第47話 因縁の結縁 五 (完結)

「今のお前には、博尾達の探索に加わるほどの力さえ残ってなかったようだな」

「人間の一人二人を楽にひねりつぶすくらいな力はあるぞ」


 牽制かたがたメイコは警告した。どこまで本当かはわからない。


「そこまでやるからには、子孫の木も原木と同じ働きを持つ可能性がみこめていたということだな」

「そうだ。飲みこみが良くて助かる」


 楽しそうにメイコは肯定した。


「なら、復活させたかったのは呪宝如来や原木というより原木がお宅に供給する力だったわけだ」

「然り。力を満たしてさえいれば原木でも原木の子孫でもさしつかえない」

「だが、模造品は覚醒したとたん博尾とメイを殺した」

「どうせ私は千年以上も眠っていた。一つや二つの失敗ではびくともしない」

「俺達をここまでやってこさせたということは……別な手だてが見つかったんだな?」

「ああ、わかってしまえば簡単だったよ。なあ、津堂」


 メイコの矛先が、唐突にも津堂へつきつけられた。


 津堂は言葉がでてこない。


「接ぎ木だよ。お前を原木に継ぐ。老婆がお前に法力を注いでくれたぶん、またとない新たな力に満ちあふれていることだろう。お前の全てが、原木の力で私にふさわしい形に再生されるのだ」

「そんなことをさせるものか!」


 たまらず老婆が叫んだ。


「心配するな。痛くも痒くもない。津堂が原木を抱きさえすればいい」

「い、嫌です!」


 メイコは上半身を少し傾け、自分のスカートの中に手をやった。ふたたびだしたときには二連発の小さなピストルが握られ、ためらいなく引き金を引いた。紙束で固い物をひっぱたいたような音が響き、老婆は眉間に穴をうがたれた。あおむけに倒れたときには、すでにこときれていた。


 人が銃殺される場面を間近にして、渕山は思わずアタッシュケースを落としてしまった。


「お婆ちゃん! なんて酷い……!」

「お前の本当のお婆ちゃんは私だよ。もっとも、ご覧のとおり永遠に若いままだけどね」


 メイコは銃口から昇る煙を吹き消した。


「あなたなんか、絶体にお婆ちゃんだなんて認めませんから!」

「じゃあ死体が二倍になるね」


 メイコは渕山に銃口をつきつけた。さすがの彼も、銃弾より早く走れはしない。


 絶体絶命か。


『敵の武器こそ敵の弱点となるのだ!』


 心の中で、彼の生存本能が老婆の姿を借りて助言した。あるいは、本当に老婆の残留思念かなにかだったかもしれない。


「なるほど、お前の主張どおりだ。たしかに、お前は原木に干渉はできない」

「それと津堂の接ぎ木がどう……」

「きゃあああぁぁぁ!」


 渕山は津堂を抱えあげ、メイコに投げつけた。彼女を撃ち殺しては元も子もない以上、ピストルはなんの役にもたたない。それより、津堂を捕まえて力ずくででも原木に抱きあわせた方がいい……とメイコが判断するのを渕山は見越していた。津堂が空中をよぎる間に、彼女自身を盾にしてメイコの座る安楽椅子めがけて突進する。


 渕山と津堂と、同時にきた情報を処理するのにメイコはほんのわずか時間を食った。その機会を逃さず、渕山は背をかがめて安楽椅子の縁を掴みメイコごと逆さにひっくり返した。


「ぐわっ!」


 床にぶちまけられたメイコはピストルも原木も手放した。津堂は顔を自分の腕でかばった直後に安楽椅子の肘かけと衝突した。渕山は安楽椅子を放してメイコの背に落とし、原木を拾った。一連が、わずか五秒かそこらで終わった。


「ま、待て! それを乱暴に……」

「ふんっ!」


 メイコのこめかみに、渕山は棍棒こんぼうよろしく原木を叩きつけた。グシャッと砕ける感触がして、メイコは口をだらしなく開き白眼をむいた。念のためにもう一発。どうせ人間じゃないし。


 とどめを刺されたメイコは、全身から泡をたて始めた。かすかな桃の香りを放ちながら、ブクブクと音をたててメイド服ごと溶けていく。数十秒かけて、消えてなくなった。なぜかピストルもメイコと変わらない運命をたどった。最後に、一本の鍵だけが残った。ごく普通の、鉄でできた鍵だ。察するに、エレベーターの部屋を開けられるのだろう。


「ふ、渕山さん……」

「すまん。手荒なことはしたくなかったが、これしか思いつけなかった」

「いえ、私は大丈夫ですけど……お婆ちゃんが……」


 老婆はあくまで人間だ。手のほどこしようがない。


「口やかましいが、いい人だった。俺も助けてもらった」


 こんなとき、ちゃんとした手むけの言葉がでてこないのはなんとももどかしい。


「お婆ちゃん……せめて、ちゃんとお墓を作ってあげたいのに……」


 渕山は、改めて老婆の遺体を眺めた。ピストルが消えたのに応じてか、額の穴も消えている。だからといって生き返る気配はなかった。


「連れて帰ろう。それから本人の家の電話で救急車でも呼ぶといい。俺は足がつくとまずいから、君に頼んでいいか? かわいそうだが、遺体は目につく中庭かどこかに横たえて。君は善意のハイキング客で、偶然倒れている人を目撃したというていだ」

「はい。救急車につきそってはいけませんか?」

「気持ちはわかるんだが……やめた方がいいだろう。いろいろややこしい。そのあと、どこかのキャンプ場ででも原木を燃やせば終わりだ」

「わかりました」


 消えたメイコが遺した鍵をズボンのポケットに収め、渕山はアタッシュケースを手にした。肩には老婆を担ぐ。


 そこから先は、淡々と作業の消化が進んだ。地下室最後のドアをメイコの鍵で開けると、エレベーターが現れた。二人で上にいき、洋館の裏口から外にでられた。


 渕山は愛車に津堂と老婆、原木にアタッシュケースを乗せた。やはりというべきか、助手席からはスゴイワちゃんが消えていた。 代わりに津堂がいる。


 積みこみが終わり、一同は二股の民家へ降りた。


 玄関は施錠されておらず、中に入って打ちあわせのとおりにした。救急車が到着するこれには、とっくに渕山達は民家をあとにしている。あとは、無縁仏で処理されるだろう。


 原木の処理は、その日のうちにすませた。山奥なのでオートキャンプ場にはことかかない。むしろ、一度ふもとの街までいってライターと焚きつけ用の新聞紙と着火剤を買う方が手間だった。


 一連が完結したのは、日付がかわる寸前の真夜中だった。オートキャンプ場には渕山達以外に客はおらず、呪わしい儀式の終焉を二人だけで見届けられたのはまだしもの幸いだろう。


 備えつけのかまどに置いた原木は、着火剤とライターであっという間に火がついて燃えた。


 星空にたちのぼる煙を眺めながら、津堂は静かに泣いていた。


 渕山は、なんとも複雑な気分だった。とにかく金は確保した。結局、負傷らしい負傷もしなかった。


 しかし、津堂をどうすればいいんだろう。身元はおろか戸籍もない。だからといって放り出すわけにもいかない。知らん顔をするには、渕山は自分で思っている以上に恩義にこだわる人間ではあった。


 まあ……いいか。明日にでもゆっくり考えれば。


 とにかく今は、腹が減った。


 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神捨て場 マスケッター @Oddjoh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