第51話 同盟締結
着替えを済ませると、ライゼルはイヴァン13世の元に戻った。
「いやぁ、お待たせしてしまって申し訳ない」
白々しく謝るライゼルに、イヴァン13世が口を開いた。
「作戦会議は済んだかな?」
「ええ。それはもう」
紅茶を溢して着替えに行き、態勢を立て直すところまで読まれているというのなら、隠しておく必要もない。
悪びれもせず答えるライゼルにイヴァン13世はわずかに笑みを浮かべた。
「……それで、バルタザール卿は認めてくれるのかな? こちらが送った援軍は……」
「もちろん。閣下のおかげで先の戦に勝利することができました。心よりお礼申し上げます」
先ほどとは打って変わって、礼を述べるライゼル。
殊勝な心掛けだ、とイヴァン13世は思った。
こちらの援軍を認めてくれるというのなら、当然その見返りも期待していいということになる。
さて、ライゼルは何を差し出してくれるのか……
「閣下にご加勢頂いた以上、こちらもお礼をせねばなりますまい。……つきましては、閣下に黄金を贈りましょう」
「ほう……」
予想外の返答に、イヴァン13世は目を剥いた。
金のないバルタザール家のことだ。てっきり、土地か権益を差し出すものと思っていた。
だというのに、ライゼルは黄金を差し出すと言ってきた。
ライゼルには金のアテがあるのか、あるいはハッタリか……
「シェフィ」
イヴァン13世が声をかけると、シェフィが大きく頷いた。
……つまりはアテがあるということだ。
「バルタザール卿のお気持ち、よくわかった。ありがたく受け取るとしよう」
イヴァン13世に差し出された手を握り、ライゼルが握手をする。
「……つきましては、閣下にお願いがあるのですが……」
「お願い?」
「新たに金鉱を採掘するにあたって、支援していただきたいのです」
「ほう……」
ここにきて、ライゼルの意図が読めた。
金鉱を採掘するべく、こちらの支援を引き出す。そのために黄金を贈ると言い出したのだ。
たしかに、支援がなくては金が掘れず、金が掘れなければ黄金を支払うことができない。
援軍の見返りが欲しいというのなら、さらに金や人の支援をしろ。
ライゼルは暗にそう言っているのだろう。
「……いいだろう。バルタザール卿の口車に乗るとしよう」
◇
イヴァン13世が条件を飲み、ライゼルは内心安堵していた。
バラギットが大事に持っていた宝の地図とはいえ、現状はただの紙切れでしかない。
これを金に換えるには莫大な金と人足と資源が必要になるのだが、現状バルタザール家にはどれも足りていない。
本当なら商人に出資させたいところだが、ただでさえ借金がかさみ信用のないバルタザール家に新たに金を貸してくれるとは思えない。
そこでイヴァン13世の力を借りることにした。
バルタザール家が新たに金鉱の採掘を計画し、その支援にモノマフ王国が乗り出したとなれば、金鉱の存在に箔をつけることができる。
『あのモノマフ王国が支援しているのだから、金鉱は本当に存在するのだろう』
そう商人たちに思わせることができるのだ。
そうなれば、商人たちから出資が見込める上、金の存在が金の流れを生み、さらに領地を発展させられるだろう。
もっとも、ここまでの話し合いが賭けに近かったものだけに、イヴァン13世の支援を引き出せるか綱渡りになってしまったが、それでも賭けに勝つことができた。
これでバルタザール家は十分建て直せるだろう。
内心ご満悦でイヴァン13世の手を取るライゼル。
そんな中、部屋の扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのはアニエスだった。
以前、バラギットの側近にして帝国の元官僚、ローガインを討った際、奴の首の処分に困ってアニエスに任せていた。
おそらくはその報告だろう。
「ローガインの首ですが、モノマフ王国との国境にほど近い場所に埋葬しました。帝国本土からも離れており、これならまず見つからないかと」
「よくやった」
本当であればもっと早くに処分したかったのだが、安全に処分できたのならそれに越したことはない。
借金といい、ローガインの首といい、面倒事が一気に片付いた。
ライゼルの支配を崩しうる要員があらかた片付き、ライゼルは内心祝杯を挙げるのだった。
◇
一方、上機嫌になるライゼルを尻目に、イヴァン13世は戦慄していた。
間違いない。ライゼルの側に侍っているのは、アニエス・シルヴァリアだ。
皇帝に対し謀反を企て流刑に処されたはずの者で、それがなぜか今はライゼルの側近として重用されている。
それだけではない。先ほどのライゼルとの会話には、ローガインの名も出ていた。
口ぶりから察するに、おそらくライゼルは皇帝の側近ローガインを討ち、その死体を始末したということだろう。
大罪人を登用するのはもちろん、皇帝の側近を討ったとなれば、ライゼルの意図は明らかだ。
(まさか、皇帝を討つつもりなのか……!?)
思えば、当初あれだけゴネていた援軍の件も、着替えから戻ってからあっさりと認めるのもおかしな話だった。
おそらくあの話自体、こちらを懐柔し、あるいは味方につけるための策だったのか。……いや、支援を約束させられた時点で、事実上同盟国にさせられたと言っても過言ではない。
そう考えれば、最初にゴネていたのも、こちらの目を援軍を送ったか否かに反らすための芝居だったとも考えられる。
二重三重に張り巡らされた計略の数々には、なるほど、これがライゼルという男なのかと感心させられる。
寡兵で大軍を破る軍才以上に、この謀才は驚異的だ。
それだけに、見てみたい気持ちになる。
……このライゼルの才が、どこまで帝国を脅かせるのか、と。
「……この歳になって、大望を抱くとは思ってもみなんだ」
「閣下?」
「いいだろう。お主の才に賭けてやる。……共に帝国を倒そう、バルタザール卿」
「えっ!?!?!?」
◇
イヴァン13世の思ってもみない言葉に、ライゼルは動揺を隠せなかった。
もちろん、ライゼルには帝国をどうにかしようなどという意図はなく、ましてや倒そうなどとは微塵も考えていない。
いったい何がどうしてイヴァン13世はそのようなことを言い出したのかわからないが、まずは誤解を解かなければ……
「あの、閣下、お言葉ですが……」
「陛下! ということは、モノマフ王国はバルタザール家と正式に同盟を結ぶということですか!?」
「そうなるな」
小さくガッツポーズするシェフィ。
やめろ。これ以上俺を追い込むな。
「閣下、あのですね……」
「ライゼル様が打倒帝国……まさか、私のために……!?」
期待と歓喜の混ざった眼差しを向けてくるアニエス。
やめろ。そんな目で俺を見るな。
頭を抱えるライゼルに、カチュアがこっそり耳打ちした。
「驚きました。ぼっちゃまがそこまで考えていたなんて……」
「カチュア、違うんだ。これは……」
「逃げたくなったらいつでも言ってくださいね? 私はいつでもぼっちゃまの味方ですから」
カチュアからの全幅の信頼が心に圧し掛かる。
そんなことを言われると、余計逃げにくいではないか。
(ちくしょう……借金も内乱も、面倒なことは全部片付いたと思ったのに、なんでこんなことになるんだよ!)
これから待ち受けるであろう苦難を前に、自分の運命を呪わずにはいられないライゼルなのだった。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて本作は完結です。
本作を完走できたのは、ここまで応援してくださった読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
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怠惰で小物なクズ領主、保身ムーブかましてたら深読みされすぎてなぜか名君扱いされてしまう 田島はる @ABLE83517V
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