死者は還らない

藍条森也

フランケンシュタインの末裔

 それは、暗い嵐の夜だった。

 滝のような雨が降り、木々も折れよとばかりに風が吹き、雷が鳴り響く。

 その古い屋敷のなかでは狂った夜の嵐のような、荘厳そうごんだがどこか異形いぎょうを思わせるピアノ音楽が響き渡っていた。

 屋敷の窓を通して屋敷内に突き刺さった稲光が、闇に閉ざされた屋敷のなかを照らしだし、一心不乱にピアノを弾く、いや、叩きつづける人物を照らし出した。

 「ふふふ、ふぁーはっはっはっ!」

 その人物は狂ったように哄笑こうしょうした。

 「見たか、アルポルザ! お前は言ったな。死者は還らない、死者を生き返らせるなど不可能だと! だが、おれはやったぞ。かの偉大なるヴィクター・フランケンシュタインの末裔として、生命の神秘を解き明かし、蘇生の術を見つけ出した。いまこそ我が手で死者は蘇るのだ!」

 そう叫ぶかのの後方、そこには一台の寝台があった。その上には一体の、いや、ひとつの肉の塊。もう何十年も前に死んだかのの祖母の死体だった。

 「見ていろ、アルポルザ! 今宵こよい、我が祖母は蘇る。吹き荒れる嵐と雷の力が生命の源を刺激し、このピアノ音楽が細胞という細胞に侵入し、賦活化させる! それによって死者は再び、生を得るのだ……!」

 かのはそう叫びながら、先日の出来事を思い返していた。


 「なあ、もういい加減、悪い夢から覚めて復帰する気はないか?」

 幼馴染みであり、かつての同僚であったアルポルザは屋敷を訪れるなり、かのに向かってそう言った。

 「社長はお前が復帰するなら、もとのポストは喜んで提供すると言ってくれた。そうするべきだ。どう考えても馬鹿げている。世界最高峰の医療技術者として名を馳せたお前が、よりによって死者の蘇生なんて、そんな無駄な目的に絡め取られて地位も、仕事も、家庭さえも捨てて世捨て人みたいな暮らしをしているなんて。奥さんはずっと心配しているぞ。娘さんだって気にしている。こんなところに籠もっていないで早くふたりのもとに戻って安心させてやれよ」

 「戻れだと? 会社のポストや家族。そんなもののために『死者の蘇生』という人類の夢を捨てろというのか?」

 「死者の蘇生は文字通りの夢だ。現実にはあり得ない。決して、あり得ないんだよ」

 「それは、お前たち凡人の言うことだ。おれはちがう。おれは偉大なるヴィクター・フランケンシュタインの末裔。その名にかけて、必ずや生命の神秘を解き明かし、死者の蘇生を可能にする」

 「無理なんだ。それだけは決してできないんだよ。例え、どんなに科学が発達しても。死者は還らない。死者を生き返らせることなんて出来はしないんだ。それが、人の世の真理なんだ。なぜなら……」

 「出来る。おれは必ず、死者を蘇生させる方法を見つけ出す」

 断固としてそう語る、かのの姿に――。

 アルポルザは溜め息をついて帰って行った。


 「見ているか、アルポルザよ。お前はあのとき、おれのことをどうしようもない愚かものと思っただろう。だが、見ろ! おれはたしかに死者の蘇生術を完成させた! もうすぐだ。もうすぐ我が祖母はこの嵐と雷、そして、我がピアノ音楽を全身に浴びて蘇る。そのとき、お前は自分の愚かさを思い知るのだ……!」

 バアァァァンッ!

 巨大な怒りを込めてピアノの鍵盤が叩きつけられた。

 嵐と雷はいよいよ大きく、激しくなり、それに呼応するかのようにピアノ音楽も凄みと狂気の度合いを増していく。そして、いよいよクライマックス。ひときわ大きな雷が屋敷を直撃し、最後の一小節が鳴り終えた。そしてーー。

 おおっ。

 神も見よ!

 寝台の上の死体がいままさに、自らの力で立ち上がろうとしているではないか!

 「ふははっ、成功だ、成功したぞ! 見ろ、私は正しかった……」

 正しかった!

 そう叫ぼうとしたかのを、無数の銃弾が撃ち抜いた。

 突如として、屋敷の窓ガラスをぶち破って侵入した何人もの人間たちが、蘇った死体もろとも、かのを蜂の巣にしたのだ。

 「……これでよかった」

 侵入してきた人間たちのひとりが、かのの死体を見下ろしながら呟いた。それは、かのの幼馴染みにしてかつての同僚、アルポルザだった。

 アルポルザは幼馴染みの死体をしばし、見つめた後、寝台の上の死体に目をやった。一度は蘇りながら、いま再び、死体とされた肉塊へと。

 その死体を見るアルポルザの顔にはこれ以上ないほどの嫌悪の色が浮かんでいた。

 「この歳になっても子供の頃の黒歴史を蒸し返してくるような相手にいられるなど……あってたまるか!」

                 完

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