最終話 一緒ならきっと

「この大地になったあなたを愛します」


 僕の好きな、彼女の声。

 森に凛と響くのは祈りの言葉。

 胸の前に手を組む彼女のうしろで、僕は同じように言葉を紡ぐ。

 伏せていた目を、少しだけ上げるとつるで髪を結った後ろ姿。


 旅立ちの日。

 ベールは、もう一人のベールの弔いをすることを提案した。行ってきますを言うべきだと。

 祈りの言葉は、ベールが過去に木々に教えてもらったと、僕たちにも教えてくれた。


 森で生きるエルフにお墓はない。

 森に還るからだということらしい。

 だからエルフは森で一番大きな長寿の樹に祈る。

 だけど竜が森に来て、エルフは森を去ってしまったから、僕たち三人はかつてベールが過ごした図書館に向かい、祈りを捧げた。


 ベールは組んでいた手を解き、今度は自分の長い耳のふちをなぞる。


「愛するあなたの囁きを、この耳は聞き逃しません。どこに在っても、全てはこの大地の上なのだから」


 輪廻の祈り。

 木々は、エルフの長耳は、見えない声を聞くためにあると教えてくれたとベールは言った。


 彼女の元に二人で駆けつけたあの日。長い時間をかけてまた、ベールはベールの姿を取り戻した。

 その時、竜の知る姿も影響したのか、さらに身長が高くなり、顔つきも大人っぽくなった。


 相変わらず、好奇心旺盛な瞳は明るく、口調も淑やかとは言えない元気さだけど、ふと遠くを見つめる姿は、息を呑むほどきれいだ。

 竜はそれを本人に向かって口にして、よく彼女を困らせている。

 ほら、また顔が赤いもの。


 けれど木々の声は聞こえなくなったと彼女は言った。

 もしかしたらあの日までは、が木々の声として、ベールの側に居てくれたのかも知れない。それも竜の願いの産物だったのかも。そんな風にも考えたけど、今はもう分からない。


「私にはもう二人がいるから、いいの」


 ベールはそう笑っていた。

 二人が居れば寂しくないと続く、その一言が嬉しい。


「じゃあ、出発しましょう! コクヨウ、お願いね」


 祈りが終わり、元気な声でベールは指揮をとる。

 これから三人でこの森を出るんだ。

 僕が楽しみと言うと、ベールが自分の方がワクワクしていると言って、なぜかケンカもした。

 それくらい、彼女は楽しみだったんだろう。


「ああ、任せておけ」


 ベールは竜にコクヨウと名前を付けた。艶のある鱗が黒曜石の輝きに似ているから。


「良い名だ」

「本でしか知らない石だけど、黒いのにあなたの鱗みたいに輝いているのよ」

「なんだか僕の時よりちゃんと考えてるね」

「あはは。リゲルはほら、何も知らなかったから。覚えやすいのが良いと思ったの。ホントだよ?」


 そうやって最近いつも何かあれば誤魔化される気がする。ベールとコクヨウに比べれば、僕は生まれてからの時間が短けれど。


 でも、僕にだって二人よりも出来ることがある。そう思っている。

 知らないからこそ前向きでいられるのかもなと、あの日の図書館での話をすると、コクヨウは僕をそう評する。


「あの日のお前は、オレとベールにとって確かな勇者だった」


 だから僕はこれからの旅も前向きでいようと思う。

 僕は弱いけど、二人の勇者だから。


「行ってきます。もう一人の私」

「ベールよ、行ってくる」

「行ってきます。君がいてくれたから、僕は二人と出会えた。ありがとう」


 それぞれが、始まりの彼女に別れを告げる。

 まずは僕とコクヨウが戦った舞台を目指して、そこから彼の翼に乗る。彼は最後まで森を傷つけないことを徹底した。

 コクヨウがベールを物語のお姫様のように抱きかかえ、森を駆ける。少し悔しいけど、彼の方が強いから仕方がない。


 あれだけ楽しみだったはずの旅立ちだけど、二人は緊張しているようだった。


「これからはずっと一緒に旅ができるのね!」


 旅立ちの直前、そう瞳を輝かせたベールにコクヨウは顔を曇らせ、苦しげな返事を返した。


「ずっとは……無理だろう。マナがこの森のように満ちた場所は少ない。それに、オレも長い時間生きた。いつ寿命がくるか分からない」

「そんな……」

「どれくらいかは分からない。もしかしたら百年足らずかも知れん」


 それでも行くと、ベールは言った。

 この森に居ても、コクヨウの寿命がくれば迎える結末は変わらない。

 それを知っているからか、なんだか道中の口数は少ない。


「ねぇ、なんで二人ともそんなに暗いの?」


 そんな二人が僕は不思議でたまらない。

 まぁ、二人が僕を見る目は、僕が不思議でたまらないと書いてあるんだけど。


 出会いの泥地を横切る。また、水が減っている。

 願いの力が戻って、また僕に戻ったからだ。

 旅の果てが来た時に、ここにまた湖として還るのか、その場所で乾いて消えるのかは分からない。

