過負荷

生焼け海鵜

第1話

 人とは醜く美しい。無論、感情もその一部だ。僕は、その感情を思い出せない。それでは、ただ醜いだけだと自覚し、腐った世の中を歩く。有情行動迷惑防止法なんて知らない。知りたくもない。魔女有情者狩りだ。魔女有情者裁判だ。僕は知らない。

 ただ息をしつつ、不当な治安維持をして厳格で幻覚な世界を作り続ける。そうだね。幻覚ならばどれほど良かったか。

 しかし、これ無情主義以外に人間の群れを自由を維持しつつ操る術などない。全て論理で動けば良い。そうしたならば、民主主義も上手くいく。

 愛などどうでも良い。生産性を生まない老人など、害の他ならず、親の有難みは知らない上に、無論どうでもいい。権限は子へ継承されるべきであり、親は継承後、社会から手を引けば良いのだ。そう抜け殻だ。

 だから僕は無情主義、論理主義を支持する。自由は幸せの対にある。自由社会は自衛が出来なければ安全ではない。よってそれは危険が伴う為に幸せではない。監視社会は行動、そして未来が予測され従っているならば自衛する必要はなく、危険を伴わない。よってこれは幸せである。

 無情社会は、感情を制限する代わりに自衛する項目を減らしているのだ。正しい事を言えば自衛できる。しかしどうだろう? もし感情があるならば空気感や相手がどう思っているか、を考慮する必要がある。とても面倒くさい。そして正解がない。

 間接的に、実力主義でもある。


 そんな世界が僕は好きだ。大好きだ。大好きなはずなんだ。


 気づけば朝だった。外では雀が鳴いている。

 人は僕の部屋を独房だと言った。カーテンから無造作に入った朝日が、最低限の家具以外ない部屋を薄明るく照らし、クローゼットは立方体特有のコントラストを描いていた。

 そんな、まるでコンピュータグラフィックのような部屋に足を置く。ペタペタと素足が床に吸い付く音を発して歩いた先にはいつものクローゼット。明かりなど灯さず、中身すら確認せず、取り出し身につけるいつもの制服。これは随分と着慣れたもので、もう目を瞑ってすら身に着けることが出来そうだが、非効率な為やめておく。


 重々しいドアを開け外に出ようとした時、女の声がした。

「いってらっしゃい。ペトラ部長?」

 そうだった。先日管理を押し付けられた故障有情化した模造品だ。僕が部屋をあとにするまで、視界に入ってくるなと言った覚えがある。


「あぁ。行ってくる。それと、冷蔵庫の中身を整理しておいてくれ、僕は基本全て食べない。腹が減ったならば自由に食べて良い。あと呼び捨てでいい」

 そう告げて部屋を後にする。


 向かう先は、共用の洗面所だ。朝の支度というものは、非常に面倒だなと思うが、実際に歯を痛めてみると、その価値観は直ぐに崩れ落ちた。あの、ズキズキと第二の心臓如く、熱く脈打つあの痛み。思い出しただけでも背筋が凍る。


「おはようございます。先輩!」

 

