悪の組織と私の話 -決着-
落ち着いた雰囲気醸し出す木目調のドアは無惨にも割れ、金色のドアノブはその価値を失ったかのように転がっていました。そのドアを蹴破ったのはフゴウの父親、この組織のボスでした。
ズカズカと傲慢な態度で歩みを進めて来たボスは、私の前で立ち止まると、風の如き速さで床に膝、両手を着き、頭を垂らし低い姿勢を保ちました。
所謂、土下座でした。
「息子の願いを聞き届けてくれ!」
親バカも甚だしい。盗み聞きなんて好ましくないですね。
「お断りしました」
「どうしてもか?」と、ボスは懇願します。
「どうしてもです」と、私は断ります。
その時です。フゴウは父親の隣で屈みました。
「もう、いいですよ」
優しくかけられたその言葉は意外でした。フゴウの諦めの悪さは身を持って味わっています。だから、今回も父親を真似て土下座で懇願するだろうと思っていましたから。
「土下座するかと思った……」
「思い返せば、まだ子どもの僕には重い選択だった。それに、これから本当の運命の相手が現れるかもしれない」
突然大人になったフゴウに私が感心していた一方、父親は納得出来かねているようでした。
「もみじさん! 決闘を申し込む」
「決闘?」
「負けたらフゴウの妻となってください」
かなり強引な手に出たものです……親子揃って諦めが悪いのは能力か何かですか?
重いため息が止まりません。
「私より強い人間であれば従う。だが、弱ければ私に従っていただく」
面倒臭い人に目を付けられたものです。
「もみじ、無理なら断っても……後で別れたことにでもすればいいから」と、フゴウは耳打ちして来ました。
私の気持ちを考えてくれるようになったフゴウ、この短時間で少しは成長したようです。
しかし、私は俄然やる気でした。時は金なりです。私の時間を奪ったこと後悔させてあげます。
強く握られた拳は燃え滾る闘志の表れでした。
「いいでしょう。受けて立ちます」
「正気かい……」
フゴウは身を縮めて戦々恐々としていました。決闘内容にもよりますが、ドアを蹴破るほど力の有り余っている方と肉体的な決闘にはならないはずです。ボスも大人ですからね。
「それで、決闘内容は?」
「ゲームだ。レースゲームで勝負だ」
「いいでしょう」
「ご主人様、準備が整いました」
使用人の声がリビングに響き渡りました。いつの間にか、決闘の準備を進めていたようです。仕事が早すぎる優秀な使用人さんでした。80インチのテレビには、私のよく知るレースゲームの映像が流れていました。
「ご苦労。では、早速決闘と行きましょうか」
「私、このゲーム弱くないですよ」
「ほほう、フゴウが惚れるだけある。だが、私は世界ランキングトップ10だ」
ほほう、このゲームに世界ランキングあることを只今知りました。自由気ままに、ぬいぐるみさん方や最高難易度のコンピュータと対戦する程度で、ランキングなど気にしたこともありませんでした。
しかし、この方に勝てばトップ10入りも夢ではなさそうです。コンピュータに鍛え上げられたと言っても過言ではない私の技量を、どうやら世界に見せつける時が来たようです。
ピィィィ――スタートの号笛が響きました。
最初は互いに好調な走り出しで、急カーブもドリフトを駆使し流れるように走っています。ボスとはほぼ並走。トップに躍り出たかと思うと抜かされてしまういい勝負です。
そんな一進一退のレースが続いていたことをボスは面白く思わなかったのでしょう。突然私の愛車に体当たりを食らわしました。愛車はスピンし、コースアウト。ガードレールに衝突したことで停車しました。
その後、急いでコースに復帰するもボスを視界に捕らえることはありませんでした。
それから最終レースまで順位に変動はなく、ボスが1位で私が2位です。このままでは私の敗北は必然。一発逆転のアクションを起こしたいところでした。
ふと、隣でコントローラーを握っているボスに視線を移しました。ゲームに集中しているようで、私の視線には気付いていませんでした。
試しに脇腹を小突いてみました。
すると、どうでしょう。
甲高い声を上げて逃げるように体を捻りました。
その時でした。ボスの愛車は自らコースアウトし、そのまま崖下に落下して行きました。
