第16話 平和

「ナトイレルン…何故お前がまで知っている?私のに、最初から気付いていたとでも言うのか?」


ディリスメリの瞳は見開かれ、驚きのあまり、言葉もどこかおぼつかない。


「ディリスメリ様、私は、貴女の息子ラートインス様とて知らぬこの秘密を、キンリジライの部下として使われるようになってから、知ることとなりました」


「なんだ!何を言っている!?己ら、窮地にいることを忘れ、一体何のたくらみだ!?」


そのナトイレルンとディリスメリの意味不明なやり取りに、キンリジライも何やら嫌な予感がしてきた。


「ディリスメリ様、貴女のは解かれてしまいましたが、私の<吸収アッソロビメント>で、多少の呪文は使えます!どうか、この力をお役立てください!!」


キンリジライの剣を受け、ディリスメリを守りながら、ナトイレルンは食いしばった歯で、そう言った。


「しかし!を使えば、おまえもろとも…!!」


「なんだ!!一体さっきからなんの話をしている!?お前らにもう救われる手はない!!諦めるのだな!!」


「果たしてそうかな?キンリジライ…」


カキ―ンッ!!


ナトイレルンはキンリジライの剣をはねのけ、言い放った。


「この俺の命を投げ出せば、お前もろともあの世に行くことは可能だぞ…」


「ふ…。なんの冗談だ。ナトイレルン、気でも狂ったか?ディリスメリでも倒せない俺を、お前ごとき…<入物コンテニトーレ>のお前ごときの魔力で、倒せるとでも言うのっか?頭がおかしくなったとしか思えんな!!」


高笑いし、そこに横たわっているマテライダの死など、なんの痛手でもないと、ディリスメリたちを馬鹿にするキンリジライを、2人は、もはや、赦してなど置けなかった。


「…分かった…。ナトイレルン。お前に、を教える。しかし、あの呪文を100%成功させるには、お前とキンリジライの距離を最低5mにしなければならない。そこまでキンリジライに近づくことは、本当に可能なのか?」


「やってみせます!!」


「何を考えているかわからぬが…俺の5m以内に近づくことなど到底不可能だ!!」


「そんなこと!やってみなければ分からぬだろう!!」


ずざざざざー!!と、足元の砂を巻き上げ、ナトイレルンはキンリジライに突進していった。剣を振り下ろし、キンリジライを捉えようとする。しかし、キンリジライは、<瞬間移動テレラスポートロ>を使い、一気にディリスメリの前に飛び降りた。ディリスメリは、呪文も使えない。


剣と剣が、ビシバシと激しく響く音がする。ディリスメリは、もはや、防戦一方だ。


「あーはははは!!!!ディリスメリ!!我が息子に殺される気分はどうだ!?最高だろう!?このまま、お前が死ねば、ラートインスもヘティーナもユメリスも、俺の奴隷としてまさに、<入物コンテニトーレ>として、魔界を広げる足掛かりにしてくれようぞ!!」


「ていや!!」


「グっ!!」


ディリスメリに集中していたキンリジライは、背後からのナトイレルンの剣をよけきれなかった。


「貴様!!舐めた真似を!!」


「ぐわっ!!」


キンリジライは、ナトイレルンを突き飛ばした。ナトイレルンの体力も、そろそろ限界に近い。ディリスメリも、それを分かっている。しかし、ディリスメリはどうしても決心がつかなかった。を使えば、恐らく、この数万年に及んだ天界、魔界、人間界の闘いに、終止符が打たれるはず。それでも、この最後の最後に、自分を助けてくれたナトイレルンを、むざむざ死なせてしまう…それを、迷わずして、女神と呼べるのか…。


「ディ…ディリスメリ様…、私に、遠慮など要りませぬ。どうか、李襟、琥珀、サトファリア、スチカサート、その命を…決意を、無駄にしないでください!!私ならば、大丈夫です!!」


「また訳の分からぬことを!!貴様らに、勝利などない!!!」


「…知っているか?キンリジライ…。その名の、由来を…」


ディリスメリが急に静かに語りだした。


「我ながら、とんでもなくダサい、なんの捻りもない、つまらぬ名をつけたと思っている」


「…?何の話だ。時間稼ぎか?そのようなことをしても、所詮、10分20分…、寿命が延びるだけだ。無駄なことはしないことだな…」


「…無駄…か…。そうだな…。私がもっと、早くにお前を殺すことが出来ていれば、私の命を絶つ勇気があれば、こんなことにはならなかっただろう…。私が総てを生み、総てを造り、総てを壊した。その私に、最後に出来ることがあるとするならば、貴様を…葬り去ることだけだ…」


「そんなこと、出来るはずが無かろう…。気でも狂ったか?ディリスメリ」


ガバッ!!


