第3話
「だから、今日は……勇気をもらいに来ました」
「?」
イレーヌは何事かと首を傾げる。
「おかしいですわね。わたくしはあなたにとっておきの愛の話を聴かせて頂戴と頼んだのだけれど。勇気をあげる、とはどういうことかしら?」
「ええっと……なんて言うんでしょう。ここで私の思いをちゃんと話しておこうと思って」
少女は困ったように眉を八の字にしたが、すぐに緊張感を帯びた表情に戻った。
「先輩に告白しようと思うんです」
「まあ!」
イレーヌの顔が満開の花のようにほころぶ。
「それは素敵なことですわ!」
「ありがとうございます。すごく緊張するけど、頑張ります」
「差し出がましいですが、どういった心境の変化で?」
執事の問いかけに少女は両手を胸の前で握りしめて応じた。
「やっぱり、伝えないで後悔するより、伝えて後悔したいなって」
「後悔することは決まっていて?」
「わかりません。いい方向に向かえばいいけど……どっちが嫌かなって考えたんです。私は、あの時伝えていたらって考えてこの先を過ごしたくないって思って。だから、決めました」
いつ告白するのかと執事が問えば、少女はこの週末にも思いを伝えると言った。先輩の転校自体は今月末らしいのだが、引っ越しの準備などで高校を休む日も増えているらしく、最後に登校するのがいつかわからないから、と。
「お嬢様、いかがでしたか」
「――純粋で一途な感情ね」
執事に促され、イレーヌはうっとりとした表情で告げる。
「一年かけて育んできた先輩への愛情。人の優しさと温もりに触れ、彼女はそれを彼への恋心として発露させたのね。人が恋に落ちる理由は外見的理由と内面的理由、環境的な理由があると分析するけれど、彼女はまさしく内面的アプローチから惹かれていった。今はまだ一方通行の恋心だけれど、どういったプロセスを経て愛情へと昇華していくのか。いえ、昇華させることができるのか……今後の経過観察が必要な案件ではないかと」
「あの……?」
饒舌に話すイレーヌは先ほどとはまるで違う。急にスイッチが入ったように語る彼女を、少女は戸惑いながら見返す。
「なるほど、見事な分析です。さすがはお嬢様。では今回のお話、お嬢様は満足されましたか?」
「そうね……」
透き通った灰の瞳と目が合う。そのときに少女は気づいてしまった。
その瞳の奥には――レンズが埋め込まれている。
「――‼」
「満足したわ。わたくしが学ぶべき感情と結論付けました」
「わかりました。では、仰せのままに」
「学びとは、常に吸収していくものですからね」
***
「ねえ、知ってる?」
この地域では有名な、そして変わった「道楽」がある。
高級住宅街の一画、それぞれ立派な邸宅が並ぶエリアから少し離れたところ。まるで城下町の先に聳える王城のような風格を備えて、その屋敷は君臨している。
その屋敷に住まうお嬢様は、とっておきの愛の話を求めているらしい。話をするだけで五万円、お嬢様が満足いくエピソードならさらに五万円。破格の好待遇、ローリスクハイリターンと噂の求人だ。
「でも眉唾じゃない? いくら金持ちだからって話聞くだけで十万も払う?」
「それがね、本当なの。だって私……実際にもらったもの」
女子高生に人気のカフェで、とびっきりの内緒話をするように少女が耳打ちする。向かいに座るクラスメイトは驚きで目を丸くした。
「マジ⁉ 史、あんたそんなこと全然言わなかったじゃん」
「私もやってみるまで半信半疑だったもの。でもあれはガチ。気になったらとりあえず応募だけでもしてみるといいかも」
「史が言うならやってみようかなぁ……」
クラスメイトはアイスティーに挿したストローをくわえ、「そうそう」と付け足した。
「あんたが前に言ってた先輩、学校に来るの今週末で最後だって。どうするか決めた?」
「どうするか……?」
少女は数拍の沈黙ののちに答えた。
「何の話?」
夕暮れにお嬢様とご歓談を 有澤いつき @kz_ordeal
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