桜の回廊伝説
朝日が現れて数日。朝日は人がいない頃を見計らって私を城内のお気に入りだった場所へ連れて行ってくれた。しばらく住んでいたのに知らなかった場所ばかりで新鮮で、何より朝日といられるだけで楽しかった。
そのおかげか私は以前よりも明るくなったようで松さんも喜んでくれた。けれどその松さんにも、同じ空間にいるのに朝日本人を見ることはできない。
やっぱり――このままじゃいけない。
「ねえ朝日、二人でもう一度あの場所に行きたいのだけれど……」
「どうして?」
私のことを第一に考えてくれる朝日なら、本当の理由を言えばきっと頑として行ってくれないだろう。
「少し……取りに行きたい物があって」
朝日は私の言葉を少しも疑わず、私達二人は朝が明ける前に城を抜け出した。
空が白み出す中、手を繋いで歩く。私達が入れ替わるきっかけとなった緩やかな坂へ着くと、朝日は「懐かしいね」と呟いた。
「ええ……あの時も朝日は私を守ってくれていたのよね」
自分とて同じ状況だったにもかかわらず、朝日は私の身を優先した。そんな朝日の優しさは、後になって気づいた。あの時の私は桜のことばかりが頭にあったから。
「戻れるかは分からないけれど……もう一度、あの日みたいに転がってみましょう?このままなんて駄目よ。消えるべきなのは私だったんだから」
「何で……?咲が消えるなんて私は嫌だよ。例え今の私みたいに私だけに見えたままでも、咲が他の人からは見えない、存在しない人になってしまうなんて嫌」
あの日、朝日は私を迎えに来て消える運命から守ってくれた。でも、私が朝日として朝日の人生を生きるなんて間違っている。
そのまま、お互い譲らない言い合いを続けていると朝日が昇ってきた。
もう、夜が明けてしまう。
「私は、朝日に朝日として生きてほしいの。あの眩しい……私が大好きになった笑顔を、朝日の姿で見たいの」
「私だって、咲の姿でいる咲と触れ合いたいし、また好きって伝えたい。だけど咲が存在しないなんてダメなんだよ!」
相手のために――どちらも動機は同じだった。けれど、その願いが交わることはない。
朝日の苦しそうな瞳と目が合う。その瞳の中の私も同じような瞳をしていた。
お互いまた、平行線となる言葉を口にしようとしたその時……そんな私達を、大量の桜の花びらが包み込んだ。強い風で目も開けていられない。
やがて風は止み、目を開けば……目の前に朝日の姿をした朝日が立っている。
「朝日……?」
「咲……?」
名前を呼んで、どちらからともなくお互い存在を確かめ合うよう、肩に触れた。
そうしていると、太陽の光と同じぐらい眩しい光が近くで私達を照らして、目を向ける。
そこには、桜の花びらで出来た道があった。
道の先は、さらに眩しくて見ることが出来ない。
「これってもしかして……」
朝日が驚きに満ちた表情で呟く。すぐに思い当たるものがなかった私は続きの言葉を待った。
「桜の回廊伝説だよ!想い合う二人の前に現れるっていう……!」
朝日の眩しい笑顔が私を見る。桜の回廊伝説、私も聞いた覚えがあった。とても綺麗で渡った二人は永遠に結ばれるけれど、どこへ辿り着くかは分からない。天国か地獄か、はたまた時空を超えた過去か未来か。
「行こう!」
朝日の手が迷いなく差し出される。
「せっかく戻れたのに……朝日には姫としての人生があるのに、良いの?」
「そりゃ、松やみんなと会えなくなるのは寂しいけど……でも、あの日も今も後悔なんてない。私は自分の手で自分の幸せを掴むんだから」
その言葉も、意志も、差し出された手も、全てが眩しかった。
私はこの手をとっても良いのだろうか。心の中で自問自答する。
一人で生きて、桜祭りの舞を最後に消える運命なのだと、どこか諦めと共に受け入れていた。
そんな私に朝日は初恋だと言い、私を迎えに来て運命を変えてくれた。私はこれ以上、この人の人生を奪ってしまっても良いのか。
手を動かすことが出来ないでいる私に、朝日は笑みを湛えたまま少し寂しそうに言った。
「これは私が勝手に選んだことだから、強制はしない。でも、咲も必ず自分が後悔しない、幸せを掴んでほしい」
後悔しない、幸せ。その言葉が胸の中で反響する。
朝日には朝日の人生がある。私が巻き込まなければ、朝日は今も姫としてあの城で普通に暮らしていただろう。
でも……今目の前にいる朝日は、私の手を待って自分の手で自分の幸せを掴むと言った。だったら私は――。
「私、これ以上朝日の人生を奪いたくないと思ってここに来た。でも……今は、この手をずっと掴んで離したくない」
言いながら、朝日の手に自分の手を重ねる。
「私もあなたが初恋なの。だから、自分の手で自分の幸せを掴む」
私の言葉を聞いた朝日は、今までで一番の笑顔になった。
私は何を迷っていたんだろう。私が素直に思ったまま行動すれば、少しでも寂しい表情なんてさせずに済んだのに。
「好きな人から好きって言ってもらうのって、こんなに幸せなんだね」
照れる朝日を見ていたら無性に愛おしくなって……もう一歩近づくと、その頬に口付けた。照れくさくなって手は離さないまま少し離れると、朝日もさっきの私と多分同じ表情をしていた。
朝日の顔が近づいてきて、ほんの少し唇が重なり合う。
桜の香りが、やけに甘くなった気がした。
「行こっか」
朝日の声で、私達は雪のように舞う桜の花びらの中、桜の回廊へ一歩踏み出す。この先どこへ行くのか、どうなるのか分からない。
だけど、後悔はない。
この繋がれた手は、私が……お互いが掴み取った幸せだから。
桜の巫女とお転婆姫 星乃 @0817hosihosi
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