『後日談』

第31話 それでも、アネラさんは……

『ここまで証拠が揃っていれば、もはや弁解する余地はない―――』

「薯まで来てもらおうか!『署まで来てもらおうか!』 しゅん!」

「それは焼き芋のほうだから!!」


 うちのリビングのソファーには、頬杖付いて横になっている銀色の髪をした少女がいる。

 彼女は『姫様だよ』とプリントされているぶかぶかなTシャツを身にまとい、すらりとした長い脚を伸ばしている。


 時にうつ伏せになり、足をぶらぶらさせている上に、濁りきっていたはずの目はなぜか生き生きとしていた。

 テレビに映っている刑事が決めゼリフを発するのと同時に、彼女は勢いよく振り返って同じことを俺に放ってきた。


 何を隠そう。

 この女の子こそ俺の婚約者にして、エメラルドリア王国第一王女―――アネラ・Hエイチ・エメラルドその人だ。


 最近彼女のマイブームは昼でドラマを見ることだ。

 ご丁寧に気に入ったセリフを真似して俺にかけてくれることももちろん忘れない。


 どうやら、彼女の存在はすでに俺の両親に認知されているらしい。

 俺が部屋にいなかった時とかはこうしてリビングでテレビを見ていたりする。

 

『最初はゲームかなと思ったけど、よく話を聞いたら瞬の彼女が遊びに来たじゃない? なんで早くお母さんに紹介しなかったの?』


 お母さんにそう言われた時はこの世の終わりかと思った。

 やはりローンが残っている家の壁は薄い。


 どうやら、俺とアネラさんの会話はお母さん達に筒抜けになっていたらしい。

 どうりでアネラさんが買い物に行く時とか、特に騒ぎが起きていなかったわけだ。


 それなら、遊園地に行く時もこっそり親のいない時間を狙って家を出る必要はなかった。

 ただ、問題はそこではない。


 俺がエロゲーやって叫んでいたなんて思われた可能性がある。

 声が筒抜けになっているのに、何も言いに来ない親の優しさが気まず過ぎた。


 実際、俺は『くっ殺の姫騎士は恥辱の白〇液に塗れるまで〜III』をプレイしていたし、その後思い切りアネラさんに『帰れ!!』と叫んでいたから、そう思われてもなんもおかしくはない。

 もしかして、今までも男子高校生の夜から借りたゲームをプレイしていた時の音声が、全部お母さん達に聞かれたなんて想像したら鳥肌が治まらない。


「しゅん、豚カツ食うか♡」『豚カツ食うか?』


 俺が打ちひしがれている時に、アネラさんはしつこくドラマの真似をしてくる。

 おまけに、俺を犯人役にするのも忘れない。


 そう、婚約者とは言ったが、主婦とは聞いていない。

 『豚カツ食うか♡』なんて言ってるが、一向に豚カツを作る気配がない。


 こんな主婦はいない。

 いてはならない。


 この前は、恋愛ドラマをやっていた時なんて―――


『私たち、もう会わないほうがいいかもね……』

「これも運命ね、『これも運命ね……』しゅん!」

「婚約早々破棄する気か!?」

 

 もはや、主婦の鏡というべき熱中具合だ。

 

 そのドラマは俺もまあまあ好きだから、アネラさんのせいで大事なセリフはことごとく彼女のアフレコになっていた。

 しかも、毎回俺の名前を呼んでくるし、途中から主人公の男性には半端ないくらい感情移入していた。


 探偵ドラマだってそう。


『これは密室殺人ですね……凶器も見当たりません……でも―――』

「私にかかれば全てが解き明かされます!『私にかかれば全てが解き明かされます』 しゅん!」

「犯人はお前だからな!!」

「痛っ♡」


 事件の真相を一番知っているのは名探偵でも警察でもない。

 犯人だ。


 そういう意味ではアネラさんにぴったりのセリフ。

 彼女が自首すれば宝石類盗難事件はすんなり解決するだろう。


 おまけに、落ち着きのある探偵のセリフなのに、アネラさんにかかればただの声のでかい人にしか聞こえない。

 そこに知性はない。あるのは勢いとノリだけだ。


 肝心な焼肉味のポテチだが……普通にCMでやっていた。

 これで確信できた。アネラさんはよく俺の家に忍び込んで、テレビを見ていたに違いない。


『この文書の筆跡は鑑定済みだ! ―――』

「無駄な抵抗はやめろ!『無駄な抵抗はやめろ!』 しゅん!」

「お前こそ無駄な抵抗をやめろ!! テレビを消せ!!」

「いやんっ♡」


 アネラさんからリモコンを取り上げようとした途端、彼女は身を捩って回避しやがった。

 その結果、俺はなすすべもなく彼女のおっぱいを掴んでしまった。


「いい加減にブラを付けろ!!」

「胸触ってる時に言うと説得力がありませんね♡」


 別にお前のおっぱいを触りたがっているわけじゃないから。

 その無駄な矜恃はやめろ。


 確かに、柔らかいし形もいい……って違う!!

 またしてもおっぱいに思考をジャミングアネリングされてしまった……。


「しゅんは忘れているのかもしれませんが」

 

 急になんだ。

 あんなに頑なに見ていたテレビの画面から目を離すのはお前らしくないぞ。


「私の寝室にはもう……宝石がありません―――痛っ♡」

「自業自得だ!!」


 なるほど、そういうことか。

 もう換金するものがないから、ブラは買えないと。


 じゃ、今アネラさんが摘んでいるじゃが〇こはなんだ?

 

「おい、お前まさか……」

お母さんお義母さんからお小遣い貰いました♡」

「あぁぁぁぁああっ!!」

「しゅん!」


 やめろ!!

 これから変貌を遂げる狂戦士バーサーカーを見るような目で俺を見るのはやめろ!!


 全ての元凶はお前だったのか……。

 どうりで今月のお『小』遣いはいつもより1000円少なかったな……。


 もう我慢ならない。


「帰れ!!」

「しゅん!」

「なんだ?」

「一生離して差し上げません♡」

 

 どうやら、俺の婚約者は俺を離す気はないらしい。

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俺の部屋のベランダはどうやら異世界の姫様の寝室に繋がっているらしい 〜えっちでヤンデレな姫様は俺を離してはくれない〜 エリザベス @asiria

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