悪の組織と私の話 -目的-
フゴウ――中学時代、街中で芸能事務所からスカウトされ、様々な雑誌でモデルとして活躍、そして高校生になったタイミングで俳優としても名を轟かせるようになりました。その整った容姿と多方面で活躍する姿から、心動かされる方が多く、彼氏にしたいランキング3年連続1位に輝いています。
中学時代――
そんな彼と私の間に生まれた噂はたった一日で学校中に広まりました。元々、美男美女として騒がれていた私たちは、同時期に芸能事務所からスカウトされました。
しかし、私はそれを断り、フゴウは二つ返事で了承しました。それが要らぬ注目を集めてしまいました。様々な憶測が飛び交い始めたのです。
『あんなにかわいい子がスカウト断るなんてね』『フゴウくんはモデルになるらしいよ』『そういえば、フゴウくんと付き合っているらしいじゃん、もみじさんって』『美男美女モデルカップルだね』『容姿端麗、頭脳明晰、温厚篤実』『見事三拍子揃っているね』
そう思ってくださることは大変嬉しいです。ただ、フゴウとそのような関係を持ったことはなく、ただの同級生です。あらぬ噂が立つのは勘弁して欲しかったのですが、そんな噂をお構いなしにフゴウは私の前に現れました。
『今日もかわいいよ』『一緒にお昼どう?』『今度映画行こうよ』
そんな会話ばかりして来ました。私はずっと断り続けましたが、さすがに申し訳なくなり、学校外でならと映画の誘いだけは受けました。同級生には見つからないように敢えて少し遠方の映画館を選択しました。
なのに、その内密に計画していた情報が漏洩していたのです……。
『あの2人やっぱり付き合ってたじゃん』『フゴウくんめっちゃオシャレ』『もみじちゃん美しすぎる』『やばい、これやばいよ』『くそぉ俺のもみじちゃんが……』『私のフゴウくんが……』
「ねぇ、どうして」と、私はフゴウに詰め寄りました。
「俺ら有名人みたい」と、フゴウは言いました。
ただの友達として映画に行っただけですが、周囲とは齟齬が生じていました。それはフゴウも誤解しているようでした。私から了承を得られたことで調子に乗り、勝手に脳内変換したものと思われます。
詰まるところ、フゴウの手によって言いふらされたのです。
その重なり合った出来事が、私とフゴウとの誤った関係に、より脚色が加わる要因となりました。
学校では遂に、美男美女カップルとして有名になってしまいました。
それから数ヶ月が経った学校の文化祭、この噂を左右する重大な事件が起こりました。それは文化祭が幕を閉じようとしている後夜祭最中でした。
「僕からお伝えしたいことがあります」
突然ステージ上に上がったフゴウ。何をするかと思えば、これからの自分の在り方について語り始めていました。芸能事務所にスカウトされ、モデルの道を歩んでいること、俳優としても活躍したいこと。欲望は尽きないと語っていました。
「――そして最後になりますが、気持ちを改めて伝えたい人がいます」
そう言い放つと、周囲の視線が一気に私に集まり始めました。なぜ私なのですか? と、小首を傾げていると――
「もみじさん」
そう名前を呼ばれたことで、更に視線が集まりました。なんて面倒な事をするのでしょうか、あのバカは……。
「もみじさんのことが好きです。お付き合いしてください!」
直球勝負に来たあのバカに私は頭を抱えました。周囲は私を小突きながら付き合うよう促して来ました。フゴウの告白を断り、気まずい雰囲気にし、文化祭の最後を台無しにするのも、逆に華やかに締め括るのも、私の一声次第でした。
『ねぇ、どうするの?』『もちろん付き合うでしょ』『あんなにかっこいい人、そうそういないよ』『あ、もう付き合っているだっけ?』『じゃあ、これは全校生徒への報告会を兼ねているのね』『大胆な作戦に出たね』『輩から彼女を守るには公開告白してしまえば良いものね』
そう大半が思っているような事をフゴウは考えているのでしょう。
元々あらぬ噂が流れ、相思相愛としての地位を確立されたところに、真実のエビデンスを付加しようと、フゴウは公開告白に踏み切った。大方そんなところです。
それは私に断れない空気感を纏わりつかせました。断りたい思いと文化祭を台無しにはできない思いの葛藤で悩み、更に周囲の期待の籠った眼差しが、私に「はい」と言わざるを得ない状況を作り出していたのでした。
司会者が私の元へと近寄り、マイクを差し出しました。
あぁ、私の一声が全て。後味悪くなるのも、ハッピーエンドに締め括るのも、全て私次第。
深呼吸で気持ちを落ち着かせた私は、この場での最善策を選びました。
「はい。喜んで」
そう誰もが羨むほどの笑顔を向けました。マイクを握る司会者も目が輝き、頬は赤く染まっています。私に惚れてしまったのですかね?
