エピローグ? 一方その頃、もと居場所では


「あの……すみません、ここがちょっと分からないんですけども……」

「自分で調べて。あと、そこ間違ってる。マニュアルは?」

「えっと、探して見たんですけど、どこにも載ってなくって……」

「そんなわけないでしょ。探し足りないのよ、もう一回きちんと探してみて」


 そういって新米職員くんは、先輩の席から追い返されて元々シュレムちゃんの居場所だった自席へと戻っていきました。その足取りはとぼとぼとしょげくれており、目つきはなんともやさぐれています。


「はぁ……」


 そう溜息を吐くと、「溜息なんてしない。ギルド員たるもの、他の魔法使いの見本となるべくしゃんとしていなさい」と耳ざとく聞きつけた別の先輩に言われます。


 もう、彼の心は限界でした。


「えーと、マニュアルマニュアル……」


 新米職員くんは入った時に与えられたマニュアルをデスクの上から探し出します。

 そこには次から次へと間を置かずに投げられる仕事の書類が雑多と積み重なっており、整理整頓などなったものではありません。

 そこからかろうじて引っ張り出したしわくちゃのマニュアルに目を通しますが、やはり彼の求めていた記載はありません。


「こんなんどうしろと……あ、そうだ……」


 彼は少し離れたところにあるファイルから、一年前の書類を取り出します。

 そう、我らがシュレムちゃんが残した仕事の履歴です。


「ええと、ちょうど今月くらいの書類の中に……あ、あったあった」


 そこにはシュレムちゃんが引っ掛かった部分に関するワンポイントメモがびっちり付箋で張られています。

 そこに書かれていた手書きのメモを見つつ、彼は何とか自分もまた頭を悩ませていた部分の処理に成功します。


「ふー、これで大丈夫だな……でも次は、うっ」


 彼の次の仕事は、二年に一度のものでした。

 つまりシュレムちゃんは処理しておらず、従って過去に学ぶなら二年前の書類を見なければならないのですが……。


「役に立たないしなぁ……」


 なにしろ彼女より以前の人間が処理したものはロクにまとめられておらず好き勝手に大雑把に保存されており、例外的な処理をしたとしても何一つメモを残していなかったのです。そんなのを参照したところで、今の彼にはさっぱりです。

 手がかりもなしに処理しなければならない仕事、せめてとっかかりでもあればいいのですが、一年目の彼にお役所仕事のいろはなどまだまだ身についていません。つまり山ほどある参考資料の中から時間をかけて必要な情報を引っ張り出してくるしかないのです。

 そのうえで次から次へと追加される仕事に、常に誰かしらから言動を見張られているというプレッシャー……その精神的負担は決して軽いものではありません。


「うぅ……」


 入れ違いでここを辞めたシュレムちゃんのことを新米くんは直接知りません。

 ただ周囲の人は無責任だとか恥知らずだとか、どこかでのたれ人でいるに違いないと陰口をたたいていますが、彼らの言う言葉を額面通りに受け入れることもできません。なにしろそうしている人々の姿と言ったらはたから見れば醜いことこの上なく、信用に足るものではないからです。それよりもまだ、自分のしたことをきちんと整理整頓して残しているシュレムちゃんのほうがマシだと思えます。


「……」


 俺もやめようかな、と彼は内心で軽く考えながら仕事を続けます。

 ……その軽い、チリのような僅かな思いが積もりに積もってやがて山となる時はきっとそう遠くないお話なのかもしれません。







 ですが、それはまた別のお話。

 名もない彼の未来の勇気ある決断も、シュレムちゃんの活躍も、これ以上ここで書くようなことではございません。

 なにせ改めて文字にするまでもなく、彼ら彼女らの味わった災難は現実にいくらでもありふれているのですから、そんなものをこれ以上書き連ねたところでくどいばかりで溜飲が下がるわけでもなし。

 下らないありきたりなお話など、これにてすっぱり幕引きとさせていただきとうございます。

 この後をどうしても知りたいというのであればぜひ、ご自身の周囲に目を向けてみてはいかがでしょうか――きっと簡単に見つかると思いますよ。

 それでは、もう二度と会わないことを願って、私はここいらでペンを置くことにさせていただきます。



             シュレム・ホワイトフィールド及び、結局仕事を辞めた名もなき新人より。

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【完結済】新米魔法使いちゃんの脱ブラックギルド語り ~「みんなやってるから」はもうごめんです、私は自分のペースでテキトーに頑張りますので放っておいてください~ 揺木ゆら @Yuragi_1203

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