エピローグ3 妹の気持ち
まさかの呼び出しを受け、私は沙代に連行されるがごとくうるストの横道へ移動しました。
入れ違うようにベンチに座ったギルベルトと並んだユリウスをチラリと伺い見る。背恰好もあまり変わらなくなってしまった二人が一緒にいると迫力があります。
「どうしたの?」
「いやなんというか……陽キャの頂点と陰キャの頂点って感じだなぁと思って」
「ああー、それわかる」
明暗の対比が激しい二人を見て頷き合いながら、沙代が私に視線を移しました。
「これも綾姉のおかげだよ」
「え、陽キャと陰キャが?」
「まあそれも含めて」
なににこれを含めてなの? 頭に疑問符を浮かべる私に構わず、沙代は続ける。この子も羨ましいくらいぶれませんね。
「正直、綾姉なら……って思ってはいたけど、ここまで助けられることになるとは思ってなかった」
「ええと。それは、私がなにか沙代の助けになったって……こと?」
意外すぎる言葉に戸惑いながらも聞けば、頷き返された。今、自分の目が思いっきり見開かれているのがわかる。
「ユリウスを向こうに置いておけないとは思ったけど、私にはどうしたらいいのかなんて全然わからなかった。そしたら綾姉の顔が浮かんだんだよね」
珍しく沙代が自信なさそうに目を伏せました。沙代がです。あの沙代がです!
「私はいかに目の前の奴を叩き伏せるかを考えるのは得意だけど、それだけなんだよ。周りの事情なんて考えてやれないし、知ったところでなにをしたらいいのかわからない。ギルもマルゴも同じようなもんだし、どうしようかと思ったとき──綾姉に会わせてみようと思った」
その言い方だと勇者一行がとんでもなくゴリ押しで力押しなパーティーですが……と心配したけど、あれ? どれだけ思い返してみてもその通りだった。
けど、そこで出てきたのが私というのも腑に落ちない。
「なんで私?」
「最後に綾姉と手合わせしたときのこと、覚えてる?」
ビクリと自分の肩が跳ねたのが、わかった。
小学生の頃、我が家の道場で沙代と手合わせをした。最後どころかそれが最初で最後だった。
あのときのことは私の中でトラウマ級の出来事ですからね。それはもうボッコボコにされました。
兄のようになれると思って必死に練習していたのに、私はちっとも同じようにはなれなくて。それなのに後から始めた沙代に手も足も出ないまま叩きのめされました。心もボッキリ折れた。
「──あのとき、綾姉は足を痛めてたでしょ」
どこか苦しそうな顔で言葉を吐き出す沙代に、首を傾げる。
「だからって、それが負けた理由にはならないと思うけど」
そんなハンデがあろうがなかろうが、ボッコボコにされたでしょうよ。なのに沙代はそうじゃないとばかりに首を振る。
「私は足を痛めてたのを知ってて、そこを利用した」
そうだったかな? 言われても私にはピンとこない。多分そんなことは私にとって些細なことだった。すると「そういうとこなんだよ」なんて声がする。だからどういうことなの。
「綾姉は足を痛めてたこともそこを狙われたことも、なにも言わなかった」
「……それとこれとは別じゃない? そうじゃなかったとしても、私は沙代にかなわなかったし、沙代には間違いなくお兄ちゃんみたいな才能があったもの」
「だから、私にはそう思うことができない……! 私だったら妹に負けるのなんて嫌だし、足を痛めて負けたなら絶対に負けを認めなかった! 綾姉みたいに考えられない……っ」
堪えていたものを吐き出すように、沙代が声を荒げる。
「正直、綾姉を下に見てたのは、あったよ」
「おおう……」
ザックリと心を抉られて吐血しそう。だろうなとは思ってましたけど。沙代ってば容赦ないんだからぁ!
「だから単純に叩きのめせばいいと思った。足を痛めてるならそこを突けばもっと簡単だ。って、私はただ馬鹿みたいにそれだけで、そうしたらどうなるかなんてわかってなかった──綾姉が剣道辞めちゃうなんて思わなかった……」
俯いた沙代のつむじが見える。
頑として顔を上げない彼女は、もしかしたら泣いているのかもしれない。……絶対にそんな顔見せないだろうけど。
「綾姉は毎日楽しそうに道場に来てて、兄ちゃんもそれが嬉しそうで、私もみんなで一緒に練習するのが好きだった。なのに、私が、いつも自分のことばっかりだから……もっと一緒にやりたかったのに、私が……っ」
そんなことない。沙代は悪くない。勝気なのは沙代の長所だ。だから、まさかこんな風に思っているなんて思いませんでした。
私こそあのとき完全に、兄にも沙代にも見限られたに違いないと思っていたのに。
同時に剣道からも遠のいてしまったけれど──思い返せば、確かに練習は辛くなかった。兄妹で毎日楽しく道場に駆け込んでいたのに、どうして忘れていたのだろう。三人でふざけて父に雷を落とされて、それでもケラケラと笑っていた日々が唐突に蘇る。
私こそ兄や沙代の気持ちを無視して、すっかり記憶に蓋をしていたんだ。
「だから今年の大会は、足を痛めたけど出ようと思った。言い訳しないでやろうって」
いやいや、そこは欠場しようよ。と、姉としては思います。けれど沙代にとっては大事なけじめだったのだろう。
「でも決勝でめちゃくちゃ足のハンデを狙われて、結局いつもみたいに感情的になって ボロ負けした。私は全然変わってなかった」
そんな内面を微塵も感じさせなかった沙代に驚く。
ただただ、準優勝に甘んじた自分が許せなかったのだろうと単純に考えていた。優勝できなかったのが悔しいだけだろうと。
「そのあと異世界なんかに飛ばされて、勇者なんて言われてさ。まあ色々あって、少しは成長したと思ったのに──でもユリウスに会って……どうしてやるべきなのかが、わからなかった。結局、私には身体を鍛えてやることしか思いつかなかった」
やっぱり私は成長できていなかった。
初めて聞く沙代の弱音は、思いもよらない言葉ばかりでした。
でもユリウスを鍛えてあげようという考えは、あながち間違ってもいなかったんじゃないかな。過去に囲い込まれていたユリウスは心身共に強くなるべきであったと思うし、なによりそれが必要だと沙代が考えてあげてのことだもの。
突拍子なく思えていたことは、全て沙代なりに考えての結果だったのだ。
沙代は今も昔もすごいよ、と思ったとき、ポツリと言葉が聞こえた。
「私は、綾姉みたいになりたかった」
信じられない言葉に息を呑む。
胸の奥が熱くなる。熱くて熱くて声が詰まりそう。
「……私こそ、沙代みたいになりたかったよ」
羨ましくて仕方がなかった。
絞り出すように言えば、顔を跳ね上げた沙代の目が見開かれている。睫毛が少し濡れていたのは見ないふり。
「そう思ってくれて、ありがとう」
可愛い妹の頭を久しぶりに撫でたら「だから、こういうとこなんだって」としかめっ面をされてしまいました。
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