悪の組織と私の話 -再会-

 高速に乗った私を待ち構えていたのは、味気ない時間でした。

 車窓から見える景色は、コンクリート、山、街、田園風景。繰り返すその景色に飽きていました。

 車内の状態はそれ以上に退屈です。後方には携帯端末を両手で持ち、物凄い勢いでタップ、スワイプ、フリックを繰り返している男性2人。左隣の男性は車窓からの景色を眺めており、右隣の男性は私をずっと見つめています。前方に視線を戻すと、未だマニキュアを塗り続けている女性と不平不満を呟く運転手。


「はぁ……」


 大きなため息を零した私は右隣の男性と目を合わせました。


「私に何かご用ですか?」と、私は訝しみながら尋ねました。

 

「あ、えっと、顔に……」


 男性は恥ずかしそうに急に視線を逸らしました。


「顔がどうしたのですか? 何か付いていますか?」と、私は再度尋ねました。


「あ、そ、そうですね」


「どこら辺ですか? 違和感ないので髪の毛ですか?」と、具体的に尋ねました。


「えっと、あ、うぅ――」


 男性は言葉に詰まっていました。詰まるくらいなら言わなくてもいいのに、と思ってしまいます。


「あ、あの、その――」


 それからもずっと言葉に詰まっていました。


 もう、焦れったいですね!


「もう何なんですか! 言いたい事があるならはっきり言ってください!」


 滅多に怒らない私でもさすがに声を大にせざるを得ませんでした。


「えっと! 顔に俺の事が好きと書いてあります!」と、男性は遂に言葉にしました。


「……はあ?」


 私は暫し呆けてしまいました。何を言っているのだろうかこの男は? 私の顔には『あなたの事が気持ち悪いです』と書いてあるはずです。もう一度ビンタをお見舞いしないとダメでしょうか?


 べチン!!


 痛々しい音が車内に響き渡りました。男の頬は真っ赤に染まっています。


「なっ……」


「振られたなお前」「いきなりはダメだ。ゆっくりが望ましいんだよ」「まずは友達からだな」


 他の3人から哀れな視線を向けられていました。


「おい、お前等静かにしろ。ボスから電話だ」


 マニキュアの女性は携帯端末をスピーカーにセットしました。


『ご機嫌いかがかな?』


 落ち着いた声が車内に響き渡ります。


『もみじさん』


 その直後、私の名前が呼ばれました。


「なっ!?」

 

 何故私の名前を知っているのでしょう? 誘拐犯方には教えていないはずです。鞄や服を見回しました。何処かに記名があるかと思いましたが、それはありませんでした。では、一体何処から入手したというのでしょう……。


『驚くこと無理はない。さあ、来なさい。お望みの彼女だよ』


 ボスは電話口向こう側で誰かを呼び出していました。


『やあ久しぶりだね、もみじ』


 ――っ。

 

 その声は忘れられない。ふとした瞬間に思い出してしまうほど聞き慣れた声、いや聞かされた声でした。


『あれ? 僕のこと覚えてくれているかな?』


 ――それは、中学生の頃。


「忘れたことなんてない、ずっと」


『それは嬉しいね。どうだろうかもう一度あの頃のように』


 ――執拗に付き纏われた。


「そうね」


『おぉーやっとその気になってくれたか!』


 ――その影響で、あらぬ噂が生まれた。


「なんて本気で思っているとでも?」


『えっ? 違うのかい? 僕はこんなにも思っているのに?』


 ――公開告白をされた。


「あなたが思うのは勝手だけど、私は違うから。あなたと同じ気持ちを抱いたことなんて1ミリもないの。ごめんね、だから私の前には二度と現れないで」


『酷いな君は。でも今の君を想像すると、あの頃よりずっと僕好みに成長しているんだろうな』


 ――断ることの出来ない空気だった。


「……本当に気持ち悪い」


『そう言わずに話し合おうよ。待っているから』


 ――遂に犯罪に手を染めたのか。


 私は腕を伸ばし、携帯端末の受話器ボタンを力強く押した。電話が切れた車内は静寂だった。




「なんかあったのね……」


 強制的に切電した私にマニキュアの女性は優しく訊きました。どうやら事情は実行犯に知らされていないようです。


「二度と会いたくありません」


「そっか……まあ車内ではゆっくりしていな」


「そう思うなら帰してください」


「それはできない。そろそろやれ」


 バサッ――


「んっ……」


 人が入れるほど大きな麻布が私に被せられました。根城までの道のりを分からせないようにするためでしょうか?