 でも、それはそれで良いと思う。


「みんな一緒ならきっと何でも楽しいよ!」


 またのん気に何も考えてないとか思われてそう。

 だけど、僕は知っている、


「僕を見てよ! 僕が形作る勇者の姿は、ヒューム。その命は百年にも満たない。でも勇者が歩んだ軌跡は、語り継がれる物語になったじゃないか」


 力強く、二人に語る。

 ベールが知識をくれたから。

 コクヨウが力をくれたから。


「百年もある。僕らも彼と一緒なだけじゃないか! なら、僕ら三人が一緒に冒険したなら、百年で物語を超えた伝説にだってなれるかも!」


 僕は二人に勇気をあげられる。そう信じている。

 きっとこれからの冒険の出会い全てが、僕らにとっては物語の一ページだから。

 なら、出会った相手にもきっとそう。

 だから、何度も伝えよう。


「みんな一緒なら楽しいよ、ね?」

「ふふ、そうね」

「そうだな」


 僕とコクヨウの戦いの舞台は、草一つないくらい固めてあったのに、硬い地面を突き破り、草が生えてきていた。

 草は僕より強いなぁと思うけど、ベールの源だから当然かな?

 

「共に行こう、リゲル、ベール」


 久しぶりに見たコクヨウの竜たる姿は、本当に大きい。

 大きい声だけで、飛び散っていた僕だけど、いまは彼が話してもしっかりと人型のままだ。

 先にコクヨウの背に乗り、ベールを引き上げる。初めて乗る彼の背は、思ったよりも小さかった。黒く輝いて見えた鱗もところどころが白くくすんでいる。

 自身の寿命の可能性を口にした彼が生きてきた時間は、彼の想いの長さだ。途方もなくて、僕には想像がつかない。


「誰か背に乗せたことある?」

「お前そっくりなヤツに乗られて、斬られた時くらいか?」

「あらそれはごめんよ。まぁ今は友達じゃないか」


 僕のことじゃないけれど、お互いに冗談を交わす。今までとこれからを、悲しんでも仕方がないということを、僕はもう二人に伝えられたはずだから。


「飛んでいく方が良いの?」

「見せたい景色がある」


 少し不安そうに聞くベールに、コクヨウは人型よりも太い、でも優しく響く答えを返す。

 一つ羽ばたくと揺れたけれど、僕がベルト代わりに変化して支えた。


 当たり前なんだけれど、森には果てがあった。

 空に上がるまで、森はずっと続いていると僕は思っていた。確かに広大な森だけれど、その向こうにはヒュームや他の種族が棲んでいるだろう街や、煙を上げる山、そして彼方までの海がある。


「彼女には見せられなかった。だから覚えていてくれ」

「すごい……」


 そのベールの声音から感じられるのは、広大な世界に対する感動と、未知への興奮。

 僕には見えないけど、美人が台無しかも知れない。でも今は、僕も彼女のこと言えないくらいドキドキしていた。


「行こう!」

「あ、リゲルダメ! それは私が言うの!」

「クク、しっかり掴め。時が許す限り、この地平を見に行くぞ」


 羽ばたき一つ。

 風音の唸り以外が、何も聞こえなくなるけれど、すぐにコクヨウが僕らをマナで保護した。


「あー!」


ベールの驚いたような声に驚く。僕がびっくりしたと文句を言うと、


「驚いてるのはこっち! あなた、腕!」


 見れば、僕のベルト状にしていた腕が片方無くなっている。身体のバランスが悪くなり、後ろにのけ反らないように気をつけなければならなかった。

 ベールを支えていたつもりが、気づけば彼女が僕の片方だけの腕をしっかりと抱えている。

 なんとも締まらない。


「もう、ちゃんと掴まっててね」

「あはは、今回は溶けなかったのにな」


 以前の旅立ちでは、抱き締められて溶けてしまった。僕も頼れるようになったと思ったのに、なんとも僕らしい。


「でも、この森にも僕の一部を残していけば、もう一人のベールも寂しくないかも知れないね」

 

 言い訳のように聞こえるかも知れないけど、ふと思ったことを続ける。


「……ありがとう」

「お礼を言うのはこっち。ベールが掴んでくれてなかったら落ちていたかも」

「そうじゃないわ。……まぁいっか、ありがとうリゲル」

「? こちらこそ、ありがとうベール」


 ベールはそう笑ってくれた。

 それが嬉しいし、なんだか恥ずかしい。

 僕も笑い返すと、コクヨウが少し傾いて、ベールが僕にもたれかかる。

 あっという間に、森の果てが近づいてきていた。


 僕達の物語は、始まったばかりだ。






【竜と長耳族と青いリゲル END】







 

 

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竜と長耳族と青いリゲル つくも せんぺい @tukumo-senpei

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