第8話「受付嬢の心の内」

私は自分の仕事に誇りを持っていたい。


それが怪我で冒険者を辞めた時に決めた、自分なりの生き方だった。


私が冒険者、しかも駆け出しだった頃は、むやみやたらに課されるギルドからの誓約や成功報酬の少なさなどに、ぶつくさ文句を言っていたものだが、いざ自分がギルド側に立ってみるとその理由がよく分かる。


冒険者は何も、楽しいことばかりではない。

もちろん実力主義の冒険者稼業では、私が兎獣人ラビットだからといって煙たがる奴もいないし、仲間と徒党を組んで困難に打ち勝った時は、それはもう嬉しかったし、あの時のパーティの皆の顔は今でも忘れられない。

けれどこの職業はいつも死と隣り合わせだ。

仲間との青春、そして一攫千金を狙うには自分の命を天秤に掛けなければいけない。

そして莫大な金が動くとなれば当然しがらみも増えてくる。

そのしがらみを何とか最小限に抑えるために、規則や成功報酬は設定されているということを、今になって痛いほど思い知った。


「だから何度も言ってるじゃないですか。あの三面鳥は識別個体級ネームドだったんですって」


「それはこちらでも認知しております。ですがやはり、討伐証拠となる魔核が消失していますと、こちらとしても受理いたしかねます」


「そこを何とかお願いしますよ。僕たちだって必死にあいつを倒したんですよ?そうだよな?皆 」


青年が後ろを振り返ると、気まずそうに苦笑いするお仲間達。


無論、討伐報酬の水増し請求だ。

まぁ気持ちが分からない訳でもない。

新米冒険者の頃は、誰だって金欠だ。冒険者になる為に買った防具や武器の初期投資、重なる出費に釣り合わない成功報酬。

ちょっとやそっとのサバ読みなら私もやったことがあるが…


(ここまで実力に合わない魔物を討伐したと言い張るのは、流石に無理があるだろう)


一応これでも金星ゴールド級までは上り詰めた身だ。一目見ればおおよその実力は見当がいく。


識別個体ネームドを倒したと言い張るには、目の前の青年達は明らかに実力不足だった。


だがそうなると当然疑問も湧いてくる。

一体誰が、あの森で三面鳥を倒したのか。


ギルド内にいる冒険者達を、横目に一通り眺めてみる。


森での戦闘に向かない大身槍使いが主攻撃アタッカー銀蘭シルバー級、昨日は連日の疲れを取るために休養を取った金星ゴールド級、主に新人の洞窟探索に同行する元白磁プラチナ級の顧問冒険者達。

そして後1組、というより単独ソロ藍銅ブロンズ


明らかに新米冒険者っぽいパーティ達を除けば、可能性がありそうなのは全部でこの4組だった。


だがここでもうひとつ、問題がある。

どこのパーティの誰が三面鳥を倒したとしても、討伐報告がされないのはどう考えてもおかしい。

どれだけ等級を上げようと、金策に困るのが冒険者の常だ。

わざわざ仕留めた魔物、しかも特別手当の出る識別個体ネームドの討伐報告を行わないなんて、どんな初心者だと頭を小突いてやりたくなる。


そうなると残る可能性は一つ。


わざと討伐報告を行なわなかったのだ。

そんな面倒な事をするのは1組、いや1人しかいないだろう。


今日もギルドの隅で1人で座っている彼を見る。

傷だらけの防具と、腰に携えるみすぼらしい短剣はいかにも藍銅ブロンズ級といったところだ。


彼が何故周りから忌避されているのか、詳しくは知らない。

だが誰のことも信用してなさそうなあの目つきを見るに、過去に何か人に言えないようなことでもしたのだろう。

だがどんな極悪人であろうとギルド所属の冒険者であるならば、それなりの対応をこちらはしなければならない。

あの見た目で受けてる依頼内容が内容だ。

他の受付嬢が関わりを持ちたくないというのも頷けるが、公私混同は私のポリシーに反する。


勘違いのないように言っておくと、私は別に彼のことを好ましく思ってなどいない。

むしろ嫌いだ。


今回のような件は、過去にも何回かあった。

討伐者が不明の上級魔物グレートモンスターの死体。そのどれもが、シャルデの森で発見されたものだった。

今回の件に至っては敵は識別個体ネームド、数は異例の3羽、そしてそれを単独撃破となれば、今このギルドで最も実力が高いのは...


「だから余計、腹が立つのよ」


ばったりと彼と視線が合うが、直ぐにそっぽを向かれた。

その透かしたような態度がなおさら癇に障る。


冒険者は実力主義だ。

ならば力を持つ者が上に立つのが必然であるし、上に立つ者はいい思いをしなければならない。

そうでなければ実力を持たない下の者が勘ぐってしまう。

どんなに努力をした所で、辿り着く先がアレなのかと。

周囲からの不評も、その身に合わない粗銅のプレートも、全てはねのけるだけの力を持っていながらなぜその立場を受け入れるのか、理解ができない。


だから私はポリシーに反しないギリギリの所で、皮肉たっぷりの愛想笑いでもって依頼に向かう彼の背中を見送る。

そう決めている。


「受付さん、聞いてます?」

「え...ああ、はい」

「ですからぁ」


目の前の青年は、窮地に立たされた時の精神論とやらで今度は挑戦してきた。


「ほんっと、めんどくさ...」


もうかれこれ30分はこの話に拘束されている。

これ以上は私の手に余るので、いっそのことギルド長にでも投げつけようかと思っていた時だった。


「…たおしたのは、あなたじゃ、ない」


ゆっくりとした、野原の風のように透き通った声が、足元から聞こえてきた。


「どなたです?」


受付台の下からは、何とも可愛らしい耳がひょこりと伸びてきた。

始めはどこかのパーティが連れてきた兄妹か娘かと思ったが、肌の白さや目の色を見るに、どうもここら辺に棲んでいる子供ではなさそうだった。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。迷子?」


青年はその子供をこちらから遠ざけるようにして応対を始めた。

もはやそんな事をした所で意味はないのに...


だが迷子というならば、一応は保護してやらないとだろう。

そう思い、人形のような顔立ちの女の子を手招きしてこちらにこさせようとしたのだが、意外な声が横から割ってきた。


「おい、目立つ事ははするなって言ったろ」


「...でも」


「いいから行くぞ。今度離れたら、ホントに置いてくからな」


「うん、わかった。ごしゅじん」


「だからなんども、...まぁいい。

受付さん、誓約書は書いた。後は頼む。」


彼はそう言って捜索依頼の誓約書を置くと、小さな女の子を後ろに連れて、ギルドの出口へ行ってしまった。


「受付さん、受付さん?」


しつこかった青年がまた何度も私を呼ぶような気がしたが、それよりも私はバカみたいに開いてしまった自分の口の方が気がかりだった。


こっちが考え事をしているというのになおも報酬の話を続けてくる青年を一喝し、一度性根から叩き直してやろうとした所で、もう一度出口を見る。


彼と少女の姿は、もう見えなかった。


誰も周りに寄せ付けなかった彼が、人を連れて歩いている。

その奇妙な光景に、彼の人生や人間関係に何か変化があったのではないか。

そう詮索するのは公私混同になってしまうだろうか。


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死体漁りの勇者 @hakotya

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