 しかし、誘拐犯の思惑はどうでもよく、これは私にとって僥倖でした。麻布を被せられたことを逆手に取り、胸元で抱えていたリュックサックから携帯端末を取り出しました。画面の明るさを暗く調整し、マナーモードに変更します。これまで無音だったことは幸いでした。

 そして、メッセージアプリを開き、家族グループにとある連絡を入れようとしました。


 バサッ――


 その時です。突然被せられていた麻布が回収され、両手に持っていた携帯端末が顕になりました。


「おい、それは回収する。鞄もだ」


 左隣の男性は私から携帯端末と鞄を取り上げました。一度、私を泳がせたように思えます。少しは頭の切れる誘拐犯もいるようです。


「これで誰にも連絡は取れないな」


 別に連絡を取れなくても問題はありません。ただ旅行に行ってくると出発の連絡を入れようとしただけです。伝え忘れておりましたが、私は今日から日曜日まで1人旅行予定で、両親は昨日から1週間出張です。自宅には誰もいませんし、本日は金曜日。お家に帰って旅行の準備をして、夜行バスで出発する楽しい旅行になるはずでしたが、最悪なことにそのスケジュールは完全に潰えました。


「はぁ……」


 もう辺りは夜の帳に覆われています。残念ながら本日は帰れなさそうです。


 バサッ――


「んっ……」


 再びあの麻布が被せられました――









 麻布を被せられてから数十分後、ハンドブレーキをかける音が響き、エンジンが完全に停止しました。

 

「着いたぞ、降りろ」


 誘拐犯の男性の声が聞こえた直後、麻布が回収されました。

 辺りは街灯もなく、暗闇が広がっています。重くのしかかるような曇り空は、地上へ降り注ぐ月光をも阻害しています。誘拐犯の持っている懐中電灯のみが足元を照らす唯一の灯でした。その灯に足元を照らされ降車します。逃げられないように周囲を囲まれた私は、誘拐犯に連れられ足場の悪い森の中を歩き進めて行きました。


 人工的な明るさのある舗装された道に突き当たったかと思うと、その先には広大な庭と欧風の豪邸がありました。道には街灯が等間隔に並べられており、玄関前のポーチライトは一等星の如く光り輝いています。


「ここがボスの別荘だ」と、誘拐犯の男性はインターフォンを鳴らしながら言いました。


 それは何となく察していました。彼奴は大富豪の1人息子で、山間部の避暑地に別荘を持っていると聞いた覚えがあります。それがこの豪邸なのでしょう。

 そうすると、ボスは父親の可能性が高くなります。顔を合わせたことはありませんが、バカ息子の我儘を聞き届けるほどの余裕をお持ちの親バカです。きっとあいつと瓜二つなはずです。

 どうして、こんなに頭がアレな方が大富豪なんでしょうか? この国もそろそろ終焉を迎えそうです……。


 ガチャ――大きな玄関扉がゆっくりと開くと、中から溢れ出た眩い光が私たちを襲いました。思わず瞑った瞼を再び開いた時、そこには純白と漆黒のドレスを着込んだ使用人らしき人物が数人立っておりました。

 

「もみじ様ですね。お待ちしておりました」


 丁寧な所作の使用人に招かれ、私たちは階段を上りました。その先に現れたのは、大きな両開き扉。使用人は備え付けられたノッカー叩きました。


「なんだ」


「もみじ様をお連れいたしました」


「入れ」


 使用人は中へ入るよう視線を送って来ました。どうやらここからは私1人だけのようです。


 嫌々扉を開けた先はだだっ広いリビングでした。そこで待っていたのは、ボスと呼ばれる彼奴の父親と思わしき人物と顔も見たくなかった彼奴でした。彼奴はテーブルに腰掛け、無駄にかっこいいポーズを取っていました。


「やあ久しぶりだね、もみじ……ってその制服姿、滅茶苦茶似合っているじゃないか! かわいいよ!」


 ぷいっと顔を背ける私。


「……嫌われているじゃないか」


「違うよ父さん。これは恥ずかしがっているんだよ。こんなにかっこいい僕を直視出来ない人は良くいるからね」


「まあいい。お前のためにここまでしたんだ。分かっているな」


 ボスもとい父親は鋭い視線を送っていました。

 

「分かっているよ父さん」


 最後に息子を一瞥した父親は、このだだっ広いリビングに私たちだけを残して出ていきました。

 2人だけになったこの空間は、重くのしかかるような居心地の悪い空気感でした。そこにダメ押しとばかりに気まずさが重なり合い、頭痛が襲いかかって来ました。


「もみじ、少しお話しようか。僕はずっと話したくて夜も眠れなかったんだ」


 ――父親の『ここまでした』その言葉に違和感がありました。これは組織的な計画的犯行ではなく、息子の我儘に付き合わされた突発的犯行に近いということ。車内での緊迫感のない雰囲気がその裏付けとなります。


「もみじ?」


 ――ただ、息子の我儘に付き合うだけのメリットが果たして他の者にあるでしょうか? 父親に主導権があると仮定しても、通報されたら地獄行き確定です。これまで得た地位も名声も全て失います。それを覚悟の上で犯行に加担するとはただならぬ意志を感じます。


「聞こえているよね?」


 ――謎は解けません。私にそこまでする価値があるとは思えませんが、やはり自然と溢れ出るプリティーさが原因なのでしょうか? 恋は盲目と言いますし、思考能力を剥奪する作用があるのかも知れません。


「も・み・じ!」


「はい?」


 急に名前を呼ばれた私は何事かとぽかんとしてしまいました。


「……待ってくれ、かわいすぎる」


 かわいい――此奴からのそれはもう聞き飽きました。中学3年間ほぼ毎日聞かされましたから。

 本当に言って欲しかった人からは一度も聞かされないまま終わってしまった3年間。そしてその3年間を台無しにした此奴の名は、フゴウ。

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