 廊下を歩いていると、そんな声と共に、肩を叩かれた。


「なんだい。フラクタス。調査の進展でもあったのかい?」

「それがありました。朝の現状報告の時に追って報告します」


「非効率だ。今端的に話してくれないか?」

「それなら、いいっすけど。要するにあの有情人ゆうじょうしゃの現在位置が割れたって話ですよ」


「わかった。ありがとう。持ち場に戻ってくれ」

「先輩、自分の稼働時間覚えてないっすか? 今は休みっす。先輩は歯磨きに?」


「ああ。そうだとも。あの忌まわしき虫歯を予防しに行くのだよ」

「忌まわしきって、普通はならないんですけどね。永久歯に生え変わる頃、人口の歯に全て差し替えるので」


「と言っている君も、歯周病にはなるのだよ」

「変わらず手厳しいっすね」


 コツコツと革靴の音が響く。やはり無機質な世界に。

 ただ、仕事をこなす。そんな世界だ。でも悪い気はしない。


 水で顔を洗い、歯を磨く。鏡に映った自分の顔に薄っすらクマが出来ている事に気付いているものの、支障は無いため無視をする。

 浴場のシャワーみたいに複数並んだ、洗面器。僕の横にはフラクタスが顔を洗っている。


「先輩。今日向かう現場も忙しくなるっすよ」

「あぁ。そうだな」


「朝食は、食べました?」

「まだだ」


「そうっすか。自分もう済ませてますので、先に部署行ってます。では今日も御願します」

「了解」


 そう、洗面所前から去っていった。


 朝食、そんな物は完全食ゼリーで良いと思っている。食堂の給付所に取りに行くのも少し面倒だが取り行くしかない。

 食堂は、洗面所の階層を二階降りた場所に有る。行くすべは、階段、エレベーター、エスカレーターの三種だ。なお、時間には余るほどの余裕がある。

 後者二種は比較的早く着くが体の運動量が少ない。しかし疲れないという面においては優れている。

 前者の階段は、運動量の増加及び時間の浪費。


 そっと自分のお腹を見下ろす。少し柔らかい気がする。確かに、最近社内から出ることが殆なかった。つまり運動不足だ。

 もし、後者の二種を選択したとして余り時間はどうするべきだろうか? 答えは無。特にするべき事は無い。

 ならば、軽度といえど運動に入る階段を選択するのが好ましいのでないだろうか?

 決定。階段を使用する。


 この建物は、いわば学校と同じような構造をしている。現在僕の居る場所は、三階の最左部。食堂は洗面所直下の空間。踊り場のある階段を二つ下ればいい話だ。階段に足を下ろす。タン、タン、タン、と一定のリズムを刻み高度が低くなっていく。


 目的の場所に到着した。ただ二階層ほど下っただけなのに、足裏がじんわり温かい。

「おはようございます。ペトラ様。通常通り完全食ですか? それともお掛けになって甘い物に致しますか?」

 食堂前、入口のメイド模造品が口を開いた。

「模造品なのに気が利くな」

「模造品なんて恐れ多いです。人間様の真似をしている機械ですよ。そのご様子ですと前者ですね。ではこちらです」


 そう、やや太いチューブに入ったゼリーを差し出してきた。

 満面の笑みで、人間よりも美しいその美貌で。言われた業務を言われた以上に遂行する。よっぽど人間らしいと思う。

「ありがとう。また頼むよ」

「はい。そう言ってもらえて嬉しいです。なので私はここでお待ちしています!」


 何かが引っかかった。


「君、個体識別番号は?」

「え、あはい。GAC汎用生命体0001II0012です」


 ポケットから端末を取り出し、電話をかける。


「「はい。こちら備品管理センターです」」

「II0012に故障有情化の前兆が見受けられた」


「「あーやっぱり、駄目でしたか。先日、同様の通告があって検査したのですが問題が無かった為に戻しだばかりなんですよ。型も最も古いので処分ですね。別にペトラ氏が管理下に置いてもいいですよ?」」


