断章 「ある日の宿屋」



「なぁ、有栖。話したいことがある」


「ん、なに急に改まって」

「この間の続きだ、言われたろ、あのシスターに、ちゃんと話せって」


「…うん」


「それでな、兄ちゃん、決めたよ。受けることにする」


「そっ…か、」


「…やっぱり反対するか?」


「うん…でも、もう決めたんでしょ?」

「ああ…」



「なら、お兄ちゃんはもう変えないよ。だって私に似て頑固だもん」


「かもな」


「そうだよ、…でも一つだけ言ってもいい?」

「ああ」


「お兄ちゃんはさ、どうせまた今回も私の事を一番に考えて、考えて。そのくせ私にはなんにも言わないの。いつもと一緒」


「…耳の痛い話だ」



「ほんとだよ。でもね、その分ちゃんとお兄ちゃんが私の為を思って、そうしてるのも、知ってる」


「…」



「こっちにきて、もう長いじゃん?だから、お兄ちゃんは言わないかもだけど、馬鹿な私でもそろそろわかる」


「…」




「たぶん、もう戻れないし、パパとママにも、もうあえない」




「…なぁ」


「だからっ、…だから、私、別にいい」


「お兄ちゃんが、いてくれれば、それで、いい」


「受けなかったから、失敗したから、それで…周りの人にどれだけ嫌われても、お兄ちゃんさえ…わかってくれれば、いい…」


「…わかったよ」


「…ほんとにわかってる?」

「わかってるわかってる」

「うわでた、わかってない時のやつ」


「…ほんとにわかってるよ、これからは、俺とお前の事を優先する。な?愚妹よ」


「…」


「…うん。ふふ、それでいいのだ、愚兄よ」

「ふっ数学五点」

「…ぺっ、お兄ちゃんのばーか」


「寝るか」

「ん、ねよねよ」


「はー、馬鹿な妹をもう気遣わなくていいとなると気が楽で安眠できそう」


「は?ライン超えなんですけど」


「…ね、お兄ちゃん」


「ん」


「今日はさ、隣いってもいーい?」

「そのライン超えはしないぞ」

「…そうじゃないから、がちきしょい」



「…ねーぇ」



「ほれ、寒い、早く」

「ん、ありがと」


「じゃ、今度こそ寝るか」

「うん、おやすみ、お兄ちゃん」

「ああ、おやすみ、有栖」


暗くなった部屋の中で、有栖がいたずらにこちらの頬を指でつつく。

寝返りをうって有栖と向き合えば、有栖は暗闇の中でもわかる程の無邪気な笑顔を見せた。


優しく微笑み、隣で寝息を立てる有栖の髪の色は、まだ黒のままだった。

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