これが今、求められている結果です。
「カップル成立でーす!」
司会者が叫ぶと、忽ち歓声が巻き起こりました。そして、紙吹雪が至る所から空中に舞います。キラキラと蛍光灯の光に祝福を受けながら。
それはまるで、最初から用意されていたかのようでした。フゴウなりに全て計算され尽くした用意周到な公開告白なのでしょう。こういうところはよく思考が働くようですが、私のこともよく思考して欲しいところでした。
今日この場に至るまでの全ての始まりを、私は振り返っていました。
「えっと……大丈夫?」
フゴウは私の顔を覗き込み心配そうな面持ちをしていました。
「あ、ごめん。なに?」
「かわいいから許す」
「それ聞き飽きた」
「聞き飽きるほど言われるなんてさすがだね」
「それでご用件は?」間髪をいれず私は訊きます。
「待って、僕の話聞いていなかったの?」
「えっ、あ、うん。ごめん」
「かわいいからもう一度言う。僕はずっと話したくて夜も眠れなかった」
「……そう」
「それだけかい? 僕はこうでもしないと会ってくれないと思って犯罪に手を染めたんだ!」
フゴウ自身、犯罪に手を染めている自覚はあるようでした。なければ警察に突き出してやろうかと思っていました。
「まあフゴウの事だから、大方そんな軽い気持ちだったんだろうね」
「そうなんだ。だから今日のことは――」
「なかったことにしてくれ。とでも言うつもり?」
「分かってくれるか!」
「最低」鋭い視線を送りました。
フゴウはたじろぎながらも、納得した目をしていました。
「やっぱりそうだよね。実際僕に付き合わされているだけだったし……でも、この気持ちだけはずっと変わっていない」
そして、力強い眼差しになったフゴウはその気持ちを伝えてきました。
「君が好きなんだ! 愛している! だからもう一度!」
重いため息が自然と零れました。話を逸らされている気がしています。
「……あの関係は3年間で終わり」
「いや、でも本当に僕は――」
「あなたの気持ちを全て否定する訳ではないけど、あなたは私の3年間を奪った。それだけは許せない」
「なぜ? 学校一のイケメンとそういう話になれたんだぞ。それにあの後だって嬉しそうに付き合ってくれたじゃないか!」
このバカはどうしようもない。私が詳らかに教示しないとダメなのでしょうか?
重いため息が止まりません。
「……私の気持ちを考えたことはある?」
「……」フゴウは考え込むように黙り込みました。
「きっとないだろうね、私を楽しませようと頑張っていることは分かっていたけどね」
「なら少しは……」
「あなたに心を奪われたことなんて少しもないわ」
断言した私にフゴウは酷く落ち込んでしまいました。
それもそうでしょう。私にとってあの3年間は、周囲の期待に応えようと強がっていただけです。3年間カップルを続けても尚、フゴウを好きになることは出来ませんでしたから。
「それで、結局私を連れて来た理由はそれを伝えたいだけだったの?」
「……いや、それ以上で」
照れ顔を晒したフゴウは言葉に詰まっていました。
「僕と結婚を前提にもう一度お付き合いしてください!!」
それは想定外の言葉でした。断っても尚、その信念を貫く姿勢は賞賛に値します。ただ、私はフゴウとそのような関係を持つことは出来ません。それのためにこんな事をするとは、なかなかどうしてバカですね。擁護のしようがありません。
「ありがとう」
でも、それは一度言われてみたい言葉でもあリ、これまでの事は関係なしに嬉しかったです。
「それじゃあ!」
「でも、ごめんね。そう思ってくれているのは嬉しいけど、私にはずっと好きな人がいるから」
「……」フゴウは口を閉じました。
「あの3年間、私に少しでも好きになってもらおうと頑張っている姿は知っている。だけどやり過ぎ。そういう恋愛は望んでいないの」
「……」
「顔も見たくないとか、最低だとか、酷いことを思っていたのは事実。でも、結構楽しかった思い出もあるから。水族館、動物園、カフェ巡りとかね」
「……」
沈黙するフゴウを背に、私は帰ろうと扉の前まで進んでいたその時――
バッコン!!
大きな両開き扉が蹴破られました。外れたドアノブは助けを求めているのか、コロコロと私の足元に転がって来ました。
えぇ――これは何事ですか?
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