第50話 バラギットの地図
「はて……何か勘違いしておられるのではないですかな? たしかに、私の配下にはシェフィという者がおりますが、閣下の仰る者とは別人ではありませんかな?」
(コイツ……あくまで惚けるつもりか……)
ライゼルの白々しい態度に、イヴァン13世が歯噛みする。
ライゼルに貸しが作れると踏んだからこそ、先の戦いでは漁夫の利を狙わず傍観したのだ。
ましてや、こちらの手駒であるシェフィが戦果を挙げたのだ。
この交渉でライゼル側から何かしら貰えなくては、わりに合わないというもの。
だというのに、ライゼルがこちらの支援を認めないというのなら、話が進まないではないか。
「先の戦いの様子はシェフィから聞いている。……敵軍が撤退しようとしたところでシェフィが堰を切り、退路を塞いだと。これが支援でなくてなんだというのだ?」
イヴァン13世がぎろりとライゼルを睨みつける。
……そういえば、あの戦いではたしかに突然大河の水が溢れ、濁流となってバラギット軍の退路を塞いでいた。
何が起こったのかよくわかっていなかったが、シェフィが手を回していたのか。
「……………………」
これは認めてもいいのか。認めない方がいいのか……
口ぶりからして、おそらくイヴァン13世はシェフィの行動を軍事支援と称し、その見返りを得ようというのだろう。
しかし、相手は隣国の国王。何を要求されるかわかったものではない。
また、こちらはただでさえ借金を抱えた身。向こうの要求次第では財政破綻しかねない。
それならいっそ、向こうの支援を認めない、という手もある。
もちろん、向こうの言い分を認めなければ関係悪化は避けられないのだが……
「おっと、失礼」
不意にライゼルの手がテーブルの上のカップを倒してしまい、零れた紅茶が服を濡らす。
「……申し訳ないが着替えてきても構いませんか?」
「かまわんよ」
イヴァン13世の許可が下りると、ライゼルが席を立つ。
カチュアを伴って控えの部屋に戻ると、ライゼルは息をついた。
「どうしたもんかなぁ……」
イヴァン13世の言い分を認めてしまえば、どんな要求をされるかわかったものではない。
かといって、認めなければ関係悪化は避けられない。
まさしく前門の虎。後門の狼。
「せめて、こちらにも交渉に使える材料があればいいのですが……」
カチュアが物憂げにこぼす中、控え室の扉が開けられた。
やってきたのはシェフィだった。
「すみません。わたしのせいでご迷惑をおかけしてしまって……」
「シェフィ……」
「わたしがモノマフ王国の援軍として戦うことで、バルタザール家とモノマフ王国、両家が手を取り合うきっかけになればと思ったんですけど、裏目に出てしまって……」
「……………………」
「やっぱりダメですね、わたし。何をやっても失敗ばかりで……」
シェフィの目元に涙が浮かぶ。
おそらく、シェフィは本気で両家が手を取り合えると思っていたのだろう。
しかし、実際はライゼルはイヴァン13世を警戒し、イヴァン13世もまたライゼルに対し野心を露わにしてる。
これでは手を取り合うどころか、両家の間に溝ができかねない。
「……俺はシェフィがいてくれて良かったと思ってるけどな」
「えっ!?」
「シェフィのおかげで開拓地が発展したし、少なくともシェフィが居なきゃ、俺はグランバルトで叔父上に殺されてた」
「ライさん……」
「ライゼル様の言う通りです」
「カチュアさん……」
「シェフィのおかげで、ライゼル様の負担も随分と軽くなりました。……たとえスパイだったとしても、シェフィは大事な友達です」
「その節はすみませんでした……」
カチュアにちくりと責められ、シェフィは小さくなる。
「……そうだ。叔父上の屋敷で地図を見つけたんだ。俺にはさっぱりわからないから
シェフィに見てもらおうと思ってたんだ」
荷物から地図を広げ、シェフィに手渡す。
バルタザール領が記された地図には数字やら図形が刻まれており、さながら暗号の様相を呈していた。
「これは……測量? この数字……埋蔵量? じゃあこれは……」
隅から隅まで目を通すと、シェフィの目が輝いた。
「ライさん、これ金鉱脈の地図ですよ!」
「なんだと!?」
元々、バルタザール領は帝国最大の領地ということもあり、多くの鉱脈が眠っていた。
現在はその多くが借金のカタに商人に差し押さえられているが、新たな金鉱脈が見つかったのなら、借金を全額返せるかもしれない。
(どうして叔父上が反乱を起こしたのか不思議だったが、なるほど。これがあったのか……)
金鉱脈があるとわかれば、手の打ちようもある。
「ありがとう、シェフィ。これでなんとかなりそうだ」
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