エピローグ4 夏休みの終わり

 二人であの陽キャと陰キャのところへ戻ったら、沙代を見てギルベルトがほっとしたように笑みを浮かべた。

 きっと沙代の気持ちを聞いていたか──もしくは彼なら察していたのでしょう。

 にこやかに沙代を迎えたギルベルトは、二人で念願のうるストに入っていく。その際、こっそりと感謝するような会釈をされた。直後、店内から聞こえるテンション高い騎士の声。


 ──感謝をしたいのは私の方なのにな。


 彼らを見送ってから、ユリウスの隣に腰掛ける。ベンチに置いた指がユリウスの手に触れたけど気持ちは不思議と穏やかだった。

 反対に隣の魔王様がビクッと全身を跳ねさせたけどね。


「……幻滅なんてしてないよ」


 言えば、脊髄反射のような勢いで顔を向けられたのを横に感じる。早すぎてちょっと怖かった。


「でも──」

「ユリウスは悪くない。私が、自分に自信がなかっただけ。傷つけてごめん」


 学校の校舎の陰でユリウスに問われた言葉を回想してから、私は口を開いた。


「お前は道場に来ないのか。って、前に聞いたじゃない?」

「それは……その、悪かった」

「いいの気にしないで」


 すでにその問いの理由を知っているユリウスが狼狽えたので、手で制す。


「前にも話した通り、私はお兄ちゃんや沙代と違って才能ないからさ、みんなの期待を裏切ってしまうのが怖かったのと同時に……二人からもすっかり呆れられたんじゃないかって思ってたの」


 こんな出来損ないが兄妹で恥ずかしい。って。

 でもそうじゃなかった。


「学校で、ユリウスが言ったじゃない? 沙代が、姉は強いと言っていたって」


 そう言ってチラリと視線を向ければ、頷き返される。


「そうだ。勇者はここへ俺を連れてくるときに、そう言った。姉は自分と違って強いのだと、会ってみるといいと」

「え、そこまで断言をされて来たの?」


 なんだか思っていた以上の高評価を受けていたみたいで、畏れ多いけどちょっと心がムズムズとした。


「でもユリウスから聞いたときは信じられなかったんだ。思い当たることがなにひとつなくて。でも、さっき沙代が──」


 改めて自分で言葉にしたら、不意に視界がぼやけた。喉がひくついて言葉が詰まる。


「私みたいに、なりたかったんだ。って、言ってくれた。ユリウスの言葉は本当だった……」


 言葉にするにつれて、目からも熱いものが溢れた。こんなつもりではなかったのに、恥ずかしいけど止まらない。

 うう、汗だ! これは心の汗!

 そんなことを思っていたら、頭にポン、と温かい感触。


「……良かったな」

「もう~~っ、ありがどう~~……っ」


 堪えようとしたのに、涙腺が決壊してしまいました。

 そんなことをされたらこうなるよぉ……!


 すっかり顔を覆って俯いてしまった私ですが、深呼吸で気合を入れてから、涙を拭って顔を上げる。

 私の頭に置いたままの手に自分の手を重ねて、ユリウスの顔をしっかり見て。……相変わらずもさもさ髪で半分が覆われているけれど、それはもう慣れた。

 今なら聞ける。


「真名が、私には加護になるって言ってくれたとき、あの……使えるのは一人だけとか言ってたけど……」


 とはいえ、心臓はバクバクですけれど。


「ユリウスは、私が好きなの?」


 意を決して口にした。と、そのとき、風が吹く。

 ふわりと目の前の黒髪がなびいて、赤いルビーのような瞳が現れる。


 ──その顔が、驚きからはにかむような笑みに変化した。

 

 それだけで、心臓が破裂するかと思いました。顔はまたすぐに髪に覆われてしまったけれど、ほんの一瞬でも破壊力は抜群だった。


「ごめんやっぱりちょっとまだ見れないぃっ!」

「──なぜだ!?」

「ユリウスがカッコ良いからだよおおぉぉっ!」


 顔を覆って嘆いたら、返事がない。

 おそるおそる指の隙間から覗いたら──首まで真っ赤にしたユリウスが見えました。


 そんなこっぱずかしい空間を作り上げていた私たちの元に、駄菓子を買い込んだ面々が戻ってきたためこの場は強制終了。


 すると翌日からユリウスはなぜか率先して道場に赴き、ギルベルトと沙代の扱きにくらいついているらしい。と、満足気な顔した父から聞いたときは首を傾げるしかなかったのですが……


