『小瓶の小鬼』。
朧塚
裏市場の老人。
裏市場に辿り着くと様々なものが売っている。
それは人間の身体の一部だったり、瓶の破片だったり、使い古した豆電球だったり、食べ残しの残飯だったりした。
解真(かいま)は、いつものように、裏市場に寄り道をしていた。
「そこの美少年。何か買って行かないか?」
解真は声を掛けられる。
それは、両目を包帯で覆った老人だった。
どうやら、露天商みたいだった。
よく分からない、何に使えばいいか分からないガラクタを並べていた。
「貴方は何を売っているんですか?」
少年は問う。
「わしは“恐怖”を売っておる」
「恐怖、ですか?」
「さよう。わしは人の心を持ち合わせてない故に、人の持つ恐怖という感情に強い好奇を示しておる。わしから恐怖を買った者達は、それぞれの恐怖により、様々な末路を辿る」
「末路、ですか」
「ふふっ。金持ちになったものもおる」
「金持ちですか」
「だが。幸福と不幸は等価値なのだよ。何が幸で、何が災いか分からぬ。だが、少なくとも、わしから“恐怖”を買えば、お主の心は満たされるだろう」
老人の乾いた唇は、何だか妖しく輝いていた。
そして、少年・解真は老人から買い物をする事にした。
値段は、小銭の束で事足りた。
それは、生き物が入った小さな瓶だった。
瓶の中の生き物を、老人は“妖精”だと言った。
妖精といっても、人間に蝶の羽が生えた生き物ではない。
何か、得体の知れない角の生えた小鬼のようなものに、変な甲虫の羽が生えていた。
乱雑に建てられたビル群の横を通り抜ける。
ビルの向こう側には、解真の家があるゴミ山があった。
ゴミを燃やす煙が、モクモクとたゆたっている。
解真にとって、ゴミ山はとても居心地のいい場所だった。
彼は他のストリート・チルドレンと同じように、ゴミ山のゴミを拾って小さな家を作っていた。
拾ってきた木材などで出来た家は居心地が良い。
雨風をしのぐには頼りないが、それでも解真にとっては大事な居場所だった。
家の中に入って、小瓶の小鬼をまじまじと眺める。
小鬼は小さな埃や、羽虫を食うらしい。
瓶を開けて、埃と南京虫を放り込む。
小鬼は美味しそうにそれらを平らげていた。
解真はそれを見て、なんだか可笑しく笑った。
†
解真は毎日、ゴミ拾いをして日銭を稼いでいた。
拾ったゴミを買って貰う事もあれば、自分の生活用品に使う事もある。ゴミの中には残飯もある為に、日々の食糧にする事もある。
日々の仕事が一通り終わると、解真は瓶の中の小鬼を眺めて過ごしていた。
小鬼は狭い小瓶の中を、小さな羽で飛び回り、時たま愛嬌のある表情も見せる。
南京虫を食べている時は、とても幸せそうな顔をしていた。
†
ある日の事。
ストリート・チルドレンの友人達が、解真の家に遊びに来た。
彼らは何処で知ったのか、解真が奇妙なものを飼っているという噂を聞き付けたみたいだった。
「なあ。お前、面白いものを飼っているんだろう? 俺達にも見せてくれよ」
友人の一人で、体格のいい者が解真に近付く。
「おい、やめろって…………」
「いいじゃん。俺達にも見せろって、ずるいんだってばよ」
あっという間に、小瓶は取り上げられてしまった。
少年達は無邪気に笑いながら、小瓶の小鬼を眺めていた。
解真が小瓶を取り返せた頃には、小鬼は少年達に木の枝などで弄ばれて、かなり弱り果てていた。
解真は何とか小鬼を助けようと思ったが、どうすれば助けられるか分からなかった。
彼は、小鬼がいなくなってしまう事に、強い恐怖を覚えた。
解真は他の少年達と同じように、みなといても独りぼっちだった。両親に捨てられ、国に見捨てられ、このゴミ山の中、必死で生きている。そんな中、頼れるものは数少なかった。
解真は、また独りぼっちになるのが、とても怖くなった。
気付けば、裏市場への道を走っていた。
裏市場には、あの盲目の老人は何処にもいなかった。
どうすれば、小鬼を助けられるのか分からない。
思い悩んだ末に、解真は小鬼を逃がしてやる事にした。
自分ではどうする事も出来ない為に、天に命運を任せる事にした。それに小鬼自身なら傷の癒し方を知っているのかもしれない。ならば、逃がす、という選択をするしかなかった。
小瓶の中から出した小鬼は、ボロボロになった羽で宙を飛び回りながら、煙に塗れた空へと飛んでいった。解真はそれを見ながら、どうしようもなく寂しい心の中にいた。
†
やがて、ゴミ山に雨が降った。
その年の豪雨は都市を浸水させて、沢山の人が水に飲まれて死んでいった。
ストリート・チルドレン達の多くも水の底で息絶えた。
崩れたゴミ山の後には、疫病が流行した。
ゴミ山には、疫病で死んだ沢山の子供達の腐乱死体が転がっていった。
解真は、豪雨も疫病も生き延びた。
やがて、年が明ける。
国がゴミ山の惨状を知り、解真達、ストリート・チルドレンは国から手厚く保護される事となった。解真は綺麗な孤児院に連れていかれ、沢山の食糧を与えられた。世界中から、この国のゴミ山の惨状を憂う人々の声が叫ばれているという事を聞かされた。
孤児院の裏側で、小鬼の死体が見つかった。
小鬼は、解真が買っていた時よりも、何倍もの大きさになっており、掌くらいの大きさはあった。小鬼はまるで、潰れたヒキガエルのように干からびて死んでいた。
小鬼は、不気味に丸々と腹が膨れ上がっていた。
そう言えば、風の噂によると、豪雨によって洪水が起きた時に、目隠しをした老人の死体が裏市場には転がっていたのだと聞いた。
結局、解真は、小鬼が何なのか、老人が何なのか分からず仕舞いだった。
ただ、解真は小鬼を手厚く埋葬する事にした。
やがて、解真は、好事家の金持ちから養子として引き取られる事となった。解真には裕福な未来が約束されていたが、途端に、もう二度と、あのゴミ山でのささやかな暮らしには戻れないのだと知ると、途端に酷い寂しさが襲った。
あの小鬼が解真に、富を与えたのか、災いを与えたのか今となっても分からない。
好事家の金持ちは、少年愛者で、解真は裕福を与えられると共に、大人に奉仕する人生を歩む事になった…………。臓器売買の為に引き取られた少年もいると聞く。解真は幸せが何なのか、まるで分からなかった。
了
『小瓶の小鬼』。 朧塚 @oboroduka
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