第7話「夜中の宿」
浅い眠りに浸っていた脳に、かちゃりとした金属音が響いた。
遅れて、立て付けの悪い扉が木の床板を擦る音。
侵入者だ。
蝶番に埋めた金属片は、外から扉を開けた時のみ落ちるように設計してある。
その音が聞こえたということは、そういうことだ。
背中の筋肉に意識を集中させ、しなった弓のようにベッドから跳ね起き、脇に置いた護身用の短剣を鞘から抜き出すと、扉の前にいる侵入者の懐へ足を滑らせた。
夜襲に備えてない程馬鹿じゃない。どこの誰かは分からないが、甘くみられたものだ。
暗い部屋の中で夜光を反射する短剣の切っ先を、侵入者の喉元へ運ぼうとした所で、違和感に気づいた。
起き抜けでまだ目が慣れていないため相手の姿はぼやけているが、体格は明らかに小さめで、そのシルエットも丸みを帯びている。
子供で、しかも女の暗殺者。
その可能性が頭をよぎる。
だが、人目につかない夜を見計い、標的を直接殺すのにわざわざ女や子供を寄越す必要はあまりない。
なにより、夜襲犯はこちらに危害を与える様子は全くなく、ただ扉の横で丸くなっているだけだった。
「何やってんだ、お前」
「..えへ」
夜襲の犯人、もといククルは扉の横で膝を抱えていた。目が慣れてくると、寝る前に一つに束ねてやった彼女の白磁の髪が月明かりに照らされている。
「外に出たのか?」
「…トイレ」
「寝る前に済ましとけよ…」
「…ごめんなさい」
申し訳なさそうに首を垂れるククル。
だが彼女が夜中に外に出ることを考慮していなかったのは俺の落ち度だ。
余計な心配事を一つ、増やしてしまった。
「今度からは、俺を起こせ」
「…でも」
「どうせ眠りは浅い、それよりお前が襲撃犯と区別出来なくなる方が困る」
「…分かった」
「よし、じゃあ寝るぞ。明日は朝一でギルドだ」
床に落ちた布を拾い上げ、ベッドに戻る。
「…あ」
「こんどはなんだ…」
早く寝ろという意味の催促も込めて返事をすると、ククルはもじもじと何か言いたげに指をいじっている。
言いたげというよりも、分かりやすく顔を羞恥に染めて、そわそわと足を交互に入れ替えているので、何を言おうとしているかは一目瞭然だった。
「トイレ、行ってきたんだろ?」
「うん、…でも、その…」
「場所か?それなら1階の廊下の突き当たりだ。階段は…、さすがに分かるか」
「…それも、その」
なら後は何だというんだ...
用の足し方か、水の流し方なのか、それともエルフ伝統の何か特殊な方法でもあるのだろうか。
まさかエルフは排泄行為は行わないなんて言い出さないだろうな。
「…その、よるは…わるいせいれいが、いる」
恥ずかしそうに股の上で服を押さえつけながら、まごまごと彼女は言った。
流石に、それは予想していなかった。
「そういうの、あるのか、エルフにも」
トイレに一緒に行くなんて子供じみたことには流石に付き合いきれないし、眠気も襲ってきたので、そのまま放置して寝ようかとも思ったが、今にも漏らしそうな仕草で瞳に涙を浮かべるククルを見ると、本当にそのまま床に撒き散らしそうだった。
ーーー
「ししょう、いる?」
「いる、はやく済ましてくれ」
「…こえ、とおい、…ほんと?」
「クソ、何で俺が」
これでこいつがもし寝坊したとしても、絶対に起こしてやらん。
窓の隙間から吹く夜風に当たりながら、そう心に決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます