第三話 エピローグ
「うー、なんでこんなことに」
カチューシャは笑顔のまま呻くように愚痴を零した。
「そんな顔をしないでカチューシャ」
「人寄せの道化じゃね」
そこへカメラのフラッシュが焚かれた。
テレビの照明に加えて、キツい光りに照らされてキツい。
さらに好奇の目が、マスコミの記者達の目が注がれるのは、キツかった。
「なんでこんなことになるのよ」
「あなたは英雄なんだから」
先の戦いで、ロシア軍の新兵器を撃破したカチューシャは英雄だった。
ウクライナ軍を撮影するためのクルーが入っていたこともあり戦闘の一部始終を、撃破される所を撮影されていた。
その映像はライブで送られていたこともあり世界中に一瞬で拡散した。
ウクライナ軍本来の作戦が、新兵器によりレオパルト2に多数の損害と、武器弾薬燃料の喪失という大損害により行動不能になった事を悟られないように、あるいはウクライナの優勢に疑いをもたれないようにするためだ。
だからウクライナ軍はカチューシャを英雄に仕立て上げた。
即日、勲章を与え、正式な士官、少尉に任命したのも映えをよくするためだ。
「昇進が気に入らないの」
「それは良いけど、国の都合で昇進した上に、アイドルみたいにカメラの前に立たされて撮られるのはいやね。やらせで撮られているみたいで」
「そう? あなたは美人なんだから向けられても不思議ではないわ」
表情が崩れそうなカチューシャにノンナが心から言う。
少し表情が歪んでいるがロシア人の血を引くカチューシャの顔は元が美人、彫りの深い金髪碧眼の美形であるため、少し化粧をすれば十人中九人が振り向くくらい顔が良い。
来ている何時もの野戦服ではなく、ウクライナ陸軍の制服――義勇軍の制服は制定されていないため代用し部隊章と徽章のみ義勇軍のものを着用しているが、洗濯してそのままではなくアイロンが掛かっている綺麗な服だ。
更に授与されたばかりの真新しい勲章がぶら下がり、その輝きが花を添える。
泥臭い戦場を渡り歩く薄汚れた兵士ではなく、まるでアイドルのように美しかった。
部隊員もいつもと違うカチューシャの姿に、黄色い声を上げているほどだ。
戦場で命を共にした仲間に女扱いされるのは、どうも嬉しい気持ちにはなれない。
「それに、T34も綺麗にしてもらったでしょう」
「それはそうだけど」
戦いの立役者の一人であり、相棒であるT34がこの日のために清掃されたのは嬉しい。
何時も前線に投入されてばかりで最低限の整備、ペンキの塗り直しなんて出来なかった。
それが、今日の為に塗り直され、ピカピカに磨き上げられていた。
砲身は空を向き、いかにも勇猛なポーズをとっている。
それを撮して貰えるのは嬉しい。
しかし、やらされている感が強く、素直に喜べない。
「少尉」
その時、一人の男性が近づいてきた。
顔に包帯を巻いており、下からは血が滲んでいる。
先ほど交換したばかりだろうが、それでも血が付いてしまうのは余程の重傷。
本来なら病院にいなければならないが、この場に参列しようという意志が目に宿っており、この場に立たせていた。
「失礼ですが、どちら様ですか」
「自分は撃破されたレオパルト2の戦車長であります。少尉のお陰で助かりました」
「いえ、大げさでは」
「ロシア軍の新兵器にやられました。もし、少尉が撃破しなければ総崩れとなり、私も部下も味方に収容されることなくロシア軍の中に取り残されたでしょう。少尉は命の恩人です。感謝します」
「ありがとう」
ノンナ以外、誠実に、異心無き感謝を送られてカチューシャは満面の笑みを浮かべた。
天使のような笑みに戦車長は一瞬ドキッとした。
しかし、恋に落ちることはなかった。
「東方でロシア軍の攻撃が始まりました!」
急を告げる伝令が駆け込んで来た。
戦時下とはいえ、この式典の中に飛び込んでくるのはウクライナの現状を象徴していた。
お偉いさん方は、こんな時に言うなと怒鳴るが、カチューシャはノンナと見つめ合い、頷いた。
「行くわよノンナ!」
「式典は良いの」
「火消しこそ私達の役目よ! 皆! 出撃よ!」
カチューシャは戦車に飛び乗ると、走らせた。
「<プラウダ>発進!」
T34のハッチから身を乗り出し号令をかけるカチューシャの姿は風にひらめきなびく金髪もあって生き生きとしていた。
先ほどの笑みより美人であり、彼女が戦場の兵士である事を誰もが理解し、カチューシャを見送った。
ウクライナ少女戦記――私の好きな黒い大地 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou
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