フゴウも、使用人も、その場にいた全員が呆然としました。
その数秒後、私の愛車は事件現場を華麗なドリフトで通り過ぎて行きました。
更にその数秒後、落下前地点から再スタートするボスの瞳は色を失っていました。
「ひ、卑怯ではないか!」
「お返しです」
「倍返し過ぎるぞ」
「脇腹を小突いただけで、あなたのようにレース妨害をした訳ではありません。自らコースアウトしたではありませんか」
「それも立派なレース妨害だ」
「ところで、私ゴールしちゃいました」
「あっ……」
「私の勝ちですね。てへぺろ」
世界ランキングとか全然関係のないレースが繰り広げられました。
「フゴウ……すまない。結婚は諦めてくれ」
「大丈夫ですよ。僕はもう諦めがついています、父さん」
普通は振られた息子を慰める光景が一般的だと思うのですが、何故か息子の結婚を賭けて決闘に挑み、そして敗北した父親を慰める息子の姿がありました。
「もみじさん、せめてお友達としてこれからもフゴウと接していただいないだろうか? ずっとあなたの事を思い続けていた愛に嘘はなかった」
父親はどうしても息子と私に関係を持たせたいようです。可愛くもない潤んだ瞳で懇願して来ました。
「別に良いですよ。絶交した訳ではありませんから」
「では、お友達の悪戯という事で此度の事も不問に……」
「それでは、お願いを聞いてくれますか?」
「何なりとお申し付けください」
「まずは私を自宅まで送り届けてください。それと、人探しを手伝ってください」
「承知いたしました」
ポンポンと手を叩く主人の意図を察したのか、使用人はリビングから飛び出して行きました。
「ところで、その人探しというのは?」
「私の想い人です」
「それ、僕の前で言うかい普通」
「友達だから」
「そっか、友達だったね。それで、その想い人の名前は?」
「あきくんって知ってる?」
「それって、中学で同じクラスだった子だよね」
私は頷きます。
「分かった。探してみるよ」
「もみじ様、お車のご用意が出来ました」
約束を交わしたタイミングで先程飛び出して行った使用人が戻って来ました。
「じゃあね。もう過去の事だからこれからは責め立てたりしないけど、今日の事は最低だからね。友達だから不問に付すけど、次バカしたら陽の光を浴びれなくするから」
しゅんとするフゴウは下げた頭を上げられずにいます。
「フゴウ、今後の事もあるから連絡先交換しない?」
少しだけ優しさをプレゼントしました。こんな奴に渡したくもないですが、人探しの情報共有くらいは出来た方がいいでしょうから。
「……やっぱり、俺の事気になってる?」キラキラした瞳を向けるフゴウ。
「あんたねぇ……」半目状態で睨み、そして脇腹を小突きました。
「いっってぇ――!」
その断末魔を無視して、私はリビングを後にしました。
ご用意いただいた車は、無駄に広い玄関前に停車していました。そして、それは何故かリムジン。夜であることが唯一の救いと言えるでしょうが、これはさすがに注目を浴びてしまいます。最後の最後に恥ずかしいことをしてくれました。
「これは誰のセレクトですか?」と、呆れ気味にあの三十路の運転手に尋ねます。
「右隣にいた告白男のセレクトです」
唯一私からのビンタを2回食らった男ですね。
「肝心のその人は?」辺りをきょろきょろと見回します。
「ご興味がおありで?」
「いえ、全く」
「あなたに差し上げると意気込んで花束を作っていますよ」
運転手が指差す方向には花壇で花を選別しているあの男がいました。
「もう出発してください」
あの人と関わるとまた面倒臭い展開になりそうです。3回目のビンタはそうやすやすと差し上げられません。
学校帰りの数時間、まさかこれほどまでに充実するとは思ってもみませんでした。心身ともに疲労の蓄積が大きく、プリティーな私でもさすがに隠しきれそうにありません。瞼が重力に抗えず、閉じ始めています。そんな中、ゆったりと走るリムジンはまるでゆりかごでした。ダメ押しが過ぎますね。
悪の組織との決闘終わりです。今は、少しだけ……目を瞑っていたいです――
プリティーな私の物語 秋色音色 @sazanka_hiro
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