第6話 ヴァンパイアと亀甲縛り


「で、変な中年紳士に襲われるし、これどう後始末つけてくれんのよ、あぁ?」


「お前……全然堅気の女には見えないぞ……」


 げっそりとした顔をするゼクスとは反対側のテーブルに座り、私は人差し指でこつこつと机を叩いていた。もちろんゼクスは正座させている。変なおっさんに出会い頭に襲われるなんて全く楽しくも何も無い出来事を引き起こしてくれたのは、十中八九この迷惑千万黒服変態男だからだ。


 顔は良いのにこれまでずっと間抜けな言動やら迷惑やらやられたせいで、今ではそうでも思えなくなってきている。良いとこ三枚目よりのやや二枚目くらいだ。


「さっきの美中年……じゃないおっさんの言ってた意味を説明して欲しいんですけど?」


「あー……」


 遠い目をするゼクスを、私はじろりと睨みつけた。「吸血したいのはやまやまですが、貴方を殺せるならそれも良い。」経理の地獄耳と呼ばれる私の耳が、はっきりばっちり覚えている。中年紳士、もとい明日には新人オカマであるルヴァイドの言った一言を。まあ、すこぶる嫌な予感しかしないけども。


 今日と明日(仕事が休みの間に)解決できるのかな、これ。なんていう素晴らしくリアルな現実を重んじて、内心盛大な溜息を吐いた。面倒事というのは、どうしてこうも勝手に押し寄せてくれるのか。


「いや、それよりこれ、どうにかならんのか……」


 人の質問すっ飛ばし、ゼクスが己の身体を見下ろした。諦めと呆れと悲しみに満ちたその表情は、今の彼の姿を考えると哀れと言うより滑稽だ。


「どうにもならん」


「むしろこれ、何だ」


「亀甲縛り。以上」


 私の言葉に、『ふん縛られたまま』のゼクスががっくりと肩を落とす。もちろんまた吸血されそうになるのを防ぐ為と、私がヤツを殺り易い様に縛ってあるのだ。ベッドの上で縛られたイケメンは、背徳感よりも悲壮感とちょっとした阿呆らしさを滲ませていた。


 うーん。美形を縛るって一見するとエロ小説みたいだけど、むしろコイツ真っ黒だからふん縛られたダンゴムシみたいに見えるんだよねー……。どうでも良い感想を内心思いながら、「で?」と話しの続きを促した。


 さっきの美中年ルヴァイドは、ママのおかげでなんとかなったけど、これから他にも変なお客さんが来たらたまったものではない。妙なモノに関わった時点で嫌な予感はしていたけれど、こうまで的中されては嬉しくもなんともない。土曜である今日……はもうほぼ終わったが、出来るなら明日日曜中になんとかしてしまいたいのが本音だった。


 普通の女ならパニックになるであろう状況を、『さっさとどうにかしてしまおう』と身も蓋もなく考えられるのは、やはりあの祖母のおかげだろう。


「あー……さっきも言ったが新にしたのは一種の契約だ。お前俺がヴァンパイアだって言うのには気付いてるだろ?主食はもちろん人間の血液。まあ、他のものも口に出来ない事はないが……血液を摂取できないのが続くとどちらにしろ弱って死んじまう」


「ふーん」


「おい、目が据わってるぞ。と、とにかくだ、それで人間の血を飲むには飲むが、誰でも良いというわけじゃない。覚醒してから……つまり目覚めてから最初に出会った人間、今回の場合は新お前と、『贄の契約』と言うのを交わしたんだ」


「なんで私がアンタとそんなもん交わさなきゃいけないのよ」


「まあ話を聞け。ヴァンパイアから吸血の標的と定められた人物は、本人の意思に関わらず、その血を極上のものとする。それ故に他の魔物達からも狙われやすい。だからそこで贄の契約が必要なんだ。この契約を交わすと、俺は新以外の人間からは吸血できなくなる。という事は、新が死ねば俺も死ぬ。まさに一蓮托生の契約って事だ。新は死ぬまで俺に吸血を許す替わりに、他の魔物達から身を守る事ができる」


「……」


 私の不穏な空気を察したのか、ゼクスがじりじりと後ずさる。縛られてる癖に器用な。


 何を当たり前の事のように淡々と説明してくれやがってるのかこいつは。話聞いてみりゃ完全詐欺じゃないかそれ。押し売りの上の返品不可だと?クーリングオフって言葉を知らんのかお前らは。


 しかもゼクスの話では、今後も確実に有難くも無い客人が続々と押し寄せて来る事決定である。

 祖母ちゃんみたいにただ『見える』のと『押し寄せて来られる』のでは意味も影響も全く違う。

 正直言わなくてもごめんである。


「ま、待て! 契約をしている以上、俺をどうにかした所で状況は変わらんぞ! なるべくお前の生活に影響しない範囲でどうにかするから!」


「もう既にめちゃめちゃ影響されてるんだよどアホ!アンタみたいなのと一生死ぬまで付き合えって言うの? お断りだそんなもん!どうにかしろ。死んででもどうにかしろこの変態ヘタレ吸血鬼!! じゃなきゃ心臓に杭でもニンニク漬けでもソーラーパネルで黒焦げにでも何でもこの私がしてやるわっ!!」


 縛ったままのゼクスの襟首引っ掴み、ガクガク揺さぶりながら言い募る。


 あああああどうしよう。

 明日の内になんとか出来るのかなこれ。できない気がしてきた。嫌だ。私の平凡を返せ。毎日毎日わけのわからん領収書に悩まされ、阿呆な営業マン達を叱り飛ばして日が暮れて、新人後輩上司に至るまでのフォローをこなし、疲れ切って迎えた週末にこの仕打ち。


 神様なんてーのがもし居るとするならば、今すぐ土下座させた上でつむじ踏んづけ地を這わせてやるというのに。


「まままままっ待て! 待て! どうにか出来ない事も無いから! 契約破棄の方法も無いわけじゃない!」


 襟首掴んでいたはずがいつの間にか締め上げていた様で、顔を少々鬱血させたゼクスが息も絶え絶えに吐いた言葉に、私の腕がピタリと止まった。


 ……契約破棄の方法が、ある?


「さっさとそれを言わんかいこのクサレ吸血鬼ーーーっっっっ!!!」


 がすめりごきゅりむご。


 一筋見えた光明に、一瞬だけ浮上した私の心はむしろそれをさっさと言わなかったぜクスに対する更なる怒りへと変化を遂げ。


 やっぱりコイツは今回も、私の拳に一発KOされて意識を飛ばしたのであった。


 ――—毎回そんな展開かい、という突っ込みは、聞かない。


 たぶん続くよ!

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お局女とヴァンパイア 輸血パックの強制契約されまして 国樹田 樹 @kunikida_ituki

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