突然、ナトイレルンが、キンリジライの体に抱き着いた。


「キンリジライ、貴様の名の由来、ディリスメリ様から聞かせたかったが、ディリスメリ様、お許しください。私は、ここで死ぬ運命。しかし、ディリスメリ様はこれから、新しい世界を創造しなければならぬ人。死なせるわけにはまいりません」


「く!離せ!!ナトイレルン!!なんの真似だ!!」


「<一体化インテグレーション>!!」


そのまま、ナトイレルンと、キンリジライは、体が一体化した。


しかし、意識下で、キンリジライは生きている。そして、この<一体化インテグレーション>を破る術は、キンリジライは知っている。だからなのか、慌てる様子もなく、キンリジライは言った。


「なんだ…。この俺と一体化して何がしたい?ばかばかしい…」


「キンリジライ…、お前の名の由来、とうとう、話せる時が来たようだ。人間界に、と言うものがあるのは知っているな?」


「それがどうした」


「金利は、増えて行く。使えば使うほどな…。そして、…これも、知っているな?人間が生み出した、恐ろしい武器だ」


キンリジライが、その先を、予見し始めた。


「…ま、まさか…。そんなはずはあるまい!この俺がもともと人間界を根城にすると知っていたとでも言うのか!?ディリスメリ!!」


「ふふふ…。私は…これでも、この天界の女神だからな!!お前の考えることくらい、生まれる前から、丸みえだったわ!!」


「離せ!!ナトイレルン!!貴様、本気でこんな女や、天界、人間界を救う為に命を落とそうと言うのか!?」


「…っお前には…分からぬだろうな…!ディリスメリ様が、お前に付けた名前が、すべてを物語っていた!!<入物コンテニトーレ>で生み出された私が、これまでに加担してきた貴様の悪事も、総て、の中に入っている!!雲母家や、マテライダ、シャートラス、すべてのモノのがな!!」


そう。


その名の由来は、人間界。日本。人に金を貸すと、と言うものが付いてくる。それは、その貸してくれるものに一任されるわけだが、ディリスメリは、を100倍と定め、1人を殺したら、、100人殺したのと同じだけのダメージをキンリジライの体にためる。そして、そのダメージの行く先は、である。は、キンリジライ自身ではその結びを解くことは出来ない。つまり、誰かが、を踏む必要があった。


ディリスメリは、その役目を、キンリジライが生まれる前から自分と定め、キンリジライが愚かなことに身を投じる前に、一緒に死ぬつもりだった。しかし、ある日、突然、空が曇り、大地が枯れ、海が干上がった。その時、キンリジライが、母親である自分を、最初はなから、殺す気でいたと知った。産まれる前から、空も、大地も、海も、操るほどの強大な魔力を、キンリジライは持っていたのだ。


そのため、と言う名をつけ、キンリジライに、させたくは決してなかったが、沢山の悪事を働かせ、人を殺し、天界を攻撃し、天使、神々、あるいは、味方でさえも、キンリジライは殺した。殺して、殺して、破壊して、破壊して、裏切っては裏切って…。やりたい放題のキンリジライに、ディリスメリは悲しみながらも、胸を本当に傷みながらも、キンリジライの、がたまるのを待った。キンリジライが、一発で、この世から消えるように。楽に、消えてゆけるように…。


それが、こんな悪魔を生み出してしまった、自分が出来る、最初で最後の、作戦だった。それを、ナトイレルンにさせてしまう羽目になってしまったのは、本当に心苦しかった。だが、これしか、もう…これしか、方法がない。
















「ゆくぞ!!ナトイレルン!!この呪文を唱え、キンリジライを、この世から葬ってくれ!!<地雷発動ミーオ・インヴォカッチオーネ>だ!!」


「はい!!ディリスメリ様!!<地雷発動ミーオ・インヴォカッチオーネ>!!」





その呪文が、放たれたと同時に、地面が吹き飛び、東京ドームほどの穴が開いた…。







そこには、もう、誰もいなかった。ナトイレルンも。そして、キンリジライも…。





「済まない…ナトイレルン…。済まない…我が息子よ…。愛してあげたかった…。こんな風に…お前の命を奪うことになるのなら…この世界…天界など…必要なかったのだ…」



ディリスメリは、1人、残された草原で、そう呟くほかなかった。























天界と、魔界と、人間界。3つの世界を同時に混乱に陥らせ、悪夢と変えたあの悲劇は、今、天界と魔界は姿を消し、人間界だけが、そこに、昨日と同じように、存在していた。


そこには、なんの代わり映えのない、ごく普通の暮らしがある。


幼稚園があり、学校があり、会社があり、世界がある。


空は、晴れたり曇ったり雨が降ったり雪が降ったり…。


大地は、田畑を潤し砂漠を成し湿地を造る。


海は、広大な世界で色とりどりの魚や貝や哺乳類を飼いならし続けている。

















ディリスメリは、あの後、自ら命を絶った―――…。


ただ、終わらせたかったのではない。始まらせたかったのだ。キンリジライのいない世界を―――…。






それを、ディリスメリは、と名付けた。人間界は、何も変わらないようで、総てが変わっていた。


もう、李襟はいない。雲母家も存在しない。元からいた、魔界と背中合わせになっていた人間界は、ディリスメリが総て、消し去った。そう。李襟や、琥珀だけではない。妃渚も、小麻乃もいない。すべてが生まれ変わり、総てがディリスメリの元から放たれたのだ。


しかし、人は、悪いことを辞めない生き物だ。生まれ変わったはずの人間界でも、犯罪や、戦争が起こる。ディリスメリの望んだ、平和な世界は、きっと、来ないのかも知れない。


それでも、人が人を必要とする限り、人が人を愛する限り、人は、人であり続けるだろう。それが、1番、大切なことだ。



それが、ディリスメリの望んだ、人間界の姿だ―――…。




<完>




最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。未熟過ぎる文章力に、強引すぎる設定。どれもこれも、褒められたものではないと、分かってはいますが、最後まで読んでいただけただけでも、本当に、嬉しく思います。


これからも、執筆、励んでまいります。よろしくお願いします。



                         涼(すず)

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今宵も夜だけの異世界へ @m-amiya

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