「なぜって、ユリウスが魔力を使わずお父上と兄上殿に挑むにはまだまだだからな! 特に兄上殿だ! あれがラスボスというのだろう!?」


 というギルベルトの言葉に全身が熱くなり「あれかあぁーっ!」と叫んでしまったのは仕方ない。

 ちなみに我が家も元の姿に戻ったユリウスについては「ふーん」で終わりました。いや、でもまあこれは予想ついてた。


 なんて賑やかな日々が続いても、夏休みの終わりはやってくるわけで──夏の終わりとともに異世界組は帰ることになったのです。



 ギルベルトとマルゴさんは、本当はこんな田舎でのんびりスローライフを送っていられるほど暇な立場ではないらしい。

 仕事は山積みらしく文字通り泣く泣く戻ることになりました。けれども、それもあくまで一旦だと言い張ってはいますが。


 沙代は勇者の仕事は終わったとばかりに、来年のインターハイに燃えています。「だってもう向こうでやることないし。じゃあギルまたね」とあっさりしすぎてて「さみしい!」とギルベルトが号泣してました。

 マルゴさんも兄に「さみしい!」と言っていましたが「いや、俺は夏休み終わったら大学戻るんで」の一言であっさりと異世界への帰還を決めていました。

 各々らしすぎてむしろ感心してしまいますよね。


 そして当然ユリウスも帰ってしまいます。

 彼はルーディーとヴェンデルをこちらに残して、向こうでの魔族と人間の在り方を変えると約束していました。それが叶えば魔力を返すから、待っていてほしいと。

 うん。それが魔王様としての一番の目標だものね。この件に関してはギルベルトやマルゴさんもやる気満々なので心強そうです。


「アヤノにも、その時には向こうの世界を見せたい」

「異世界を!? すごい! それは楽しみ」


 やはり行けるならば行ってみたいです、異世界!

 私とユリウスは強制終了してしまったあの日以来、なんというか焦れ焦れとした距離感のまま今に至ります。でも、まあ、ユリウスにはそれよりも大変なことがこれから待ち受けているんだし。

 だから仕方ない──でもやっぱり、


「さみしくなるなぁ……」

「大丈夫だ」

「ぅわあっ!」


 ついしみじみと言ったら、ギュッと両手で両手を握られました。そして目の前に迫る顔。

 身体は大きくなったのに所作が少年姿のときと変わらないから、たまに急な距離の詰め具合に脳がバグを起こす! そんな私の気も知らないで、ユリウスは自信ありげに口元に笑みを浮かべた。


「この俺が凱旋するんだぞ。誰であろうと行く手を阻むことなどできはしないし、愚か者には裁きを下すまでだ」

「おおぉ……ひえぇカッコ良い……っ!」


 この前までいたたまれなくなっていたはずのセリフに、心臓がドキーン! と破裂しそうなほど脈打った。

 段々とこの口調にも慣れてきたどころか、ときめき始めた私はだいぶ染まっているのかもしれません。

 横で沙代がとんでもない渋面をしているのが目に入ったけど、見ないふりをさせてくれ。 


 最後の最後までらしい言葉を残して、彼らはマルゴさんの魔法陣が放つ光に消えていった。

 マルゴさんとユリウス二人の桁外れな魔力があれば、異世界転移もピューンなんだそうです。実際はめちゃくちゃ高度な魔術式と膨大な魔力が必要らしいけれど、なんだかあの彼らを見ていると実感がわきませんね。沙代に「向こうの一般人の基準はこれじゃないから」と何度も念を押されました。


「楽しみだね」

『……期待はしてない』

『そうですね』


 ルーディーとヴェンデルは素っ気なく言っていたけれど、ユリウスたちが消えたあとも一番最後までその場から動きませんでした。彼らの未来が少しでも報われることを祈ります。


 このままこの猫たちと気長に待っているのもいいかな。

 今年の夏はきっと、一生忘れられないものになる。



 ──なんて感慨に浸っていたけれど。

 さっそく次の冬休み初日に彼らは再び現れ、向こうではすでに一年経っていると言って、イケメン度をさらに上げたユリウスから色々と段階をすっとばして求婚されるという、一生忘れられない冬休みが始まるとはまだ夢にも思っていませんでしたよね。



【終】

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妹が魔王と騎士を引き連れて帰ってきた 天野 チサ @ama_chisa

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