Déformation

もざどみれーる

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 これは、せいの円環をはぐれたうた。砂の嵐に乗ってやって来た天界からの十二人の使者が、地球上の麻酔銃アネスシージャに胸を撃たれ、水星人レ・メルキュールの祖先となってから二千年ほど経った頃、ときの石板に書き遺された詩である。


──※──※──※──※──※──※──※──※──※──


 その日の午前二時辺り、くさむらに踊っていた二匹のピラニアが、まるで真珠のような顔をした少年に飛びついて全身を喰らい、まんまと殺してしまった。仰向けに倒れた死骸の眼窩がんかには早くもうじが湧き、前日の長雨のせいですっかり泥濘ぬかるみを帯びていた大地の肌は、ほとんど骨だけに変わり果てた少年の背中にぬめりぬめり・・・・・・と染み込んでゆく。

 「やれやれ、コイツはあんまり旨くなかったなあ」

 「ああ、まるで『創造性』とかいうやつを喰ったときみたいだったな」

 殺人犯たちが話していると、空が着ている重苦しい灰色のシャツから、ポタリポタリと落ちるものがある。

 「おや、また雨か?」

 「めんどくせえ。急いで『道徳』の海に戻らねえと、また親方にこっぴどく・・・・・言われちまうぞ」

 「『道徳』? 一体どこだそりゃ」

 「俺たちの生活している海のことさ」

 「……ああ、あの分厚いカーテンでいつも閉めきられていて、よくわかんねえけど何だかキナ臭いことこの上ない・・・・・もんで喰えやしないアレか」

 

 ……おお、哀れな紅梅雨べにつゆよ、あなたはだ、もうしばらく、その華奢な身に安寧の衣を纏えそうにない。


──※──※──※──※──※──※──※──※──※──


 ちょうどその頃、白銀のスプーンの皿の上に座禅の仕草で慎ましく座りながら、自分で編み出した独特な瞑想にふける一人の少女がいた。傍らには「意識」と名付けられた狼が、お気に入りのシューマンを聴きながら、或るシュマンのイデアの氷漬けを、トロイメライの中でバリリバリバリと噛んでいる。


      月は枯れ

      割れた風の

      我は

      夢の重味おもみ

      堪えかねてと云い

      

 少女のひたいの奥に住む惑星の住人 ─── どうやらかつて誰かの頭に香油を捧げたことのあるご婦人らしい ─── がそんな歌を詠むと、少女は驚いて狼に向かって尋ねる、枯れた月は何処いずこへ行くのか、と。

 「月は」

 シュマンに噛み飽きて目が覚めた白毛の狼は応えた。

 「月は、枯れてもなお、神の奏でる聖なるギターとなって、人間の生命の伴奏を担うのだ」

 「神様は何故人間をお造りになったのでしょう?」

 「それに答えを出してしまうほど、人間は愚かではない」

 「いいえ、全てに答えを出そうとするくらいには充分に愚かですわ ───」

 少女が最後まで言い終わらないうちに、白銀のスプーンはたちどころに鉛色に変わり果て、皿というあたまからゴロゴロと落ちて、しかし少女と狼のソウルは載せたまま、地の底、遥か深くへと墜ちていく、墜ちていく、墜ちていく……。


──※──※──※──※──※──※──※──※──※──


 「やや、こいつぁ驚いた!……雨だけにとどまらず、赤毛の少女に白毛の狼まで降ってきやがった!」

 のピラニアの片割れがそう言うのを、確かに聞いた気がする。しかし、それよりも先に自分のサファイアの瞳が捕らえた白骨の塊に注意を すうっ と吸い込まれていた少女にとっては、別にどうでもよかった。狼は叢の泥濘に凛として降り立ち、夢の中からポコリと飛び出した例の氷漬けがときの心臓に冷え冷えと絡みつくのを、眼前にまじまじと眺めている。


 ──── Qu'est-ce quiいったい何が se passe ici起きているの ?

 ──── Je ne sais pas分からない.


 そんな会話を聞きつけたピラニアたちは、おもむろに口をの字にしていぶかしむ。

 「おい、そこのご両人、お前たちは一体何者だ? 何処どこから来た?」

 「私たちは『地球』というに生まれ、『理性』という主人に仕え、『時代』という透明なハサミに切り取られながら生活していたのですわ」

 すると、何処からともなく悲劇的にしゃがれた歌声ソプラノが聞こえてくる……


      雨 止むことを知らず

      穏やかならぬ川となりて

      低きに流る 世界に変る

      人間ヒトは溜め息に溺れ

      その紫煙は天の星屑を殺め

      ────


 「ああ、また歌ってやがる!」と、二匹のピラニアは声を揃えて呆れる素振り。

 「あれはいったい何ですの?」

 「親方が云うには、この宇宙に潜む、太古の『魂』なんだとか」

 「魂……!」

 大きく声を上げたのは、白毛のすっかり泥に汚れた狼、「意識」。……すると、それはお前たちが思うような戯れ事ではない、とのみ言い残し、土砂降りの雨の中、水銀メルキュール悪臭ピュアントゥールの揺れる西の方角へと、ただ独り去っていった。

 

 二匹のピラニアと少女の姿は、いつの間にやら雨にすっかり融けてしまって、死色しにいろ泥濘ぬかるみを更に潤している。

 

 親方の行方は、もう誰にも分からない。








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