エピローグ2 期待するロマンスと今更の羞恥心
暑い田んぼ道を抜けてうるストに到着すると、沙代とギルベルトは「じゃあちょっと行ってくる」と言って、お店を通り過ぎていきます。
沙代の手には布に包まれた長い棒状のもの。
これこそあの夜、沙代が振り回していた刀です。
翌朝改めてマルゴさんから、私が聖剣を取りに飛び出したあとの神社での顛末を聞くことが出来ました。
あれは怪物を退治したとして神社に祀られている御神体の
「そもそもこの
曰く、祀られていた
怪物と伝えられていたのは、まさかのユリウスの御先祖様。そして、ということは──
「わ、我が家のご先祖様は勇者だったの……?」
「だからこそサヨが召喚されたのでしょうね。なんといっても素質は十分だもの」
わたくしとしてはタカユキ様でもよろしかったのに……! という呟きは聞き流して改めて例の
なんて思い浮かべていると、
「騎士団の聖剣も、過去の魔族との争いで使われたとして受け継がれてきたものですのよ」
「へぇー」
「そして、そのときの勇者と共に戦ったとされる騎士の姓がブラントと言いますの」
「ブラント……」
そういえば、神社で御神体の話をしたときにマルゴさんがそんな名前を呟いていたような気がします。
「ウラトという姓は、この辺では一般的なのかしら?」
「言われてみれば……『浦』という字は海とか水辺に関するものですね、そこに『都』という字は……こんな田舎の山奥では珍しい、のかも?」
「そう……ねえアヤノ、ブラントという騎士の出身はなかなか大きな港街でしたのよ」
「え?」
「英雄とまで言われた彼は、生涯独り身を貫いたらしいですわ。そして、そのときの勇者も女性だった」
「……都合よく考えすぎじゃないですかね?」
「あら、でも、うらと、ウラト……ブラント。似てませんこと?」
さすがに夢を見過ぎではないかと思ったけれど「だって、この方がロマンティックで素敵じゃない」とマルゴさんがバチーンとウインクして笑んだので、なんだかそれで良いような気がしました。
その御神体を沙代とギルベルトは戻してくるそうです。まあね、いつまでも我が家に置いておくわけにもいきませんし、持ち出したなんてバレたらそれはもう大変なことになりますからね。
二人を見送ってうるストに入れば、ぎっくり腰から回復した看板娘のウメばぁがお店番をしていました。「あれまあタカちゃん! これまたえらい美人さん連れとるなぁ」なんて、みんなに愛される和みボイスとニコニコ笑顔。ああ、癒されるわあ。元気になったようで良かった。
そして「お久しぶりです」と冷静な兄の横で「美人だなんて……!」とクネクネしてるマルゴさん。
この光景にすら見慣れてきたので、私は色々と麻痺してきたのかもしれません。
声を聞きつけて奥から公平も出てきました。ワイワイと話しだした彼らを尻目に、私とユリウスはアイスボックスを覗く。
「暑かったねー。ユリウス何にする?」
「……ソフトクリーム」
「ぶれないわぁ」
初めて食べたあの日以来、よほど気に入ったのかユリウスはソフトクリーム<バニラ味>一択マンとなりました。という私も、またチョコバーを手にしてウメばぁに代金を渡す。
外のベンチに並んで腰を下ろしアイスを頬張れば、一瞬にしてここは砂漠のオアシスです。
──でも、なんだか落ち着かない。
──原因は分かってます。
チラリと横を伺えば、相変わらずペロパクと一心不乱にソフトクリームに貪りつく魔王様。
少年姿だったときはなんというか、そんなに美味しいのねーうふふーなんて微笑ましく年下を見守る感じで眺めてられたのですが、そうもいかなくなってしまった訳で。
長い脚を投げ出して、今日も公平から譲り受けたヴィジュアル服を着こなしている青年ユリウスは、文句のつけようがないほど似合っている。白い有刺鉄線柄の裾がほつれた黒Tシャツと、猛獣にでも引っ掻かれたの? って聞きたくなるほどのダメージジーンズが違和感ない。この尖りきった服を着こなせるってすごくない?
本当に由真ちゃんお気に入りの
今になって私は、少年だと思って接していた自分の態度を振り返って恥ずかしくなってしまったのです。
というかユリウスもさ、実際はこの外見でバスに怯えたり私のシャツをぎゅっと握っちゃったりしてたの!? 萌えるわじゃないよ私! この姿に置き換えて思い返すと恥ずかしいことが多すぎる! おてて繋ごうともしなかったっけ!? ひえー!
なんて、ああああー……! と悶えてた拍子に肘がユリウスにぶつかって、ビクゥッと変に距離を取ってしまった。
こんな感じで実はあの夜以降、私とユリウスはなんだか気まずい。というより、私がどうしてもおかしくなる。日が経つにつれてひどくなっている気がする。
だからいまだに真名のこともハッキリと聞けていないのです。
──真名を持つ者が守りたいと思った相手には、強力な加護になる。
そのあともごにょごにょと言っていたけれど、その真意を面と向かって確かめられずにいる。
だってさ、自意識過剰にもほどがない?
ユリウスってもしかして私のこと好きなの? なんて。
いけない。考えただけで顔が熱くなってきた。
いやいや、うぬぼれるな。沙代やお兄ちゃんならまだしも、私だぞ?
つまるところ、私は自信がないのです。
周りに期待されなくなるということは、私自身も自分に期待をしなくなるということで。そうして過ごしてきた十数年。沙代や兄のように、わかりやすく誇れるものがない。
しかもこんなに強くて立派で、カッコ良くなったユリウスだもの。
どうしても引け目を感じてしまうのは仕方ないと思う。
ぐるぐる考えて結局大きなため息。なんだかこの繰り返しです。
どうにも落ち着かなくて目を右往左往させながらアイスを齧っていると、横から視線を感じた。おっかなびっくり見やれば、気のせいではなくどこかしょんぼりと肩を下げたユリウスの姿。
「……幻滅したか?」
「ん?」
思わぬ言葉に首を傾げる。今のユリウスに幻滅するところなんてあるかな?
「俺はまた、なにか間違っただろうか」
その声は不安と悲しみをかき混ぜたように沈んでいた。
「今度こそ正しく守れるように、前のように誤ることがないようにしたかった。アヤノが見ていてくれるなら大丈夫だと思った。……でも、俺はアヤノを幻滅させただろうか」
「あ──……」
ここでようやく、私の言動がとんでもない誤解を生み、ユリウスを傷つけていることに気が付きました。
「まさか! 幻滅なんてしてないよ。ただ──」
「アヤノー! ユリウスー!」
言いかけたところで、神社に向かっていた二人が戻ってきた。ギルベルトが元気いっぱい両手を振っている。ああ、私はなんてタイミングが悪いのか! オロオロとしていたら沙代が私の前に立ちました。
「綾姉、ちょっといい?」
「え、私?」
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