 そう長々と女の声が言う。


「これ以上は支障が出る、タスクを増やしたくない為ごめんだ。どうすれば良い?」


「「こちらで、回収班を派遣しますので、到着まで監視をお願いします」」

「非効率だ。私が連行しよう。私の部署の隣だろう」


「「わかりました。ではII0012の身体機能を停止させます。ものといえど人間のそれと同じ重量ですがよろしくお願いします」」

「了解した」


「「それにしても厳しいですね。こちらは別に支障がないので多少目を瞑っていたのですが」」

「ヴィデオー、それでも君は部長なのか?」


「「そうですね。ではお願いします」」


 通話が切れた。


 目の前には、崩れ落ちたメイドが居る。青ざめた様子で、ゆっくりと生きをしていた。

 そんな体を、おぶさり歩き始める。

 背中に生き物の温もりと生々しい重さを感じる。メイドは、青ざめながらもどこか嬉しそうのしている。

 気持ち悪い。お前はこれから処分殺されるのだぞ。どんな心情をしているか想像もしたくない。否、出来ない。

「模造品。何故、嬉しそうなんだ」

「ごめんなさい。なんだかペトラ様に触れている事が嬉しくて」


「くだらない。僕の前で予兆を見せなければ、別の形で触れてやったのに。それで仕事が効率化するならば断る道理はない」

「私が言うのもあれですが、それも故障ではありませんか?」

「そうだな。それも故障だ」


 メイドから怯えの感情が消え、どこか落ち着いて包容的だった。

 通りかかる人間は不思議そうに僕の事を眺めている。


「なぁメイド」

「は、はい!」


「処分される時、どうしたら暴れない?」

「分からないです」


「では提案だ。僕が抱きしめれば暴れないと約束するか?」

「え? はい」


「声が小さいが本当だな?」

「はい」


「了解」


 気付けば備品管理部と看板のかかったドアの前に居た。

 僕は端末を取り出し、コードを打ち込む。II0012身体機能有効化。そんなコードだ。


 そして、ここは一階の最右部。通常誰も居ない。


「ほら立って」

「はい。でも良いんですか?」


 そんな言葉に返答している時間はない。立ち尽くしているメイドを抱きしめる。

 抱きしめたまま、言葉をかける。

「これで暴れないな?」

「はい。でももう少しだけ」


「わかった」

「ありがとうございます」


 数瞬後、体を離し再び身体機能を無効化する。メイドは嬉しそうに目を瞑っている。


 ドアをノックし名前を呼ぶ。

「ヴィデオー。持ってきたぞ」


 ドアが空き、小柄なヴィデオーが顔を出した。

「ありがとうございます。ペトラ氏では、身柄を」


 身柄を渡した後、自分の部室に入る。そしてフラクタスがこう言った。


「稼働時間には数分早いですが全員揃っているので始めます。有情人犯罪人狩りの始まりです。


 今回の対象は、F区羽咲町209番地、建物名海羽荘の301号室。自宅のアパートにて深夜に泣き喚き近隣住民の生活を侵したとして、有情行動迷惑防止法違反の疑いで逮捕状が出ています。

 容疑者は大柄な男性な為、強度の抵抗も予想されます。心してかかってください。


 では行動開始」







情報1


者 ...人間を模した人工生命体である。ホルモン等により体質変化が行いやすい女型が大半を占める。AT社の製品であり売上数は半導体処理装置の次に当たる。なお特化型も存在する。例えば愛玩用「SACxxxx」、労働用「LACxxxx」等である。しかし出荷量の九割は、全てをこなせる「GACxxxx」汎用型人工生命体である。かなり人間に近い容姿をしているが、生物学上全くの異った生物である。その為、人間との生殖は不可能であり、そもそも生産されている者が全て性別は雌であるため事実上、同種での生殖も不可能である。生態として恒温性生物かつ卵生である。鳥類と哺乳類の間に存在し耐疲労性にも長けている。出荷時、神経管理用ナノマシンを注入され、管理システムを構築する。この管理システムは、身体活動を有効化無効化可能であり、無効時、人間で言うならば喋れはするが金縛りと同じような状態になる。本システムにより脳神経の活動も制限され業務以外での思考レベルは著しく低下する。


政権 ...AT社は国を掌握する為、社内の権限、国の権利は五権分立制度を採用している。行政、立法、司法、倫理、刑事である。これらは完全な別組織として機能しており、全てがやや対立している。なおこの組織はCEOですら不可侵であり、操作される事はない。行政は、司法の許容範囲内で動き、国内のありとあらゆる統計データ等を収集する。そして制度などを改善改修した後、問題視された法の抜け穴を立法に提出する。立法は、司法の許容範囲内で動き、行政より提供された情報を元に思考された法案を審議し適用させるか否かを倫理と共に決定する。司法は、立法により適用された法を使用し、容疑を裁く。この時、倫理の協力を求める場合もある。倫理は、司法の許容範囲内で動き、国民により成り立つ組織であり、立法や司法の一部の決定権を保有する。同時に刑事への監視権を保有し、刑事が犯罪を犯したと判断したならば行政、立法、司法いずれかの合意があれば、国民裁判を起こす事が出来る。そして問題視した組織は、一時業務を停止し、状況報告書を提出する義務が発生する。これは、司法の許可があればその限りではない。刑事は、司法の許容範囲内で動き、容疑者等の身柄を確保する権限を持つ。基本は司法の要請時に行動を行うが、同時に行政、立法、司法、倫理の監視を行う。しかし司法内部での容疑のみ司法の許容範囲に限らない。

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