ほほぅ、いいでしょう。

 明日は、わたしもその会議に出席いたします。ちょうどいい頃合いですし」

「わかった。戻って伝えておこう」

 名前が出ただけで、あの面々がざわついていたのにもかかわらず、オズワルドが出席するとなると、あの会議に出ている面々がどう反応するのか、少し楽しみではある。

「では、その封蝋血石は肌身離さず身に着けておいてください。

 それがわたしとあなたの契約の証ともなるでしょう」

 オズワルドはそう言って満足そうに不気味な笑みを浮かべた。

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