第2話

 「では先輩。行きますよ」

 そうフラクタスは、ファイル片手に部屋を出ていった。その後を追い誰も居なくなったドアに鍵を閉める。

 ふと、隣から泣き声と社員の声が聞こえるがどうでも良い。僕は煩わせる事柄の抑制を行っただけだ。

「怖いよぉ」

「ヴィデオーさん。コレ全然暴れないですがどうします?」

「なら薬は使わなくていい。そのまま続けろ」


 どうやら、僕のした事は正しかったらしい。暇な時間を多少投資して、事が支障なく進むのであれば本望だ。


 僕は、その後フラクタスの運転する車で現場に向かった。


 二人での処理。いつものことだ。


 確かに、その場所に対象は居た。いや、有ったと言ったほうが正しい。変哲のない部屋の中央、生活感あふれる空間に異端な物。ここでは、水入らずの夫婦で暮らしていたようだ。正方形状のへの隅にあるタンスの上には、笑った二人の写真が飾っていある。

 そんな他愛もない幸せだった部屋の中央、天井に無理やり取り付けられた太りロープに破片が居る。


 いや、現状を確認しよう。糞尿のキツイ臭いを漂わせ微動だにしないソレ死体は、ロープにぶら下がり腕に酷い自傷跡が生々しく残っていた。

「先輩。これ日常的に切ってた上にエスカレートして自害って感じっすかね?」

「そうだろうな」

 いや、しかし自傷箇所に疑問が残る。右腕下腕中部、確かに酷い自傷では傷付いている事もあるが、手首には一切、手が付けられていない。同様に左腕にも何も特筆する傷はない。


「しっかし、絞首は見ててキツイものがありますね。それはそうと人格吸い出し開始します」

 そうカバンから取り出した装置を対象の頭に刺し、パソコンを操作し始める。


 周りを見渡すが何もない。

 ワンルームアパートのこの場所は、変わらず生活感があるものの全てにホコリが被っていた。

「フラクタス。何故この場所の特定に時間がかかった?」

「通報が匿名かつ代理だったんですよ」

「時期は?」


「半月前です。場所特定に苦労はなかったんですけど、処理順番的に今になった感じっすね」


 半月前にしては放置されてから時間の経った部屋に見える。

「なら何故、腐らない?」

「え? あーそうですね。たぶん何かあるでしょうから血液サンプルも回収しておきます。よし。人格の吸い出しに成功っと」


 フラクタスが元気よくエンターキーを押す音が部屋に響いた。しかし次に響いたのはエラー音だった。

「あれ? Bootエラー11? 知らないエラーだ。先輩なにか知ってます?」


 11エラーは何かしらの妨害行動により人格起動失敗を意味する。または、起動トリガーだけがNULL、つまり破壊されている場合に発生する。ここは、特に磁場によるスキャナーへの影響は無いはずだ。影響が無くデータ破損が無いならば、元から脳のエネルギー循環が行われなかったと言う意味に成る。

 つまり、生きている時に既に死んでいる事となる。または、死んだ後に改変させたか。

 前者はありえないとして、後者が事実ならば一大事では済まない。


「フラクタス今、すぐにAT社アメジストテクノロジー社直属解析班に協力を求め、その後、遺体を回収し刑事部内に緊急会議を要請。血液サンプルも報告後に即刻採取」

「は、はい!」


 後者が事実ならば、ナノマシンだ。今は極一部の機関でしか使用されてない危険性の高い兵器。そんな物が、世の中に出回ったならば反乱、市民の混乱が考えられる。問題が大きすぎる。


 僕は、カッターと小型の試験管を取り出し足先に傷をつけた。重力の束縛に抗う力を無くした血液は、傷から滲み滴り落ち試験管に入っていく。血液の入った試験管を、遠心分離をするように振り、沈殿物を見る。

 黒い鉄粉のような物が簡単に沈殿した。


「先輩! 電話を代われって。お願いします」


「はい。代わりました。ペトラです」

「ティオーだ。ペトラ、君は何がしたい?! 直属解析班への協力要請とは、刑事部の解析班を使えばよかろう」


「ナノマシンです。確認しました」

「ナノマシンだ? ふざけるな。そんな物そんな場所にあるはずがない」


「そうです。ですが、遺体の未腐敗、脳の起動トリガーの破壊、そして足先から採取した血液より、黒い沈殿物が確認されました」

「未腐敗はナノマシンに関係無かろう」


「ですが、原因は未知です。そして、もしナノマシンではなかったとしても自然的な起動トリガーの破損は、例を見ない貴重なサンプルに成るでしょう」

「エラーコードは」


「11です」

「11だと? 9ではなく?」


「11です」

「11か。わかった直属解析班を刑事解析室へ向かわせる」


「ありがとうございます。班長。遺体はこちらの回収班に回収させます」

「わかった」

 乱雑に電話が切られる。


「先輩。そんなにエラー11ってマズイっすか?」

 状況を呑め切れていないフラクタスが不安げに言う。

「エラー11は09と同じ、人格起動が出来ない状態だが、09と違い完全に起動できないかつ、起動トリガーのみが完全に破壊されている事を指す。しかも人為的にな」


「人為的にって、死んだ後に誰かが脳を触ったって事ですか? そんな痕跡がありませんが?」

「壊すものが元から仕組まれてたとするならば?」


「本当なんですか?」

「本当だ」


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過負荷 生焼け海鵜 @gazou_umiu

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