桜の木の下には○○が埋まっている

高黄森哉

桜の木の下には


 桜の樹の下には死体が埋まっている!


 どこかで聞いたことのあるこの文言は実際、間違っている。もしそうならば、桜園の経営者はかなりの人間を殺したことになるし、第一、そんなの死骸の不法投棄じゃないか。処理もせず死体を捨てるなんて汚い。道徳に違反している。なによりも、なによりも桜の明るさは、樹木葬的怖さを含有していない。


 もっとクラッとするような、早い話、色っぽいのである。


 どうして私が毎晩家に帰る道の、道路沿いにある数ある店舗のうち、よりによってちっぽけな薄っぺらい者、キャバクラのネオンライトなんぞが透視できるのかしらん ―― お前はわかると叫んだ ―― そして俺にもそれが判るのだが ――それもこれも同じようなことに間違いない。


 いったいどんな木の花も、いわゆるさかり、、、という状態に達すると、辺りの空気が一種、猥褻な雰囲気をまき散らすのだ。考えてみればこれは当然のことである。なぜならば、花とは植物の生殖器だから。私は植物性愛ビイガンではないが、灼熱の七分咲きに熱狂を、それも夏至ミドサマアの、覚えずにいられない。摩訶不思議な、イきイきとして美しさ。

 桜の花びらを見て、カーッとした熱に浮かされた気分になったなら、それは、人生における春一番。病気じや、ないんだよ。だって、空一面にぴんくの桜の男性器がワッと産声を上げ、花粉という精液をぶっぱなしているのだから。

 どうしてあんなに恥ずかしげもなく、そんなに爛漫と堂々と、公然わいせつを犯せるか。きつと、桜の木の下には男性器が埋まってるに違いない。そうだ! そうに違いあるまい。でなけりゃ、あの精力滾る、卑猥な大パノラマは展開しえない。掘り返してごらん、わあ、山盛りだ。


 ―― おまえはなにを苦しそうな顔面をしているのだ。美しい幻視術じや、ないか。お前は、ようやく瞳を据えて、桜の花を視姦できるようになったのだ。昨夜、俺を発狂させたキャバクラの神秘と結合したのだ。

 俺は下町を下り、石畳の上を千鳥歩きした。だしぬけにチャックをあけ放尿すると、飛沫の中から薄馬鹿下郎という、悪罵の飛沫が飛び出し、ズボンに舞い降りるのが見えた。おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい接吻をするのだ。

 しばらくすると、俺は変なものに出くわした。それは尿雨が渇いた、いや小さい水溜りを残している、その水の中、つまり反射の中だった。思いがけない虹の旗色、それも道徳的に、の交際が一面に浮いているのだ。それはなんだったと思う。それは何万とも数のしれない薄馬鹿下郎注:尿の飛沫の死骸だったのだ。隙間なく水面に映る彼等の重なり合った姿が、ネオンにぎざぎざになり、虹色を美しく再生しているのだ。ここは産卵をお終いにした、男たちの墓場だったのだ。

 俺はそれを見たとき胸をつかえるような、しかし愉快な気になった。墓場を暴いて死体を嗜む変質者のような、残忍な窃視症でばがめ、より原義の意味でだ。

 あのキャバクラに、俺を喜ばす者はもういない。鶯嬢も四十頭も、白い日光に青を煙らせる少女も、それだけでもう、老いた蜃気楼でしかない。俺には惨劇が必要なんだ。その均衡があって心証は明瞭になっていく。心は餓鬼のように鬱血し濡れている。

 ―― おまえは股を吹いているね。冷や汗がでるのかい。それは俺も同じことだ。なにもそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液だと思ってごらん。


 ああ、桜の木の下に○○いえるか馬鹿野郎が生まっている。


 いったいどこから浮かんできた空想花。今はまるで大木となり、頭を貫いておでこから屹立しせし猥雑唄。

 いまこそ俺は、尿の反射の中にて祝宴を開いている人間と同じ権利で、花見のソトロングジロが呑めような気がする。


(2033/4/16 現行犯逮捕)

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桜の木の下には○○が埋まっている 高黄森哉 @kamikawa2001

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